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第三話

 オステアからコビリアに向けて旅立ってすでに5時間ほど経過しただろうか。その間にしたことといえばただ歩き続けただけだ。延々と草原の中にあるろくに整備もされていない土の道を歩き続けるというのは正直辛い。遠くまで続く地平線、前も後ろも左右何処を見ても特に変化がないのだ。現代日本ではなかなか見られない光景がここにはあった。


 武器を持った女性が歩いているという光景も、現代日本では見られないといえば見られないものなのだが。


 彼女たちが今どんな格好をしているかというと。まずアスカはその大きな両手剣を鞘に入れて背負っている。鞘に紐がついているのでそれを肩にかけて左手で落ちないように持っているのだ。

 シガレットとチユは槍を肩にかけるように持っている。シガレットの槍は全体的に少し細い片方の先端部分に菱形の刃を持った彼女の身長よりも長い槍だ。チユの槍はシガレットの槍よりも柄が太く長さも1メートルほどしかない。同じく菱形の刃が付いているのだが、槍というよりは大きな矢といった風にも見える。

 メリシェンは大きな弓の弦の部分を肩にかけた状態で、握りの部分を手で持っている。胸には服の上から革製の胸当てがつけてある。さらに腰の後ろには矢筒が横向きに付いていて、中には10本ほどの矢が見える。


「・・・こう何もないと、さすがに気が滅入ってくるな」


「問題が起きなくてよかったじゃないか」


 俺の小さな呟きでも、静かなこの場所ではよく通るのだろう。アスカの何か起きて欲しいのか?と責めているように感じられる細められた目を見ないようにしながら俺は言い訳をする。


「いや、確かに問題が無いことはいいことなんだけどさ。こうも何も変化が無い道を、ただ黙々と歩き続けるのは気が滅入るだろ?というわけでせっかく会話が起きたんだから会話でもしようぜ」


 はぁ。とため息の後に何を言っても無駄だな。なんて呟きも聞こえてきた。それでも、ただ歩き続けるのが苦痛だったのは皆も同じだったのだろう、周囲を警戒する人と、会話をする人に分かれて俺たちは歩く。


「いつも、こんな風に話しもせずに歩いているのか?」


「そういう訳ではないですけれど、今回は護衛の依頼ということでしたから。周囲の注意を疎かにして、状況の変化が判らないのはよくは無いですからね。なるべく警戒しようということにしていたのです」


「今回全く戦えない人が一人いるからね~」


 ぐは!と大きなリアクションでチユのからかいに返すが、実際俺は戦えないのだから、彼女たちの邪魔だけはしないようにしようと、今更ながら心に誓う。


「そう言ってやるな。だからこそキョウスケは私たちを雇ったのだろうが」


「報酬が何時支払われるかもわからないがな」


 シガレットのフォローが入ったのだが、そのすぐ後にアスカからの容赦の無い一言でさらにへこむ俺。


「・・・ただあの魔符1枚でも十分な支払いだと思うがな」


「何かいったか?」


「いや・・・なんでもないさ」


 だから、彼女が続けて小さく呟いた言葉を聞き逃してしまった。聞こえなかったものは仕方ない、と諦めてしまうほうがいいのだろう。何か大事なことだったら彼女の方からもう一度言ってくるだろうし。


「ほら、アスカとチユはサボってないで周りの警戒をちゃんとしろ」


「はいはいっと、シガレットはそいつにちょっと甘い気がするぞ?」


 そう言いながらも再び前方の警戒に戻るアスカ。チユは気にした風も無く俺たちの一番後ろにつき周囲の警戒をしている。現在俺たちはアスカを先頭に、メリシェン、俺、シガレットの3人が2番目。最後にチユといった隊列で移動している。


 アスカとチユが周囲の警戒に役割をしているのは、適任だからという訳ではなく、ただジャンケンで負けたからというのが理由だ。


 周囲の警戒というのは、意外と疲れるのでなるべくならしたくないというのが彼女たち全員の共通の考えだったようで、いつもこの方法で休憩を1区切りに何回も交代しながらするのだそうだ。

 ・・・ジャンケンが弱い人が連続ですることもあるというので、ジャンケンのときだけは皆真剣だったとだけ言っておく。


「これだけ広い草原だとさ、何か起きても気づかないなんて事はないと思うんだけどなぁ・・・」


 俺の呟きは、さすがに誰も反対はしてこなかった。しかし、それでも彼女たちは周囲の警戒をやめない。俺にはわからないが、彼女たちにとって油断や慢心はしてはいけない物なのだろう。


