前日譚first-Ⅰ
時は数刻遡る。
明けの明星が空に輝き、そこに徐々に鮮やかな色が見え始めている。
その中、僕はあてもなく散歩していると体のひと回りふた回り以上の大きな紙の束が閉じられている物体を見つけた。酷塊の言葉を借りるとするならば、これは『本』である。わざわざ敵対している奴の言葉を借りることは僕らの世界では立腹を感じる事なのだが、僕にとっては優越感に浸れるいい機会なのである。
どこからその酷塊の情報を得られるのかというと、ここから離れた所、といっても集落から大分近いところに灰色の塊置き場がある。僕らはこれを『灰塊の山』と呼んでいる。僕の体よりもとても、トーーっても大きな四角い箱だったり、これまたトーーっても大きな円形の黒い穴の空いた筒みたいなものだったり、色んな形の塊が置いてあるのだ。それも全部酷塊のもの。いろいろ壊れてはいるが治せば使えそうなものばかり。ここは大分山奥なのにわざわざここまで来てくれて、僕らのために置いていってくれる。
他の人は大迷惑といった顔でこれらを見上げるが、僕にとっては宝の山。宝探しし放題。なんと楽しいことなんだろう。先程の本もそこで手にいれた。他にもモノ書き用の筆、酷塊の言葉が書かれた本も、酷塊に関わるものは全て自分の部屋にある。
本当は、僕らにも僕ら特有の言葉はあるのだけれど、はっきり言って遠回しな言葉使い。固有名詞など分かり易い言葉を多くもつ酷塊の言葉が、敵の言語だけれども、僕は好きだ。だからもし何かを残すのであれば分かり易い、好きな言語で残しておきたいと、僕は思う。それを見た誰かは何を考えるのか、どう思うのかは分からない。残したものだけでは目の前の存在の気持ちを読み取ることなど不可能なのだから。
どうしてこんなにも酷塊の言葉が詳しいか、貧相な存在の僕が限りなく天になろうとした存在のモノの文字が理解出来るのか。この辺の集落に仮住まいさせてもらっている集落の長に話を聞くと、元は同じ言語だったのだ、と長は言った。
酷塊と罵るのも随分最近。もっとも、僕が生まれる前のことらしい。酷塊と呼ぶまでは少なくとも期待はあったらしい。しかし、それを、最後の希望すら裏切ってしまったため仕方なく呼ぶようになったという。だから僕らは酷塊の言葉を本能的に、潜在能力的に分かるという。
まあそんなことはどうでもいいのだ。僕が生まれる前のことをどうこう言われてもこちらが困る。酷塊の言葉を使おうが使わないがこちらの勝手なのだから。
それにこの宝の山には色んな『万物の書』が落ちているのだ。なくされては困る。そちらの言語で表すとどんな言葉になるかは予想がつかないので『万物の書』と、そのままで呼ばせてもらう。
『万物の書』には、ある書は、酷塊の進化の様子が絵で表されていたり、またある書には、酷塊の言葉の意味が書かれたモノであったり、またまたある書には酷塊が服を着ているだけの書もあった。
それらを全て記憶し、全て僕の財産にしてきた。話せば酷塊の言葉を瞬時に理解でき、文字にすることも出来る。これが周りより『知能』を持ち、また『異端』とされる僕なのである。
「よいしょっと。」
そして先程の本を僕のコレクションの1つとして扱おうか。……いや、こんなにも大量に、しかも無地の紙が手に入ったんだ。十分に活用させてもらおうかな。初めていうけれど、僕はモノ書きである。……自称だけど。僕は虫の言葉でいくつもの物語を書いてきた。
今回は初、酷塊の言葉で書いてみようと思う。どれくらい書けるか不安だけれども、所詮は趣味の範囲内。でも、誰かが見てくれるといいな。
頭の中で色んな想像を膨らませながら日が高くなりつつある光に向かい歩き出した。