後編 敵の全貌を
どうして。あんなことを許したのですか父上!!
いや、そのな。すまん。
不甲斐ない父を許してくれ、アズラエル・・・
陛下を責めるのはお止めください、アズラエル殿下。
宰相・・・お前はいいよな。
あんな本の標的に、特に女役をさせられる身にもなってみろ。
「受」というみたいですよ、女役は。
止めろ。
専門用語などしりたくないわ。
そんな風に言い争う方々を横目に、
今日も私、フレイ王女付き侍女リリーナはせっせとお仕事をしております。
アズラエル皇太子殿下を絶望の淵へと叩き落した上に、蛇とか岩とかを落としたあの日から数日が立ちました。
ついに念願の、同人誌即売会(国家公認)を開く計画は着々と進んでおります。
冬の宮殿という、まぁ立派な会場の確保も、作家さんたちの確保もばっちりです。
遠い異国に居られる作家さんたちは招待状をお送りしましたが、やはり遠過ぎて足も時間もないと丁寧な不参加のお手紙になって返ってきました。
ですが、せっかくの開催です。
ここは皇族の威信を発揮しまして…光の精霊王様配下の方々や常連の闇の精霊さんに皆さんの送り迎えをしていただくことで、晴れて全員参加が叶ったのです。
後はそう。
仕事をこなしながら、作品を仕上げていくだけです。
遠い昔に、私と同じように転生した人がいたらしく印刷出版技術がこの世界にはありました。
休暇に実家へ帰った時、本好きの家族が集めた古い書物の中に件の転生者さんの日記を見つけました。
それを読み解いた所(古語だったので苦労しました。)、何でも印刷会社に勤めていらっしゃったその方は風の精霊たちが情報を流す中で、彼らの独断と偏見といい加減さで変質していく情報に嫌気が差し、新聞会社を作ったのだそうです。それをお知りになった風の精霊王様(封印前)が「これは良いものだ」と褒められ、知識の王と呼ばれる地の精霊王様に掛け合い、お二人で転生者さんを支援してくれたのだそうです。主に、莫大な資金を提供された事で転生者さんは覚えている限りの印刷技術を復元され、今では新しく正確な情報が載った新聞が風の精霊によって世界中に発進されているのです。その傍らに、書物なども作られたおかげで今でも古い記録や物語が私たちの目に入ることが出来るのですが、何せ高価な為庶民が手に入れられるものではありません。
ですが、私は成し遂げました。
スポンサーと手に入れたのです。
それにより、薄いとはいえ本を大量に売り買いするという事態を引き起こすことが出来たのです。
その名も、『光の精霊王』。
何千年もの間、それこそ風の精霊王様が封印される前から引きこもりのあの方には寄進や捧げ物によって出来た莫大な財があります。
何せ光の精霊王様は再生や治癒の力をお持ちで、お金持ちがせっせと、それはもう莫大な寄進をされています。まぁ実際に処置するのは、高位精霊様や上位精霊様たちで本人は引きこもり続行中ですが。
偶然にも光の精霊王様にお会いすることが出来た私は(引きこもりといっても部屋にではなく、王宮内では時折うろつく姿を拝見することが出来ます。)たまたま持っていた本をお読み頂き、出版資金を手にすることが出来たのです。
これにより、同人誌というものは爆発的にその勢力を拡大したのであります。
そして、目の下を黒く染めた多くの同僚たちと今日も今日とて仕事に努めているのです。
その胸に一冊のメモ帳とペンと準備して。
「まぁ、フレイ。
貴女は今回、あの方の本を狙っているの?」
「はい、お姉様。倍率は高いのは分かっているのですが、このカップリングが欲しくて。」
「そう、貴女。本当に好きなのね、闇受本。
コレクションの大半はそれじゃない。」
きゃっきゃ うふふ
乙女の笑い声が溢れる職場って幸せですよね。
侍女仲間や女騎士、王宮魔術師に精霊という、いつものメンバーで祭りの準備をしていたのですが、少し休憩を取ろうとなると全員での楽しい相談会、普及活動へと反れて行き、しばらく戻ってこれそうもありません。
「何を騒いでいるのです、はしたない。」
部屋の扉を侍従に開けさせて入って来られたのは、皇帝陛下の第二妃、実質的な後宮の支配者であるエリザベート様でした。
国一番と言われるその美貌に厳しい表情を浮かべたエリザベート様のその背後には、年配の侍女たちの中に隠れるようにいるエリザベート様の実子、アズラエル皇太子殿下と、フレイ様と同い年の第三皇子ザイール様。
最近、人気の方々です。
どうやら、お二人がエリザベート様を連れてきたのでしょう。
皇帝にも恐れられる後宮の支配者にチクッて祭りを妨害しようという手でしょうか。
そんな手を使おうものなら、
「今から書いて、兄上様の総受陵辱本間に合うかしら?」
ほら、シェイラ姫様が怖いこと侍女の耳元に囁いていますよ?
侍女たちも、エリザベート様がお見えになった事から直立不動となっていますが、お相手は誰にするかとか何人?とか考えているようですね。目を見れば分かります。
「母上様」
「お義母様」
カツカツと恐ろしい靴音を響かせ近づかれたエリザベート様が姫様方の手元にあった本を手に取られました。
あっ、それは今回の壁の一角、アスタローシェ嬢の『皇太子親衛隊隊長×皇太子』本。下克上ワンコ攻として人気があるやつです。
「これは誰のものですか」
流石はエリザベート様。
心臓に響く、迫力のあるお声です。
「私のものです、お義母様」
そんな中、素直に言いだせるフレイ姫様、素敵です。
「そんなものを読んでいるだなんて!