「この辺りで今日は休もうか」


 後1時間もすれば日が落ちるかという時間になったあたりでシガレットがそう提案した。その言葉で俺たちは道の近くから離れた場所に移動して周囲の草を刈りとった後で腰を下ろす。


 道の近くの場合、もし誰か人が通ったときに邪魔になるし、それが馬だった場合最悪踏まれてしまうからだそうだ。道の中が危ないのは元の世界でもこの世界でも同じらしい。


 少し休憩をした彼女たち4人がメリシェンを中心に夕食の準備を開始する。準備を始めて直ぐに、シガレットが袋から何本も枝を取り出した。オステアの在った森を出てからというもの、木が生えているところをほとんど見ていないので、燃料はどうするのだろうかと思っていたのだが、どうやらオステアの在った森の地面に落ちていた枝をそれなりの量持ってきていたようだ。


 俺もジャガイモの皮むきぐらい手伝おうかと思ったのだが、彼女たちの方が俺がやるより上手で、しかも早かった。俺はやることも無いので、ボーっと料理が出来るまで、4人が料理をする様子を眺めたり、たまに日が沈んで暗くなってしまった周囲の確認などを気休め程度だがして過ごした。


 周囲には明かりになるようなものが無く、だが月明かりだけで手元が見える程度には明るいという日本ではほぼ見られない、不思議な夜の草原で俺たちは食事をしたのだった。


 今日の夕食は、ジャガイモと塩漬け肉のポタージュスープと硬くて黒いパンが夕食のメニューだった。味付けは軽くつぶしたジャガイモと肉から出る塩だけなのだが、これがなかなかうまい。ただこの黒いパンはそのままの状態で食べるには固すぎるので、スープを味わいながら食べるのも程ほどにして、パンをスープに浸しながら食べる。日本でよくみる食パンのようなやわらかい白いパンはかなり高価な食べ物で、日持ちもしない事から富裕層が食べる程度で旅をするならこちらのパンが一般的なのだそうだ。


「・・・ふぅ。うまかった」


 ご馳走さまでした。といって俺はスープが入っていた皿を置く。そんな様子を彼女たちは不思議そうに見ている。


「変わったことをするんだな」


 まとめるとこんな感じのことを4人から言われてしまう。どうやら、いただきますやご馳走さまと手を合わせるような文化はないようだ。


「癖みたいなものだよ。それよりこれからどうするんだ?」


 癖になっているのは嘘ではないので、答えではないがいちいち説明するのも面倒だったのでそう答えておく。それよりも、一日歩き通したので今日はもう眠りたいのだが、ここは草原のど真中だ。さすがに全員が眠りにつくなんてことは出来ない。その確認のために聞いたのだが


「夜はしっかり寝ておけ」


 そういわれてしまった。食事の準備でも俺は彼女たちの手伝いがまったく出来なかったので、できれば何か手伝えることが無いかと思ったのだが


「護衛の仕事が夜だからといって休みなわけが無いだろうが。お前は依頼人、私たちは護衛。わかったらさっさと寝な。明日も1日歩くんだからな。疲れは取っておけよ」


 確かに明日も、というか後9日ほど歩かないといけない。・・・お言葉に甘えて休めるときに休ませてもらうことにしよう。


「わかった。それじゃあ何かあった時は起こしてくれてかまわないからな」


「お休みなさい。何かありましたら、すぐに起こしますので」


 危ないときは起きてもらわなければ困ります。そういうメリシェンの注意を聞いた後、4人から少し離れた場所で俺は横になる。寝袋のようなものは特に持っていないので、自分のマントを地面に敷いてその上に横になる。多少ごつごつした石の感触はあるが寝付けないほどでもない。そのままあれこれ考える暇も無く、疲れていた俺は意識を手放した。


 結局その日の夜は何も無かったようで、彼女たちは2人ずつ見張りを交代しながら眠ったそうだ。俺はメリシェンが朝食の用意が出来たと起こしにくるまでぐっすりと眠っていた。かなりの時間を眠っていたはずなのに、まだ疲れが取れない。


 俺は寝るときに敷いていたマントを軽く叩いてから着る。今の時期が毛布のようなものが無くても十分暖かくすごしやすい気候でよかった。これが冬だったりした場合はマントを敷いただけでは寒くて眠れなかっただろう。


