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第二話

「やっぱり夢じゃなかったのかな」


 目が覚めた俺が最初に見たのは、見覚えのない木でできた天井だった。先ほどまで歩き続けていたせいか体がすごくだるい。このまま眠ろうかと再び目を閉じようとしたところで


「お目覚めになりましたか?」


「っ!?」


 声をかけられた俺はベッドから勢いよく飛び起きた。誰もいないと思っていた部屋には、俺以外にも4人の女性がいる事に気がついた。


「つまり気絶した俺を、近くにあったこの村まで運んでくれた上に、宿代も払ってくれているってことか?」


「宿代はについては私たちの泊まっている部屋に連れてきただけですから正確には違いますが、大雑把に言ってしまえばそういうことになります」


 先ほどの一件で眠気が飛んでいってしまった俺は、現状の説明をしてくれるという部屋にいた女性たちの話を聞いていたのだ。主に話してくれているのは、くせっ毛の長い栗色の髪と髪と同色の瞳を持つメリシェンという女性だった。

 ワンピースのような白地に朱色で文様が入ったゆったりとした服を着ているのだが、腰の辺りを黒いベルトで絞っているせいで、女性の象徴が強調されていてちょっと刺激が強い服装をしている。


 彼女たちの話によると、今俺たちが滞在している村の村長さんが出していた依頼のために、彼女たちは先ほどの熊、名前をレッドベアーというらしいのだが、それの駆除にきていたそうだ。そして街道沿いの森の中を探しているときに、レッドベアーの叫び声が聞こえたので急いでその場に来てみれば、俺が無抵抗にレッドベアーに攻撃されそうになっている場面に出くわしたというわけだ。


 そしてアスカ(黒髪黒目の女性で名前と合わせて日本人の様に見えるが似ているだけかもしれない)が横から助けに入り、ギリギリのところで間に合ったということらしい。もし間に合わなければ俺は彼女たちの目の前で服に入った挽き肉になっていたことだろう。・・・助けてもらえて本当によかった。


 そしてその後は俺は緊張の糸が切れてしまい、朝からの疲労と合わさってそのまま気絶してしまったらしい。それを見た彼女たちが、仕方なくレッドベアーを1匹仕留めた報告も兼ねて俺をこの村まで運んでくれたというわけだ。


「助けてくれて、ありがとうございました!」


 まだお礼を言っていないことに気がついた俺は、まず彼女たちに対して頭を下げる。


「別に気にしなくてもいいさ。こちらも仕事であの熊を探していたんだから。むしろレッドベアーがお前を見つけたことで吼えたから、私たちも森中を探すこともなくすぐにレッドベアーを見つけることができたのだからな」


 俺にそう笑いかけてくれたのはシガレットさん。腰までの少しウェーブのかかった金髪と薄いレモン色の瞳を持った女性だ。白いブラウスのような上着に黒のズボンを着ている。その中性的な顔といい、はっきりとした物言いといい、スラッとした体型といいまるで男性のように見える。さすがにそれは口には出さなかった。声が女性らしい少しソプラノに近い声だったのですぐにわかったのだ。

 彼女とアスカは色合いこそ違うが、シャツとズボンという似たような服装なのに、どうしてこうも違う印象を受けてしまうのだろうか?ちなみにアスカの格好は白のシャツの上に黒のベスト、藍色のズボンという格好だ。


 最初に話したときはシガレットの堂々とした雰囲気にさんを付けてしまったのだ。もっと砕けた話し方でいいし、呼び捨てでかまわないといわれてしまったのだが


「それでも、助けてもらったことには変わりませんから」


 と、それでも多少彼女たちに対しては丁寧なしゃべり方になってしまう。


「それで。これから君はどうするのかな?」


 顎に指を当てながら俺にそう聞いてきたのはチユ。彼女は動きやすさを重視した、丈の短いパンツとシャツを着た短い白髪に朱色の瞳を持った少女だ。仕草がどこか動物っぽく見えて、その白い髪もあってか何処となく猫っぽい雰囲気が出ている。