お母様、しっかりとフレイに罰を与えて下さい!」
ザイール様がきゃんきゃんと叫んでいますね。
同い年ということもあってフレイ様に異様につっかかって来るザイール様。
そういえば、ザイール様はワンコ受として人気でしたね。
かまって欲しくて、ちょっかいを出すワンコ。
良いものです。
「そうですね。このようなものを読むだなんて」
ごくり
この場にいる全ての者の、息を飲む音が聞こえた気がします。
ザイール様が嬉しそうに笑っています。
シェイラ姫様同様、これから短い期間ですが頑張ってみますか、ワンコ受。
「陛下×書記長の誘い受が最高に決まっています。
お前もまだまだですね。」
あらら
アズラエル様が崩れ落ちましたね。
ザイール様は顎が抜けたのか、口を大きく開けたまま。
「エリザベート様の仰るとおりです。」
「えぇ、幼い頃より忠義を持って仕えて来た書記長が陛下をそのお体でお慰めする。
これ以上に素晴らしいものなんでございませんわ。」
エリザベート様と近い年の侍女たちが頬を染めて語ってます。
その横にいるアズラエル様とザイール様の心配は誰もしないのですね。
「あれ?
そのカップリングはもしや、ヘミルト嬢でしょうか?」
「それは私のペンネームです。
お前が即売会の主催者ですね。
アズラエルたちには止めて欲しいと言われ参りましたが、私はお前に会う為に来たのです。」
あらら、アズラエル様ドンマイです。
「私は立場上、当日に会場に行くことが出来ません。
この侍女たちも同様です。
ですが、どうしても欲しい本とサインがあるのです。
ヘタな者には任せる訳にはいかず嘆いていたのですが、お前に頼めぬかと思ったのです。」
「構いませんが、絶対に手に入るということを確約することは出来ません。
他の方々と同じように回っていきます。」
「それで結構です。立場あるものがそれを振りかざすことはあってはならないことです。」
良かった。
怖い方だけど、王族として正しい姿を知っていらっしゃる方で。
これで、開場前に集めろとか命令されたらどうしようかと思ったわ。
「は・・・ははうえ・・・」
「おかあさま」
魂抜けてませんか、皇子様二人?
あっでも、ザイール様の目にはまだ・・・
「そんなことをしていると婚期を逃しますよ、シェイラ姉様!
フレイも、そんな姿をアズラート様が見たら婚約破棄でしょうね!」
この言葉には肩を震わせた侍女たちが数人いますね。
ある意味での必殺技、そんな知恵がザイール様にあったなんて驚きです。
まぁ、どうせ誰かに教えられたんでしょうね。
さぁ誰が・・・見つけたら総受本ですね。
今の私なら、どんな相手でも美味しくしてあげることが出来そうです。
「アズラート様」
ポツリとフレイ様が呟いた声に、勝ち誇ったかのように胸を張るザイール様。
ですが、その虚勢もすぐに打ち砕かれました。
実姉のシェイラ様によって。
「この、主催者であるリリーナでさえ結婚しているのだから、その心配はないわね。」
「えっ、私に振るんですか?
まぁ確かに結婚して子供もいます。
ちなみに出会いは創作活動中ですので、とても理解のある良い夫です。」
あれ?
どうして皆さん、そんなに驚いているんですか?
確かに、お互い忙しい身ですから最近は会えていませんし、可愛い双子の子供たちは旦那の方にいますけど。休みの度に家族の下に帰るようにしてますし。
「あっ、フレイ様も婚約破棄にはなりませんよ。
アズラート様もとてもご理解ある方で、すでにご存知ですから。」
アズラート様はお母様がエルフであるハーフエルフです。
エルフは自分の道を突き進んだ魔術師が精霊の好意を受けて融合し、ある意味で人間からの進化を果たした種族です。
お母様は珍しくも常識を知っているエルフでしたが、その仲間である変人奇人の方々を幼い頃から見ていたアズラート様は他人の趣味にとやかく言うつもりはないからと仰っていました。
とても人間の出来た方です。
それだけ強烈だったのでしょう、幼き日のエルフの方々は。
「お母さん、あの人何?」「しっ見ちゃいけません」と前の世界でなら成っている人たちですからね。それが、ゲームでのアズラート様の孤独の要因だったようです。
ですが、この世界では御家族の仲も良好で、積極的になったフレイ姫様との交流もあるなど、随分とゲームとは違ってきています。
この分ではヒロインも現れないかも知れませんが、念には念をいれなくてはいけません。
フレイ様が学園に入られる年におなりになりましたら、どんな手を使っても学園に入りこまなくては。
このような定番としては、掃除婦とかですかね。
べっ別に、学園生活でネタを探そうなんて思ってませんからね。
勘違いしないで下さい。
この後、リリーナ名は書物の文化を世界に広めた者として、書を愛する人間たちに崇拝されるようになる。
そして死後、
その想いにより『書の精霊』として特異な精霊の仲間入りすることを、
彼女はまだ知らない。
『書の精霊』が記したモノとして、
彼女が書いたものが精霊の宝物として一般人にも見れる形で展示されることを、
彼女はまだ、知らない。
「いやぁぁぁぁ
黒歴史ぃぃぃぃぃぃぃ
公開だめぇぇぇぇぇ」
実は既婚者のリリーナ。
双子の子持ちです。