 昨日の夜のスープを温め直した物を食べた俺たちは、今日もコビリアに向けて1日中歩く。昨日との変化があったことといえば、道が途中で左に分かれた道が有ったことぐらいだろうか。ただし、彼女たちは道を知っていたようで、特に迷うことも無くまっすぐに進んでいく。


 2日目の夜も特に変わったことは無かった。ただ、だんだんと起伏が多くなり、木々も見えるようになってきたので、変化の無い一日をただ歩くということは明日からはなくなりそうだ。そのおかげで精神的な辛さから、体力的な辛さに変わった可能性があるかも知れないというのがうれしくない事実だったとしてもだ。


 3日目の道は、起伏の多さとまばらに生える木が邪魔で死角が増えてはいるが、それでも問題は特に無かった。木々が所々に生えているが、森のような場所はコビリアまでの道では最初の森以外では存在しないそうだ。兎や猪などの動物はたまにいるそうなのだが、今のところ見かけない。


 命の危機に陥りたい訳ではないのだが、このまま何事も無い退屈な10日間になりそうだと思うと、それはそれでせっかくの旅なのだから、もう少し刺激があってもいいのではないか。そう思っていた・・・そう、日が暮れそうな時間まで歩き、そろそろ休もうかと夕食の準備を開始するまでは。


「・・・皆。ちょっと食事の準備は後にしよう。それとキョウスケ、なるべく私たちから離れないでくれ」


 太陽が沈み辺りがだいぶ暗くなり、火の回り以外では月明かりが届く範囲がかろうじて見えるといった時間、俺はここ3日間の間にだいぶ慣れてしまった、この食事の準備の邪魔をしないために少し離れたところから4人の様子を眺めるという作業を行っていたのだが、シガレットが何かに気がついたようで全員に呼びかけた。


「何かあったのか?」


「動物か・・・魔物かわからないが、どうやらお客さんのようだ。皆、戦闘の準備だ。メリシェンとチユはキョウスケの傍についていてくれ!」


 そういうとシガレットは地面に置いておいた槍を拾って両手で自身の右側に構える。その状態で少し離れた木々が生えている前方を見据える。


 アスカは肩から下ろして地面に置いていた両手剣を鞘から抜き、両手で右後ろに刃が来るように構えながらシガレットの左前方まで慎重に移動していく。


 チユも槍を持ってはいるが構えはせずに、彼女はアスカたちよりも後ろ、俺とメリシェンに近いところで周囲を窺っている。


 俺は今一つ現在がどういった状況なのかわからないのだが、何か危険な生き物か夜盗の類が近くまで来ているのだということは、シガレットの言葉でわかった。なのでメリシェンの隣で周囲を確認しようと目を凝らすのだが、いかんせん暗くて俺の目ではよくわからない。日がだいぶ傾いているので、木の影なのかそれともシガレットが言っていた何かなのかがわからないのだ。


 ジャリ。と地面を踏みしめる音が聞こえてきた。それはシガレットたちが向いているほうからだった。


 俺は音のした方に目を凝らす。そこには人影のような物があった。それが徐々に近づいてきて、月明かりにその姿を現す。


 そいつは、人の姿をしていた。だが、人とは違うモノだった。


 なぜそんなことが俺にわかったのか、それは簡単なことだ。



 ソレには胸の中心に穴が開いていたからだ。

 アレには片腕が無かったから。

 片方の目が無くなっている物もいた。

 大きな傷が肩から腹にかけてあるものもいる。


 ソイツらの目には生気が無く、こちらを見ているかも怪しかった。ただ、共通していることはどの傷からも血が流れていないということだろうか。


「アンデッドか・・・」


 アスカの呟きがこちらまで聞こえてくる。アンデッド、ゲームや物語でよく聞く動く死体。意識があったり、操られていたりと一貫性はほとんど無いが、唯一共通していることもある。それは脳がかけているリミッターが外れているので、常人とは比較にならない力が出せるということだ。


「メリシェンは、松明の準備をお願いしてもいいかな?私が近づけさせないからさ」


 チユがメリシェンにそう提案する。今の状況でどうして松明の準備が必要なのか俺にはわからなかったが、メリシェンは肯くと、手に持っていた弓を地面に置いた後で、荷物の中から大きな棒や布、それに油などを用意し始めた。