 今の質問が俺のこれからのことを心配しているのではなく、ただ疑問に思ったから聞いてみただけというのが、会ったばかりの俺でもなんとなくわかった。


 だがこの質問は、はっきり言って一番答えにくい。目的地ははっきりとしているのだが、そのための旅費もなければ生活費もないのが現状なのだ。

 俺は目を覚ましたのだから、すぐにでもベッドから降りてこの部屋を出て行くべきだろうが、お金も食料も無い状態で野宿をすることになる。はっきりいってただの自殺にしかならないだろう。


 どう説明したらいいのか。そしてどうにかして金策もしなければならない・・・


「・・・実はラクティールにある神殿に行きたいんだけどさ、場所がわからなくてね。今いるこの村の場所もよくわからないんだ。それに今はお金も持っていないから、手持ちのものを何か売ってお金を作らないといけないしで散々だよ」


 いろいろ考えては見たが、結局は正直に答えるしかなかった。


「お金を持っていないのですか?」


 俺の言葉を聞いてメリシェンが眉をひそめながらそう聞き返す。どうやら心配してくれているようだ。


「硬貨1枚持ってないです・・・。ただ物取りにあったとかそういうわけじゃないですよ?傷薬も3本あるから、それが売れれば少しはお返しができるかも、と考えてはいるんだけどね」


 ははは、とそう笑いながら俺は言えたと思う。若干引きつっていたかもしれないが、うまくいったと思いたい。


 だが俺の言葉を聞いた彼女たちの反応は、俺の予想とは大きく違っていた。


「本当に傷薬3本程度で、そんなに金になると思っているのか?」


 アスカの言葉に俺は目を白黒させる。その間にも彼女たちの話は続く


「そもそも、傷薬といってもいくつか種類がありますけど・・・どの種類をお持ちなのですか?」


 どういう種類っていわれても、あれは飲み薬なのか?それともぶっ掛けるのか・・・


「傷薬もポーションの類なら需要もあるし高価だが、町で普通に取引されている魔力がほぼこもっていない塗るタイプの傷薬だと生活費にもならない可能性があるぞ?」


「でもポーションを持ってるなら、そもそもお金がないなんてことにはならないよね~」


「まぁそういうことだな、わかったか?もっとまともな、別の金策を考えたほうがいいと思うぞ」


 ・・・困った。ルルブの値段的には傷薬1つの値段で宿屋に10日は余裕で泊まれる値段だったのだが、あの本とこの世界は細かいところが違うのだろうか?そもそも傷薬というのが1つしかなかったあの本と、今の話では最低2種類の傷薬があることがわかってしまったので、俺が今持っている情報が正しいといえない。


「・・・そうだ!確認してもらえばいいんだ」


 俺は妙案だとばかりに手を打ちながらそう宣言する。そもそも俺じゃあ持っているものが彼女たちの言うポーションなのかそれ以外なのかなんてわからない。ならばそれがわかるであろう彼女たちに見てもらうのが一番だ。


 そういうわけで俺は自分の腰の辺りにつるしてあった道具袋を外して、中に入っていた赤い液体入りのビンを彼女たちに見せる。この見た目的に、塗るタイプではない気がするから軟膏のような使用方法ではないと思う


「これが3本なんだけど、そのポーションってやつかな?それとも市販品?」


「おぉ~!これだけすごい魔力量がなら間違いなくポーションだよ君。すごいじゃん。どうしたのよこれ?」


「どうしたって、普通に買ってたのを持ってただけなんだけど?」


「よくこんな高価なものが買えたね~・・・一本頂戴」


「そんなに高価なものなのかな?相場とかよくわからないんだけど、上げるのは無理でもよく見て何かわかったら教えてよ」


 などとチユと2人でポーションについて話をする。チユが出していた手に持っていたポーションを手渡しながら待ったのだが、しばらく待っても彼女以外の反応がない。どうしたというのだろうか?


