「1日が48時間だったらいいのになあ」
「1日が、48時間だったらいいのになあ」
誰もが一度くらい口にしたことがある台詞だろう。忙しくて時間が無くて、あれをやりたいこれをやりたいと思いながらも、気がつけば夜がやってきてしまう。困ったものだ。
先輩が電車の中でこの台詞を言った時も、困ったような表情を浮かべていた。
「1日が48時間あったら、どうなるんやろなァ」
先輩は遠い目をして呟いた。詰襟の学生服は、どこか息苦しそうで、努めて私は明るい声を出した。
「今よりも自由な時間が、たくさん増えるんとちゃいますか。何でも好きなことできる時間が手に入ると思いますよ」
「でもなぁ、よう考えてみぃや。1日が、48時間やとしよう。そしたら、オレらが高校に行ってる時間も倍に増えるんとちゃうか」
「元から1日が48時間やったら、そうかもしれませんけど、急に1日が48時間に増えたら、そうはなりませんやろ」
「いや、それはちゃうわ」
先輩は首を振った。
「突然1日が48時間になったら、お前、どうする?」
「うーん、学校が終わってから、遊びまくりますね」
1日の時間が倍になるのだ。学校の課題を片付けて、明日の予習をしてもまだまだ時間が余っている。
「で、お前は何して遊ぶんや」
「そうですねぇ、ゲーセン行ったり、久しぶりに、カラオケも行きたいですねぇ」
仲の良いメンツで晩御飯も行きたいな。家と学校が遠すぎていつもは食べに行けないのだ。
「お前がゲーセンやカラオケに行ってる間、店はやってるっちゅーことやろ? つまりは伸びた時間も、働いてる人がいるってことや」
「そんなことなったら、ゲーセンの人大変そうですねぇ」
「せやろ。普通の会社員はええかもしれんけど
、飲食店とか、カラオケ屋とか、みんなが遊びに来るとこは大変やろ」
「でも、そしたらそこの時給上がるんとちゃいますか。人手不足やったら、バイトの募集かけたらいいんですよ。学校とか会社終わって暇な人が、働けばいいんですよ」
「それ、結局働いとるやん。好きなことしたいから、48時間にしたんやないんか」
「ほんまですね。困りました」
「せやからな、そもそも時間の増やし方が間違っとんねん。つまりな、朝ちょっとずつ、昼もちょっとずつ、夜もちょっとずつ、気づかんくらいに伸びていくねん。それで気づいたら48時間になってんねん」
「そんなこと可能なんですか? それやと、みんな途中で気づくんちゃいますか」
「気づくことは気づくんよ。ただ時計の針では24時間やねん」
先輩は腕時計を私に見せた。
「ほら、秒針が動いとるやろ? この秒針が動くまでの1秒がな、知らん間に2秒になっとるねん」
「はぁ」
「授業中も時計の上では50分なんやけど、実際は2倍の時間が過ぎてんねん」
「それは、授業がつまらんからちゃいますか。私、社会の時間、くそ長いっすよ」
「お前の話ちゃうねん、アホ。最初はみんな授業が長く感じるのが気のせいかな? って思うねんけど、授業時間は2倍になっとる訳やんか。だから、授業で勉強する内容はどんどん増えていく訳よ」
「なんか、時間が増えた有り難みが全く感じられませんね。まぁ、寝てる時間が2倍になるのは、魅力的ですけども。でも他の時間も伸びんのやったら、寝る時間増えてもそんな嬉しないか――」
「それでもな、電車の速さは変わらんのよ。だから電車に20分乗って、ホームルームが始まる15分前に学校に着くとすると、時間が2倍になっても電車の速さは変わらんから10分余って、ホームルームまで25分前の猶予ができる。時間が倍になって自由になる時間は、そんなもんなんよ」
「すごく微妙ですね。25分て、学校でダラダラするしかないやないですか」
「そやねん。それにな、時間は不都合なことが起こらないように、ちょっとずつ、ちょっとずつ伸びていく。最初は時刻表に合わせようと、電車の速度を落として行くねん。そんで、次第に電車の性能が上がったことなって、通学時間は短縮されんねん」
「それめっちゃ人類アホですやん」
先輩の話はとても面白く、ワクワクした。
おもろいな、この人。私もこんな想像力欲しかったわ。
「だからな、オレはこの電車が、のろくてのろくて仕方なく感じる時があるんや」
「え」
「ほんまはもっと早く移動できたんやろな、人類は」
電車はいつも通りのスピードで進んでいく。私が知っている、いつも通りのスピードで。ゆっくりなのかは、わからない。でも、小さい頃に見た車窓の景色は、もっと速く流れていった気がした。
「なんてな。冗談や。とにかく、1日が48時間やったらいいのになんて、贅沢はいわんこっちゃな」
「最初に言ったのは先輩の方ですよ」
「そうやったな」
先輩は笑った。
私は今日も、24時間の1日を生きる。