「アンデッドはね、頭だけになっても動き続けるの。完全にばらばらにしてしまうか、その死体を焼き払ううしかとめる方法が無いの・・・」


 だから、彼らの死体をばらばらにした後で燃やすために、大きな火を用意しないといけないんだ。


 いつもの雰囲気とは違うチユのその言葉に俺は喉を鳴らす。だが、つばは飲み込めない。いつの間にか口の中がからからに乾いていたからだ。アンデッドたちは合計で6人。いずれも俺たちにの方へとゆっくりだが、確実に向かってきている。


「槍じゃ分が悪そうだな・・・。悪いがアスカ、私はあいつらの動きの邪魔をする事に集中するから、1匹ずつ動けないようにしてくれ」


「了解。横薙ぎに振るから巻き込まれないように注意してよ?」


 シガレットの槍では、アンデッドたちを確実にとめる方法が無い。槍は突く事は得意でも、体に大きな欠損を与えるのは苦手なのだ。それにもし突き刺した槍が抜けなくなってしまえば、武器を失ってしまう可能性もある。数的にも不利な現状それだけは避けなければならない。


 先頭を歩いていたアンデッドがアスカから3mほどに近づいたところで、アスカが大きく1歩踏み出しながら手に持った剣で右下から左上に切り裂く。斬りかかられたアンデッドは防ぐことも出来ずにその一撃で2つに分かれる。それでも上半身だけは今もまだ動こうと両の腕で地面を掻く。


 シガレットもアスカが攻撃を開始したときとほぼ同時に走り出しており、アスカから少し離れた位置の2匹のアンデッドへと近づいていた。そしてアスカが1対1となれるように、2匹の内片方を槍の石突で突き飛ばた。

 そして残した1匹ではなく、更に奥から自分たちに近づいてくる複数のアンデッドの方へ槍をバトンのように回しながら移動して、足を止めた勢いを乗せて今度は石突近くを両手で持った状態でアンデッド3匹を同時になぎ払う。


 アスカは両断したアンデッドにはかまわず、シガレットが用意してくれた次の獲物へと駆け寄る。その獲物はシガレットの後ろから、片方しかない腕を上に伸ばした後で勢いよく振り下ろそうとしていた。しかし、その腕はアスカの剣によって切り落とされてしまった。返す刃で首を跳ねると、そのアンデッドの首から下は動きを止める。それを見たアスカは、シガレットが突き飛ばしたアンデッドに向かっていく。


 しかし、ここで今までにはなかった現象が起きた。アスカによって切り落とされたアンデッドの頭から、ゲル状の何かが口や鼻、切られた喉の穴などから徐々にだが確実に出てきたのだ。そのことにアスカたちはまだ気がついていない。後方から2人の様子を見ていた俺とチユだけが気がついていた。


「2人とも、一度下がって!」


 俺がチユにゲル状の何かについて聞く前に、チユが2人を呼び戻す。


 呼びかけられた2人の行動は早かった。


 まず、3匹を相手にしようとしていたシガレットは今回は石突ではなく、槍の刃の部分でアンデッドたちそれぞれの片足をすばやく突いた後、それらに背を向けて全力でこちらまでかけてくる。


 アスカは、倒れていたアンデッドに向かおうとしたところだったために、少し反応が遅れたが、ゲル状の物体が全て頭から出てしまう前にこちら側まで来ることが出来た。


「どうしたんだ、チユ?いきなり私たちを呼び戻したりして」


 2人はまだゲル状の物体に気がついていないようだ。チユが叫んだ辺りから、松明の準備をしていたメリシェンもこちらの様子を窺いながらも、自分の役割をこなそうとしている。見れば松明に火をつけられる段階まできていた。


「二人とも・・・あれをみて」


 チユが指差したのは、アンデッドの頭部から全て出てしまったのだろう、頭部よりも少し離れた位置まで移動しているゲル状の物体。


「あれは・・・まさかスライムか?」


「スライムがどうしてこんな場所に?たしかスライムは霧沼に棲む魔物の1種だったはず・・・」


 どうやらあれはスライムというらしい。俺のイメージだと、プリンやゼリーみたいな固形物だけどやわらかい何か、というイメージだったのだが。あれは粘度の高い液体にしか見えない。というか霧沼ってなんだ?霧のかかった沼のことなのだろうか。