 とりあえずチユとの話も一段落したので、チユからポーションを返してもらって道具袋に戻しておく。せっかく売れるとわかったのに、ビンが割れて駄目にしてしまったらもったいなさ過ぎるので、なるべく傷がつかないように慎重に入れた。


 ちなみに買ったというのはテストプレイのときに所持金を減らしてアイテムを増やしただけなので、この世界の何処で売買されているかはよくわからないし知らない。

 さらに言うなら、シナリオの報酬から見れば報酬の全てを傷薬につぎ込めば10個ほど買えるので、本当に高価なものなのかも俺にはわからないのだ。


「・・・1等級傷薬ヒーリングポーション」


 誰の呟きだったのか、それとも固まっていた3人全員がつぶやいたのかはわからないが、俺の耳にはそう聞こえた。1等級とか言われると、2等級や3等級があるのだろうか?とか疑問がまた増えるが、とりあえず


「1等級ってなに?」


 話に出てきたことを聞いてみることにする。


 俺の発言にまた、いや今度は4人とも固まったようだ。シガレットさんがチユを自分のそばに引き寄せて4人で内緒話を始める。


「どう思う?ポーションを知らない、等級について知らない、お金がない。明らかに普通じゃないと私は思うのだが・・・」


「私もそうは思いますけど。ただ悪い人には見えませんし、記憶喪失か何かなのではないでしょうか?」


「どうだか、実は盗人であのポーションも他人から奪った物かもしれないぞ?」


「でも買ったって言ってたよ?盗賊なんてやってる人なら、そんなばれそうな嘘はつかないで、もっとありえそうな話をすると思うけどなぁ」


「私も盗人ではないと思う。アスカは少し疑いすぎだよ。記憶喪失以外にも常識の少ない人間の話なら聞いたことがあるだろ?」


「もしかして・・・迷い人のことか?シガレットはあんな話を信じているのか?」


「迷い人ってなんだっけ?」


「確か・・・生まれも育ちもわからない人間が、村や町の外で極稀に見つかるといった噂話ですね。でも迷い人も道具などの知識はだいたい持っていると聞いたことがありますが」


「つまり、迷い人でもない可能性もあるわけか。いやその噂話の方が間違っている可能性のほうが高いか?」


「もしかしたら迷い人でもいろんな人がいるのかもしれないな。それで?迷い人だったとして、じゃあこれからどうするんだよ」


 彼女たちが何について話しているのか、少しだけだけど聞こえてくる。どうやら迷い人という人たちがたまに現れるようだ。素性がわからないというのは俺のように飛ばされてやってきたからなのか、それとも別の理由なのか・・・


「話し合いは終わったか?」


 長いことあーでもないこーでもないと話し合っている彼女らに対して、いい加減このままの状態というのも困るので、事態に進展して欲しい俺はそう問いかけることにした。


「俺の持ってる傷薬が売れるのならさ、さっさと売ってお金に替えたいんだ。それでさ、できればその場所まで連れて行って欲しいんだけど頼めないかな?」


 その言葉を聞いた4人の顔はあまりよくない。何か問題があるのだろうか?


「あ~・・・とても言いにくいんだが、ここら辺じゃあそのポーションは売れないぞ」


 アスカのその言葉を理解するのに、俺にはしばらくの時間が必要だった。


「え?なんでだ?別に道具屋みたいな場所や薬屋にでも持っていけばいいんじゃないのか?」


 俺は浮かんだ疑問をそのまま彼女たちに質問していく。


「その・・・だな・・・。たぶん、間違いなく、そのポーションは1等級、つまり体の欠損以外ならどんな傷でも治してしまう程の効果を持ったポーションだ・・・と思う」


「へぇ~・・・これにそんなにすごい効果があったのか。ところでどうやってそれ見分けているんだ?」


「効果はなんとなく、魔力の量が多いほど効果が高くなるからわかるんだ」


「俺にはよくわからんな・・・」


 シガレットの話を聞いて、もう一度傷薬を道具袋から出して目を細めたり、逆に見開いたりしながら確認してみるが、特に変わった様子は見られない。魔力ってどういう風に見えるんだろうか?彼女らにはこれが神々しく光り輝いた薬にでも見えるのだろうか?


