前日譚first-Ⅱ
「おう、おめぇさん。やっと来さったか。」
集落に帰ると近所に住む年をとった虫が現れる。ここはある虫の集落。ここら一帯は全員コオロギである。僕もかと言われれば首を振る。形が違うのだ。
今、僕は言ってみれば小さな酷塊のような姿でいる。僕だけでなく虫や鳥、酷塊以外の生物は僕の目からすればみんな小さな酷塊のような姿で生活をしている。まあ例外はたくさんいるけれど。僕の目からすれば、と言ったのはつまり他の種族から見ればそうでもないというのも現れる。その一部に酷塊がいる。一部というか大半?かな。僕は文字も分かる。文字も書ける。文字も話せる。しかし酷塊から見れば僕なんてただの動く黒い塊にしか見えない。酷塊の目が腐り果てたからだろう……とは僕は思わないけれど。でもなんで見えないのかは分からない。
話が逸れてる。僕の悪い癖。
僕は虫の種類が違うのにこの集落のみんなは僕に優しい。いい虫たちだ。
「ただいま。朝早いね、イダさん。」
イダさん、というのは今話しをしている老虫のことである。ふわあああ…と間が抜ける欠伸を目の前でやられ、ついつい僕も小さく欠伸をする。
「いや、今日はなんとなく目が冴えちまってなぁ。おめぇさんも朝早く出かけてどうしたんで…あーまたおめぇさん『灰塊の山』に行ってきたんか。おめぇさん、あれほどレイちゃんに怒られてんのに…まあ懲りねえやつだ。」
「えへへ。だってあそこは僕にとっては財産だ。住んで全てを知り尽くしたいな、って。」
「まったく。おめぇさんにはかなわんよ。」
「シオルー。」
イダさんと話をしている最中に大きな声で僕を呼ぶ声がする。
「ほれ、噂をすればなんとやら。おめぇさん、『灰塊の山』に行くのはいいがほどほどにな。」
ふぉっふぉっふぉっと笑いながらその場を去るイダさん。さて僕もこの本を置いてこようかな。
「シオルー?」
今日は大収穫だ。家に帰って早速とりかかろう。筆もまだあ
「シオルー!居るなら返事くらいしな!おらぁ!!」
奇抜な叫び声が間近に聞こえたと感じた直後何者かがボディーブローを決め込み僕は草むらにぶっ飛ばされ、倒れてしまった。口から酸味を帯びたなにかが出てしまったためか口の中が凄いしょっぱい。後々殴られた所がズキズキと痛み、目には塩みをおびた水が溜まり、目は忙しなく動き、本は無事かと確認しそれからあああああ
「頭の中でナレーション続けてんじゃないわよ!!返事は!?呼んでたんだから返事はどうしたの!ねぇ!?」
「ああああ。ごめんなさいごめんなさい許してぇぇぇ。降ろしてぇぇぇえ!レイちゃんごめんってばぁぁ!」
「返事!」
「はいィィィ!」
パッと手を離され僕はもう一度草むらにダイブした。息を整えながら先程の構図を一言で表すとこうなるだろう。
『倒れ込んだ僕の胸ぐらを片手で掴み、足が上がるまで高く上げられました。』以上。
ホントは虫やめてるんじゃないだろうか。
紹介しないといけないね。この娘がさっきイダさんと話していたときチラッとでたレイちゃん。
レイちゃんは、僕、いやこの集落の女の子達と比べて一番でかく一番女性らしい体格をしているのに関わらず、一番物理攻撃的暴力で物事を解決しようとする女の子。髪はショートカットでところどころはねていて男みたいな虫だ。真っ先にこいつ男ですって説明したいくらい、先程言った通り暴力的で気の強い女の子だ。
……言うまでもないか。
「で、その物体は何よ。」
「ん?これは紙の束だよ?」
「そんなのを聞いてるんじゃない!そりゃあ見りゃ分かるでしょ!?そんなことくらい。どこで取ってきたかを聞いているのよ!」
「えっ……」
冷やりと汗がつたう。ゆっくりと後ずさりをして逃げようと思ったのだがあいにく向こうが速かった。
「どうせまた『灰塊の山』に行ってきたんでしょおぉぉ!」
「いっいたいいたい!ゴメッゴメンってば。その頭グリグリはやめてえぇぇ。」
「何度っ、言ったらっ、分かるのっ、かしらっっっ!」
「ごめんってばぁぁ。」
「なんでいつもあそこに行くの?」
「答えても殴ったり暴力行為に及ばないなら教えるよ」
「……」
どうあがいても暴力から逃れられないので、仕方なく話すことにした。話したとしてもレイちゃんには関係のないものではないかと思うんだけどな。どうして女子ってのはこうも知らなくていい話題を暇つぶしで乗ってくるんだろう。めんどくさいなぁ。僕は他人の花は好きだが、自分自身のことは好きじゃない。文字に表しても大して面白い話にならないからだ。そういう考えは物書きとしてどうなのか、と思うけれど、気が向かないのも事実。
「知りたい事ことを知りたい。ただそれだけだよ。あれが嫌い、これが嫌い、と言うけれど、何となく嫌とか、その……何ていうか『何となく』とか『気分で』みたいな根拠がないものが嫌なのさ。知ったかぶりもね。みんなが酷塊を嫌う理由は『何となく』分かるけれど、酷塊の本当の気持ちや性格を知っているわけじゃない。だから、あえて嫌いなものをよく知りたいと思ってね。何も知らないのに声を大にして物を言っても信用してくれないからね。そのためにあそこに行くのさ。分かってくださいました?」
長々と、たらたらと、何言ってんのって、そこの貴方は思われているだろう。簡略化が好きな貴方達にはもっとわかりやすくしてあげなくては。要約すれば『酷塊の事をよく知りたいです』かな。うーむ、酷塊の言葉の意味をもっと知らなくては。いろんな情報を知り、それを纏める。物書きには創造に欠かせない情報も必要になる。下地が出来ていないのに上をきらびやかにされても感動はこない。さらりと流されて終わってしまうだろう。どうせ書くなら誰かの印象に残る物書きでありたい。これは僕個人の願いだ。まあ、もっと別の理由もあるんだけどね。
「ふぅん。いつも思ってんだけど、ホンットに変なやつ。酷塊を自ら学ぼうとする虫なんてそこら辺にいないわよ。ここの集落もみんなそうよ。」
「そりゃあそうさ。僕はここの人達とは違うんだから。」
「……」
ふと、彼女を見た。彼女はいつも元気、いや暴走と言っていい程、僕に構ってくるのだが僕と彼女達の違いを持ち出されると、急に黙ってしまう。いつも僕のことを聞きたい、と他のものたちよりも構うのに。まるで、聞くんじゃなかったって顔をする。
「ああ……」
どうして、種族が違うだけで気持ちが伝わんないんだろう。
誰の言葉だったかを判断する前に他の言葉が考えを遮る。それは僕が先を視るために必要だった最高の言葉で、他のものとは確実に人生が変わり、皆と二度と交われなくなってしまう最悪の台詞だった。
「来たぞ。酷塊だ!」