 彼女たちはあのスライムという魔物を脅威としてみているようだが、俺には何がそんなに危険なのかわからない。俺はまたしても置いてけぼりの状態になってしまっている・・・


「なぁ。何で3人ともそんなに困ってるんだ?さっきみたいに剣や槍で攻撃してしまえばいいんじゃないのか?」


 なぜアンデッドは攻撃できて、スライムは攻撃できないのか。俺にはそこがわからなかった。


「・・・ほんとうに、何も知らないんだな」


 アスカがため息を吐いて、こちらを見る。両肩も下がっていて、何故かとても疲れているように見える。・・・たぶん俺のせいなんだろうけども。


「まぁ、肩の力が抜けたからいいか。とりあえず、あれに絶対近づくなよ?スライムは、大半が魔力を帯びた水で出来ていて、剣で斬ったり槍で突いた程度じゃ効果がないのさ」


「しかも困ったことに、その水は消化液の役割もあるらしくてな。武器で攻撃というのは、早い話が無意味に武器を消耗させるだけになってしまうのだ」


「それに、もし近づいて取り付かれてみろ。生きたまま溶かされることになるぞ」


「くっついてもはがせばいいんじゃないのか?」


「体が魔力を帯びただけの水だって言ったでしょ?そんなのどうやってもはがせないよ」


 つまり、捕まったら最後。外せずに徐々に食べられるのを待つだけだって?それは流石に遠慮願いたい。


「あと、口の辺りにこられたらそのまま窒息させられるか、中から溶かされるかだから。近くでしゃべったりもしないほうがいいの」


「武器がだめ。近づくのがそもそも危険すぎる。じゃあどうやって対処すればいいんだ?」


「そこが問題なの。熱に弱いから、火で炙るって方法が一番手っ取り早いのだけど・・・」


 チユの言葉に全員がメリシェンの方を見る。だが


「火を起こせても、どうやってスライムを炙るかが問題ね。松明のような、火を運ぶ方法がないわ」


 メリシェンの言葉に、今度はチユがシガレットの方をみる。どうやら彼女たちの中ではシガレットが道具などの管理をしているようだ。


「残念ながら松明になるようなものも、そもそも燃料として使える油もない」


「火以外だと、後は魔力の宿った武器や魔符だけだが・・・」


 魔力の宿った武器っていうと、ゲームなどでたまに見る属性がついた武器というやつなのだろうか?・・・というか魔符?


「魔符なら、あのスライムを倒せるのか?」


「あぁ、魔力を帯びた水といっても所詮水だからな。自分以外の魔力で攻撃されると、体を維持できなくなって死んでしまうんだ」


 つまり、魔符に込められた魔力で攻撃すれば、体を維持できなくなって倒せるということか。なら話は簡単だな


「なら、俺の持ってる『ウィンドカッター』の魔符で倒そう」


「お前まだ他にも魔符を持っていたのか!」


 アスカたちが驚いているが、そういえば俺がどんな魔符を持っているかなんて話していなかったな。と今更ながら思う。もし話していれば、彼女たちもすぐに俺に魔符を使えといってきたのかもしれない。なんて思っていると、話していたせいで注意が疎かになっていたのだろう。アスカのすぐ後ろまでスライムが来ていたのだ。


「危ない!」


 俺は咄嗟にアスカの腕を掴み、自分の方へと引っ張る。スライムはアスカにその体を触手の様に伸ばして触れようとしていたのだ。


 間一髪といったところだろう。シガレットたちも俺たちを気にしながらも、周囲を警戒する。


「火は間に合わなかったか・・・」


 シガレットの零した呟きで、とるべき道は1つしかないと全員が顔を引き締める。


「すまないがキョウスケ、攻撃はお前に任せてもいいか?」


「別に、魔符を出して唱えるだけだろ?それぐらいなら俺にだって出来るさ」


「・・・あぁ。スライムが1匹だけなら簡単でよかったんだがな」


 その言葉に俺はアスカを離して周囲を確認する。そこにはいつの間にか合計で6匹のスライムの姿があったのだ。


「もしかして・・・あのアンデッドたちは全部こいつらが動かしてたただの死体だったのか」


 アンデッドの数が6。今いるスライムの数も6となれば、そう考えるべきなのだろう。その証拠に、突き飛ばされただけのアンデッドたちも、もう動く様子が無い。


「まずは6匹、なるべく近くに集める必要があるな」


 先程まで反応が無かったアスカだったが、どうやら復活したようだ。というか、どうして顔を背けているのだろうか?