「そういえばポーションってのは何なんだ?傷薬の種類なのか?」


「種類といえばそうだな。魔力のおかげで効果がすぐに現れる薬のことをポーションとよんでいるんだ」


「使ったらすぐに効果が出るのか・・・どんな風になるのか想像がつかないな」


 システム的には使用すればすぐに回復するというのは当たり前のことだったのだが、現実なら数字が増えるのではなくて傷が無くなってしまうということなのだとは思うのだが、振り掛けたところの傷が消しゴムで消したように消えるのか、それとも徐々に傷口が塞がっていくのか・・・ジュクジュクと傷口が塞がる様子を想像したら気持ち悪くなった。


「あの~・・・もしかして、魔力が見えないのですか?」


「うん?そうだね、残念ながら全くみえない」


「まったく?」


「まったく」


「自分の魔力が低い方でも、魔力を見ることはできるはずなのですが・・・」


 そんなことを言われても、見えないものは見えませんよ・・・


「それで、その薬を売ることができない理由なんだが・・・・・・」


「それ1本で家が1つ建つ」


「・・・・・・はい?」


 あまりに予想外の理由に頭が真っ白になる。たぶん口も半開きになっていることだろう。


「え?家がなんだって?」


「だ~か~ら~、それ1本で、家が、1つ、建つ、ぐらいの、値段がつくんだよ」


「そしてそれを買い取ることができるだけの大きな店がこの村には残念ながらない。だからこの村ではそれを売ることはできないと私たちは言っているんだ」


「いやいやいや、さすがにそれはおかしいでしょ。いくらなんでも薬1本で家が建つとかありえないでしょ」


 家が1つ建つ?ルルブで50Gで買えるようなただの薬が?シナリオを進めればいずれは買うこともなくなるようなものが?


 ・・・いやまてよ。ゲームでよくGって単位をみるけど、これってお金=ゴールドって意味から来てるんだとしたら?つまり50Gってのは金貨50枚ってことなのか?そう考えれば家が建つって話もなんとなく説明できる気がする。


「・・・もしかして、これ1本で金貨50枚ぐらいになったりするのか?」


 俺は間違っていて欲しいという願いを込めて質問をしたのだが


「1等級ポーションなら場合によってはそれ以上にもなる可能性もあるな。だが私は1等級ポーションをみたこともないし普段出回らないからな。2等級ならもう少し低い可能性もあるのだが、それでもこの村で買い取るのは無理だろうな」


 俺の予想の斜め上を行く回答が返ってきてしまった。金貨50枚の価値・・・あるんだろうなぁ。ルルブの価格がそれだったし。


 そういえば傷薬1つで最高10点回復って、初期最大値12からみたら全回復とほぼ同じだよな。ゲームだと想像もしてなかったけど、傷がすぐに治る薬って実際に存在するのならみんな欲しがるだろうからそりゃ高くなるわ。


「おい、大丈夫か?これだけ近くても聞こえない声量で、何事かブツブツ呟かれると何だか怖いのだが」


「おっと、すまない声が漏れていたのか」


 考え事に集中しすぎていて彼女たちのことを忘れていた。そういえば金策について考えていたんだった。


「悪い悪い。あまりの価値に売るためにはどうすればいいのかって考えてたんだよ」


「そうですよね。いくら高価な品物を持っていても、手持ちの資金がなければ生活できなくて困りますものね」


 う~ん、と俺たちは何かいい案が出ないかとそれぞれで考える。しかし一度案が出た後というのは、すぐには別の案は出てこないものだ。


「そういえば、みんなはこれからの予定って何かあるのか?熊狩りの依頼は終わったんだろ?」


 いい案が思いつかないので、一度別のことを考えていたときにふと疑問に思ったので聞いてみることにする。もし何も予定がないのなら、お金を作ることができるかもしれない。


「私たちが受けた依頼というのは、レッドベアーが出たからどうにかして欲しいって依頼だったからな。一応依頼は終わったということでいいのかな?」


「何匹いるとか、全部狩って欲しいって話はなかったと思うからいいんじゃないかな?」


「それなら終わってると言えるだろうな。メリシェン、報酬もくれたのだろう?」


「えぇ。村長さんも、こんなに早く片付けてもらえてありがとうございますって色までつけてもらっちゃったわ」


 ちょっと嬉しそうだ。メリシェンの言葉に他の3人も嬉しそうだ。そして俺も運がいい


「じゃあ4人とも仕事は今のところ決まってないんだな?」


「そういうことになりますね。でも、それがどうかしましたか?」


「えっとさ・・・それなら俺を、この傷薬が売れる町まで護衛してくれないか?」


 俺の考えたこと。それは彼女たちに送ってもらうということだ。


「私たちに護衛の依頼を出すということか?」


 俺の提案にアスカが警戒しながら一番に反応する。何か不味いことでもいったかな?