「そうね。でも、集めるだけならたぶん簡単よ?」





 メリシェンの作戦を聞いた俺たちは、スライムたちから10メートルほど距離をとっていた。あまり街道に近づくのもよく無いので、街道と平行に移動している。


「ゆっくりだが、やはりこちらに近づこうと移動してくるな」


 目が見えている訳ではないのだろうが、何か特別な方法で俺たちを見ているのだろう。6匹のスライムは徐々に俺たちの方に近づいてくる。そして、バラバラの位置にいたスライムたちは、徐々にだが互いの間隔を狭めている。


「メリシェンの言ったとおり私たちがかたまって離れからか、あいつらもかたまって近づいてくるな」


 メリシェンの作戦というのは簡単なことだった。スライム1匹1匹が別々の対象を襲おうとすれば一箇所に集めるのは大変だが、襲う相手が一つの場所にいればスライムも集まる可能性があるということだ。

 そしてその作戦は見事に成功している。6匹のスライムは互いに触れることは無いが、それでも全部で2メートルも離れていないだろう。


「そろそろ頼めるか?」


「わかった」


 俺は肩にかけていた魔道書を開き『ウィンドカッター』の魔符を1枚取り出す。


「この一枚で終わってくれよ・・・」


 俺はそう願いながら右手を前に出しながら『ウィンドカッター』と唱える。すると、俺の言葉に反応した魔符が緑色に強く輝く。そして光が収まるのと同時に緑色に輝く風の刃が1つ、スライムたちへと向かって飛んでいった。

 その緑の刃は風のように速く、1秒にも満たない時間でスライムたちのいる場所まで飛び、彼らを切り裂き、さらに彼らのいた地面にも大きな傷をつけて消えた。


「・・・・・・すごい」


 誰の言葉だったのか、俺だったのかもしれないし、彼女たちの誰かだったのかもしれない。だがその一言しか出ないほどに『ウィンドカッター』の威力はすさまじかった。


「さて、と・・・じゃあご飯にしようか」


 そういいながら、チユは俺の右手を両手で持ちながら動かしてくれた。『ウィンドカッター』を使うために魔符を持っていた右手が、チユが下げてくれるまで前に出したままだったのだ。あれからどれくらい経っただろうか。俺はスライムを倒したその場に立ち尽くしていたのだ。


「それじゃあメリシェン以外はご飯の前に、彼らを埋めてあげるとしようか」


 というわけで、メリシェン以外の4人で街道より少し離れた木の根元を掘り起こして、6人の死体を埋めてあげる事にした。俺もローブを脱ぎ、魔道書を地面に置いてからそちらの手伝いをする。初めて近くで死体というものを触った。死体というのはすごい匂いがすると思っていたのだが、スライムが水分を吸収してしまったからかあまり匂わなかった。それでも触っていたいと思える物でもないので、急いで穴を掘って斬り飛ばした部分も全て埋めた。


 その後で4人で手を合わせて安らかに眠れるように祈りをささげる。こういった風習は異世界でも同じようにあるらしい。


「彼らもこれで安らかに眠れるだろう」


 合わせていた手を離して気がついたのだが、もう辺りはすっかり暗くなっていたようだ。俺たちはメリシェンの待つ場所まで向かうことにする。


 夕食の準備はすでに出来ており、俺たちが戻ってくるのを待っていたようだ。俺たちは水で手を洗ってから夕食にありつく。そして、夕食を食べてしまったら彼女たちに挨拶をしてすぐに眠ることにする。


 ・・・死体を見て吐いたりしなかったから、案外自分はそういうものを見ても平気だったのかと思ったのだが、どうやらそういうわけでもないようだった。

 この2日間おいしいと感じていたメリシェンの料理だったが、今日の物は味がほとんど感じられなかったのだ。夕食のとき、4人が俺のことを心配そうに見ているのには気が付いていたが、なるべく彼女たちを見ないようにしながら食事をした。きっと情けない顔をしていたのだろうな・・・


 翌朝になり、アスカに叩き起こされる。朝食の味はきちんと感じられたので、一晩眠ることでだいぶ落ち着いたのだろう。彼女たちの顔も少しほっとしているので、自分の顔はもう強張ったりしていなかったのだろう。


「さて、それじゃあ今日も一日頑張って歩きますか!」


 俺は気分を変えるためにそう宣言する。本もローブもちゃんと持っているので忘れ物も無い。


「そうだな。それじゃあ今日一番の見張り決めでもするか」


 アスカたちも俺の言葉の意図を読んでくれたのだろう、その宣言でいつもより少し明るくジャンケンを始めたのだ。誰が負けたのかはこの際言わないでおこうと思う。


「あれ?あの穴って昨日のスライムがいた辺りだよね?」


 出発してすぐ、昨日のスライムがいたであろう『ウィンドカッター』の跡が残っている場所の近くを通ったときに、チユが何かに気が付いたのかそちらに近づいていく。


「何か見つけたのか?」


 シガレットもチユを追いかけてそちらへ向かう。俺たちもその後に続いていく。


「これこれ。何か光ってたから気になって見に来たんだ~」


 そういってチユが見せてきたものは、キラキラと光る粉末だった。草がちょうど風を遮っていたのか、それとも『ウィンドカッター』で出来た穴のおかげなのか、その穴には結構な量の光る粉末があった。


「これって、なんなんだろ?」


 チユの疑問に答えられる人は誰もいなかった。全員がその粉末を指で触ったり、つまんだ後でこすってみたりとそれぞれが思い思いの方法で調べていく。俺もその粉末が何なのか気になったので触ってみる。


「・・・あれ?」


 俺が粉末に触れると、肩にかけていた魔道書が少し熱くなったのだ。俺は一度粉末を落としてから魔道書を取り出す。取り出した魔道書は薄っすらと水色に輝いていたのだ。


「これってもしかして・・・スライムの死骸なのか?」


「死骸?」


 俺は魔道書の水の系統の辺りを開く。『ウィンドカッター』が緑色に輝いて、今回はスライムの死骸と思われるものに触れたときに魔道書が青色に輝いている。これはたぶん、水の系統の素材になるから輝いているのではないかと思ったからだ。


「・・・あった」


 水の系統を開いてすぐのページが薄っすら青色に輝いていたのだ。確認のために他のページを全て探してみるが、ここ以外は全て普通のページだった。


「魔道書のページが光ってる?」


 俺は彼女たちの質問に答えずに、スライムの死骸をそのページの大きなポケットの部分に軽く掬って入れる。しかし、特に変化は無いようだ。


「これだけじゃ足りないのかな?」


 俺は試しにもう一掬い入れてみるが変化は無い。何か間違っているのだろうか?


「魔符を作るには、魔道書と素材。そして魔力が必要だと聞いたことがある」


 シガレットの言葉に俺は思い出す。あの本にも確か同じことが書かれていたはずだ。だが魔力というのはどういって込めればいいのかわからない。


「俺は魔力の込め方がわからないのだけど・・・誰かできないか?」


「すまないが・・・」


 俺は彼女たちが出来るものと思ってそうお願いしてみたのだが。彼女たちにも出来ないらしい。魔力とよばれる物を見ることは出来るが、魔力そのものを使って何かをしたことは無いそうだ。