「あぁ。皆は予定が今のところ無いって言っただろ?俺はこのポーションを売ってお金を手に入れたい。だからさ、できればでいいんだけど大きな町まで連れて行って欲しい」


「どうして私たちに頼むんだ?別に他の人でもいいだろうに」


「確かに別の腕の立つ人でもいいのかもしれないけどさ」


「それなら「でも、その人が信用できるかどうか俺にはわからないからな」っ!」


「でも・・・私たちはまだ出会って半日ぐらいだろう?そんな簡単に信用してしまっていいのか?」


 その疑問は当たり前だろう。普通なら俺だって出会って半日の人間のことを、そこまで信用できるとは思えない。でも今回は特別だ信用できる。


「だってアスカたちは気絶した俺をそのままにせず、村まで運んで休ませてくれたじゃないか」


 平気で悪事をするような人間が、目の前で倒れている人間を助けるなんてありえないことだろう。目を覚ます前に殺してしまうか、それとも荷物だけ奪って逃げれてしまえばいいのだから。


「そんなアスカたちだから信用できると、俺は思っている。だから迷惑じゃなければ俺のこの依頼を受けて欲しいんだ」


 そういって俺は、アスカたちに頭を下げる。頭を下げながら俺は、ここまでやって彼女たちに荷物を奪われるようなら元々運がなかったんだろう。そう考えて納得していた。


 どれくらい待っただろうか、彼女たちからの返事はまだ無い。気づかぬうちに握っていた両の手のひらには汗が滲んでいる。


「・・・頭を上げてください」


「じゃあ」


「依頼を受ける前に1つ、確認しておかなければいけない事があるのですが」


「え?」


「私たちとしても、大きな町の方が仕事が多いですから戻ろうとは思っていました。ですので、そのポーションを換金できるほどの商店がある町までの護衛をする事はかまいません。しかし、口約束では私たちに対してお金の支払いを保障する物が何もないのです。ですから何か、保険になる物を私たちに示してもらえませんか?」


 メリシェンの言っている事は当たり前のことだ。口約束だけでは町に着いた後で支払いを拒まれる可能性がある。それを防ぐためにお互いに証明書でも作って持てればいいのだが、俺はこの世界に着たばかりで日本語が文字として使えるのかもわからないので出来るかわからない。


 何か別のいい方法はないかと考えて、ふとそれなりに価値のあるものを彼女たちに渡してしまえばいいのではないだろうか。ポーションが換金できなかったときに彼女たちにそのまま渡せるようなもの。ポーションは換金するものだから預けられない、それ以外の持ち物でなにか・・・


「そうだ、俺の持ってた大きな本を知らないか?」


 俺が寝ていたベッドになかったので、あの大きな本の所在を聞く。俺の近くにはなかった、と拾っていないなんて言われたらどうしようもないのだが


「それならこっちの机の上に置いてあるよ」


 とチユが本を持ってきてくれたおかげでその考えは杞憂に終わった。


「その本の中身を見ようと思って開こうとしたんだけどさ、開かなかったんだよね・・・何か特別なものなの?実は本の形をした別のものだったりして」


 開かなかった?俺は不思議に思ったので、返事もせずにまずは本の中身の確認をする。


 本は何の抵抗も無く普通に開いた。


「普通に開くけど?」


 チユだけでなくアスカたちまでまた驚いている。今日一日で彼女たちは何度驚くのだろうか?なんて場違いなことを考えた俺の口から空気が漏れる。目ざとくその様子を見ていたアスカとチユが何か言いたそうな目をしていたので、何か言われる前に目的のページを探す。


 そして


「あった。・・・はい、これを担保代わりに持っておいてよ」


 そういって俺が差し出したものは『ウィンドスピア』の魔符だ。本の中身を見たら『ウィンドカッター』が2枚しか入っていなかった。先ほど道具袋を探したときに『ウィンドカッター』の魔符は無かったので、気絶したときに何処かへ飛んでいってしまったのかもしれない。


 どうして『ウィンドカッター』ではなく『ウィンドスピア』の方を渡すのかというと、依頼の料金がどれくらいなのか判らないので少し価値の高い物の方がいいだろうという考えからだ。それに、1枚しかなくて試し撃ちが出来ないスピアの方が俺としては重要度が低かったというのもある。


「・・・それってもしかして魔符か?」


 なんとか搾り出した声、というのが正しいのだろう。今までで一番の衝撃を受けているようだ。反応できたアスカ以外は口をぱくぱくと何度も開いては閉じているか、見えないように手を口元に当てている。ただどちらも目が見開いているので、その驚きようだけがなんとなく伝わってきたのだ。


「『ウィンドスピア』の魔符だよ」


 どうしてそんなに驚いているのかわからないので、とりあえず質問に答えておく。


「え?いや、そんな何で驚いてるのかわからないって顔されると、私がおかしいみたいなんだけど?私の反応間違ってないよね?」


 自分がおかしいのか?と周りに確認していくアスカにシガレットが近づき。


「アスカの反応は普通だと、私は思うぞ・・・」


 はぁ。とため息をつきながらアスカの肩に手を乗せた。混乱していたアスカはそれで少し落ち着きを取り戻したようだった。みているこっちが可哀想だと思うほど混乱していたので、少し罪悪感も出ていたのだ。


 それにしても、何で皆はそんなに驚いているのだろうか?ルルブの設定では魔物を倒せば素材が手に入って作れるのだから、魔符はそれなりに流通している物だと思ったので出したのだが?誰でも持てるほど流通していたとしたら、それはそれで命の危険を感じるので遠慮したいのだが・・・。


 それに彼女たちの反応を見る限りでは、むしろあまり流通していないようにも感じられる。これはどうしてなのだろうか?


 理由としてすぐに思いつくのは『魔物が少ない』や『魔物が強すぎる』といったことぐらいだが。まぁわから無いものは、この際置いておこう。考えたって無駄なのだ。


 ・・・というか、もしかして失敗したか?それなりに流通していると思ったから預けようと思ったのに。それさえも価値が高くて、残りの魔符欲しさに保険で渡した魔符で俺が襲われるなんてことになったら笑い話にもならない。


「そんなに驚いてるけどさ、魔符って魔物を倒せば簡単に作れるものじゃないのか?」


 なので答えをいろいろ知っているであろう現地の人(彼女たち)に教えてもらう事にする。


「確かに魔物を殺してその素材を使えば魔符にすることが出来る。・・・そのことは判っているのだが、今は魔道書を作る方法が失われていて作れないんだ」


「・・・魔道書の作り方がわからない?」


「ああそうだ。古代の遺跡と思われる場所からな、魔道書や魔道書について書かれた資料はいくつか見つかっているんだ。でも魔道書の作成に成功したという人は、私が知っている限りではまだいない」


 ああ・・・だから彼女たちは驚いたのか。


「もしかして、この本から魔符を取り出したから皆は驚いていたと?」


「・・・ええ。もしかして、それは魔道書なのではないか?そう、私たちは考えたの」


 どう答えるべきか・・・。魔道書が一般的なものでないのなら、出来ればこの本が魔道書であることを隠していたい。あまり噂が広がるのは問題を引き寄せそうで遠慮したいからだ。ただ今回に限って言えば、彼女たちは信用に足る人間であると思うので、口外しないように頼めば墓場まで持って行ってくれるのかもしれない。それに話す、話さないどちらにしても、彼女たちはなんとなく感づいている気がする。ならば自分がどうしたいかなんだろうな。


 そう考えてしまえば、答えは簡単だ


「確かにこの本は魔道書だよ」


 正直に答えてしまったほうが気が楽になるのだから。ずっと嘘をつき続けることは正直つらい。例えそれが次の町までの短い付き合いだったとしてもだ。


 ぐだぐださっきまで考えていたが、どうやら俺は彼女たちのことを嘘をつきたくないと思えるぐらいには、普通に信頼していたみたいだ。


「ただこれさ、俺の物ではないんだ。頼まれごとでさ、この本を王都にいる持ち主のところまで持っていかないといけないんだ」


「先程おっしゃっていた、ラクティールの神殿へ行く用事というのは、これを運ぶことだったのですね」


「そう言うこと。そういえばここからラクティールまで、どれくらいかかるのかな?」


 俺は今更だが、自分が今どの辺りにいて、目的地は何処にあるのかまったく知らないということを思い出したのだ。


「ええっと・・・確かここから一番近い大きな町でもあるコビリアまでが徒歩で約10日、馬車でも6日の距離だったと思います。そこからさらに王都までは定期便の馬車が出ているのですが、それに乗っても10日以上はかかります。歩けば一月ほどかかるのではないでしょうか?」