「でも、昨日は『ウィンドカッター』を使うことが出来たよね?あれって魔力を使ってたんじゃないの?」


「昨日のはただ、魔符の名前を言っただけなんだけど・・・」


「同じかもしれないじゃない」


 チユの言葉に押し切られる形で、俺はその輝くページに書かれている魔符の名前をよむ。


「アクアボール」


 すると、魔道書の光が収まり小さい方のポケットに1枚の札が挿まれていた。


「できた・・・?」


「魔符を作ったら魔道書の光が収まったね。何でだろ?」


「もう作ることが出来ないのかもしれないですね」


「どうだろ・・・試してみるか」


 俺はもう一度スライムの死骸を入れてから『アクアボール』と唱える。すると、再び魔符が1枚出来上がった。


「どうやら、光っていても光っていなくても作ることは可能みたいだな」


 今一つ輝く理由がわからないのだが、とりあえずやっておくことがある。


「・・・これ全部、魔符にしてしまってもいいかな?」


 まだ軽く20枚程作れる量のスライムの死骸がそこには残っているのだ。なので彼女たちさえよければこれを全て魔符に変えてしまいたい。


「魔物の素材は町で売ればそれなりの金額になるはずなのだが、そもそもスライムの死骸なんて聞いたことも無かったからな。いいんじゃないか?変えてしまって」


「私も問題ないと思います。そもそも倒したのはキョウスケさんなのですから、お気になさらずに貰ってしまっていいのですよ?」


 4人とも俺がスライムの死骸を貰うことに賛成してくれた。そして俺は『アクアボール』の量産をしようと思ったのだが、合計10枚作ったところで酷い吐き気に襲われたのだ。


「・・・あれ?」


 さらにそのまま座っていることも出来ず前に倒れそうになる。倒れる前に異変に気が付いたアスカが俺を支えてくれなければ、俺はスライムの死骸に突っ込むところだった。


「魔力の使いすぎだろう。そんなに急いで作らなくてもこの粉は袋に入れて運べばいいだろうが・・・」


 休んでいろ。そういって俺を少し離れたところまでシガレットと2人で運んだ後、4人はスライムの死骸を布袋5つ分詰めてくれた。俺はその様子を途中まで見ていたのだが、目を開けているのも辛くなってしまい、気づいたときには眠ってしまっていた。


 俺が次に目が覚めたのは、日が頭の上まで昇ったぐらいの時間だった。


 4人は俺の傍で軽く周囲を確認しながら休憩をしていた。


「すまない。寝てしまって・・・」


「気にしないでください。多少遅くなっても問題ないように食材は買ってありますから」


 そういう心配ではないのだが・・・だが4人とも俺が倒れたことを心配しているが、別に不満があるようではなさそうに見える。だから俺は


「ありがとう」


 そう返すことにした。


 結局その日は大事をとって1日歩かずにその場で休むことにした。4人は交代で枝を拾いにいったり、食料になりそうな動物を捕まえられないかと動いていたが、俺はほとんど歩き回ることも出来なかった。


 翌日から再びコビリアに向けて進む。


 オステアの村を出発して7日目の昼ごろ、川幅10mほど大きな河に着いた。彼女たちによれば水もかなり清んでいるので、普通に飲み水に出来るそうだ。


 今日はこの河の近くで夜を明かそうかと話していたときにそれに気がついた。河原に1台の布が被せられた荷車が置いてあったのだ。普通に荷車が置いてあるだけならきっと気にもかけなかっただろう。だがその荷車は普通ではなかった。まず荷車を押す動物もいなければ、その持ち主の人間もいない。荷車を置いてどこか遠くへ行くとは普通考えられない。


 そういった怪しさ満点の荷車だったが、近づいて様子を確認しないことにはこの辺りで夜を明かす準備も出来ない。仕方なく俺たちはその荷車に近づき、そして人も動物もいない理由を知ることになる。


 荷車の近くには首のはねられた狼などものの混じった数匹の狼の死骸。そして荷車を引いていたのだろう、馬らしき死骸も転がっていた。


 だが、荷車の周りに血の跡がない。


「これって・・・」


「たぶん、あのスライムに襲われたのだろうな」


「つまり、あの6人がこの馬車の持ち主・・・だったのかな」


「わからないが、そう考えれば筋は通るからな」


 そういいながらシガレットは馬や狼を埋める為の穴を掘り始める。俺たちも彼女の手伝いをする。


 埋め終わった俺たちは次に、荷車の中身を確認する。荷車の中身は保存が利く食料や衣服とそれなりの量のお金だった。


「荷物はどうしましょう・・・」


「拝借してもいいのだが・・・馬車を引く動物もいないからな。コビリアの町に着いたら門番にでも伝えて回収してもらおう」


 俺たちは荷車から離れた位置で火を起こして夜を明かす。


 荷車やあの死体を思い出した俺は、自分が現在どういう世界にいるのか再認識する。少し運が悪ければ、自分もあの死体と同じようにあの森で熊に殺されていたかもしれないのだ。


 彼女たちと一緒にコビリアへと向かい始めた日、俺は彼女たちは警戒のしすぎだと思った。何でそんなに警戒しているのかとたぶん馬鹿にするように思ったのだろう。だが、本当の馬鹿者は俺のほうだったのだ。一つの油断で簡単に死んでしまう可能性がある。彼女たちはそう知っていたのだ。


 命を簡単に落としてしまう世界。そんな危険がたくさんある世界に自分は今いるのだ。


 そう心に刻みながら俺は眠りに着いた。




 それからは、特にこれといったことも無く、オステアを出発して11日目の昼過ぎといった時間。俺たちはついにコビリアの町の城壁を見ることが出来た。

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