「ここから近くの町までの方が近いんだね・・・。というか歩きで最短1ヵ月半近くかかるのか、遠いなぁ・・・」


 はぁ・・・。とため息が漏れる。正直すぐに帰れるものだと思っていたのだが、世の中そう甘くは無いようだ。それに帰れるという確証がまだ無いのがまた辛い。


「地図みたいなものって無いのかな?」


 地図があればいいなあ。と思いながら彼女たちに聞く。正直地図が旅人の一般的な持ち物なのかどうかもわからないので、持っていたらラッキー程度の気持ちだった。


「すまないが、私たちは持っていない。持っていたらいろいろ教えて上げられたのだがな」


 だから、この回答は予想通りの回答だった。


「何処に行けば見れるかな?」


「確か、コビリアの町の宿屋ならだいたい何処も持っていたはずだ」


「この村の宿屋にはないのか?」


「残念ながら無いな。そもそも森の中にある村だからな、地図を見るよりも、道に沿って移動したほうが楽だし安全なんだよ」


 そういうものなのだろうか?ああ、でも方位磁石のようなものが無ければ確かに森の中で地図があっても意味が無いのか。今の話から地図は貴重品みたいだし、そういう方位がわかる道具も無いのだろう。ルルブにも載っていなかったものだし。


「そっか。それじゃあ地図はそのコビリアってところについてから考えるとして、結局俺の依頼は受けてもらえるのかな?」


 俺は魔符を取り出したことで中断していた話に戻るためにそう提案した。


 中断していた話を再開した俺たちだったが、すぐに彼女たちは俺の依頼を受けることで話が決まった。支払いがしっかり保障されているなら、受けない理由が特に無いそうだ。

 依頼の詳しい内容は、俺の魔符を担保に彼女たちが当分の生活費や費用を出してもらい、コビリアの町でポーションを売ることが出来たら、そのお金でまずそれまでの費用を全て俺が彼女たちに支払う。そうすることで魔符を返してもらい、残ったお金の1割が彼女たちの取り分となる事になった。


 本当はポーションの売値の半分を出そうと思っていたのだが、そんな大金を報酬として護衛の依頼で貰う事は出来ないと言われてしまった。

 どうやら街道での護衛依頼の相場は、一人当たりだいたい銀貨50枚といったところなのだそうだ。貨幣は銅貨、銀貨、金貨があって、銅貨1000枚で銀貨1枚、銀貨1000枚で金貨1枚となる。つまり、全員で金貨1枚程の報酬でも相場よりもだいぶ多いのだが、そこは俺が譲らなかった。信用はお金では買えない物なのだが、それでもお礼はしたいと思ったのだ。


「命を助けてもらった礼もかねているから」


 そう言われては、彼女たちも断りにくかったのだろう。不承不承といった感じでだったが受け取ることを了承してくれた。


 その後は、俺のためにもう一部屋とってくれた彼女たちに礼を言って、俺は彼女たちの部屋を後にした。自分用の部屋へと入ってすぐに眠りについたのだった。話し合いの前まで寝ていたはずなのに、話し合いで疲れていたのかまだ疲れが抜けきっていなかったのか、俺はベッドに入ってすぐに眠りにつくことが出来た・・・


 次の日、俺は買出しに行くという彼女たちに付いていった。これからしばらくお世話になる世界なのだから、売られている物やその値段について知る必要もあると思ったからだ。なので荷物もちとして彼女たちについて行きその辺りの情報を仕入れる。


 野菜などの食材が1つ銅貨10枚ぐらいで買えるようなので、だいたい銅貨の価値は1枚10円といったところだろうか?キャベツやレタスのような大きいものがそれくらいなのだが、ジャガイモやにんじんのような1つ1つが小さいものはもう少し安い。というか、ジャガイモ1つ銅貨3枚ってバラバラに売らないでセットで売ってもいいような気がするのだが・・・


 今回購入した食材はある程度日持ちする、ジャガイモなどの根菜と塩漬けにした肉と干し肉。だいたい10日分の食料を5人分となるとかなりの量になる。1ヶ月も歩いて王都まで行くのは無理そうである。


 購入した食材は、布製の大きな背負い袋に詰めていく。肉は葉っぱに包んでくれているので、一緒に詰めても大丈夫なのだそうだ。


 ちなみに、どうして干し肉よりも高い塩漬け肉も一緒に買うのかというと、塩漬け肉を使うことで『食材とは別に塩を使わなくても塩味のついたスープが作れるから』ということらしい。

 たしかに、この量の荷物だけでもかなりきついのに、荷車も無いのにさらに調味料やたくさんの調理道具を持ち運ぶのは大変だ。大きな鍋1つと味のついた食材、嵩張らず軽いハーブのようなものがあれば簡単な煮込み料理は出来るのだから、旅をするならそういう簡単にすることが出来ることは簡単にしないと長旅など出来ないのだろう。


 食材を購入した後は、雑貨屋さんのような場所にもよった。そこで水が漏れないように加工された水袋をいくつか購入した。彼女たちは持っているのだが、俺はこういうものも持っていないので必要だろうからと店によって買ってくれたのだ。


 はっきりいって、俺は旅をするのに水が必要だということを忘れていた。彼女たちがいなければコビリアの町へ向かう途中で脱水症状で倒れていたかもしれない。


 自分がこういう常識がないだろうからと、彼女たちの方から教えてくれている現状はかなり不味い。たぶんだが、彼女たちは俺のことを相当怪しい人間だと思っている事だろう。旅をしていたはずなのに水袋や食料の知識さえ持っていなかったのだから。


 だが一緒に買い物をする中で、彼女たちがそのことについて触れることは一度も無かった。


 雑貨屋から宿屋に戻る途中でこの村の子供たちと思われる5人組みの集団と出合った。彼らはそれぞれが木の棒を持ちながら追いかけっこをしていた。どうやら彼らの親は別の場所で仕事をしているようで、暇になった子供たちが村の中を走り回っているのだろう。


「どうかしたのか?シガレットたちが先に行ってしまうぞ?」


 足を止めて子供たちの様子を見ていたからか、アスカが俺のところまで戻ってきてそう聞いてきた。俺はなんでもない。と宿屋に向けて歩き出そうとしたのだが


「おじさんたち、そとからきたの?」


 と、ズボンを1人の子供に掴まれてしまった。というかだ


「俺はまだお兄さんだ。おじさんじゃない」


「わ~い。おじさんが怒った~!」


 おじさん、おじさん。といいながら子供たちが俺の前を走り回る。俺はそれを修正するべく子供たちの後を追いかける。その様子を呆れたように見ているアスカ。


「まったく・・・警戒していた私がバカみたいじゃないか」


「本当にな。メリシェンの言ったとおり、悪人ではなくただの記憶喪失って考えが正しいのかも知れないな」


「そうだね~。ま、アスカだけだったけどね?心配してたのは」


「うっせ」


「まぁまぁ2人ともそのぐらいにして。いいじゃないですか、困っている人を助けた。明日からも助ける。それで」


「メリシェンはもう少し相手を疑った方がいいと思うがね?とりあえず、だ。荷物もあることだし。キョウスケ。私たちは先に宿に戻っているぞ!」


 いつの間にか、シガレットたちが戻ってきていたようで、俺の様子にすぐには宿に戻らないと判断したのだろう。そういって4人は宿の方へと歩いていく。


 その様子を確認していたせいで、後ろから子供たちの誰かに膝をたたかれながらおじさんとまたよばれる。その子供を捕まえようとそちらを向いたのだが、すでにその子供は逃げていた。


 俺はその日、暗くなって子供たちの親が子供を迎えにくるまで子供たちの相手を続けていた。宿に戻った後俺は、それまで感じていなかった、いや子供たちと遊ぶことで考えないようにしていた不安に気づいてなかなか寝付けない夜を過ごすことになった。


 1日を使って必要なものもそろえた俺たちは、次の日の朝早くこの森の中にあったオステアという村から、コビリアへと向けて旅立ったのだった。

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