彼女のもとへ
「くそ・・・検討がつかない」
あれからいくら考えても、ユフィのいきそうな場所には思い至らなかった。
「埒が明かないな・・・」
「このまま日が暮れるのを待てってのか?」
「でも、むやみやたらに探すのもどうかと思うから止まってるけど・・・」
本当に埒が明かない。このままここで待機しておいて何かがかわるわけじゃない。でも、むやみやたらな行動をしても、それこそ埒が明くわけではない。しかし何の行動も取らないわけには行かない。
「どうすればいいんだよ・・・」
ウィオールは強く歯噛みした。その瞬間―――。
「よかった、まだここにいらしたんですねっ!」
「え・・・?」
突然聞こえた声に、ウィオールとユイルが背後を振り返る。そして同時に驚いた声を上げた。
『リオレイサっ!?』
背後からこちらに向かってきたのは、リオレイサだった。
「よかった・・・まだ会えた」
「どうしたんだ?まだ何か会ったのか?」
「あの、1つだけ・・・私の自己解釈に過ぎない部分もあるのですが・・・」
「・・・いいよ、どんな些細なことでも構わない。言ってくれ」
ウィオールが先を促すと、リオレイサは少しだけ息を整えた。そして、しっかりと2人を見据えていった。
「ユフィア様がいなくなられたのは、2年前だといいましたよね?」
「あぁ」
「それで、考えたんですけど・・・もしも、ユフィア様が誰かに連れ去られた場合・・・どうも、ユフィア様が誰にも見つからなさ過ぎていると、思うんですの」
(やっぱりそこまで思うよな・・・)
やはりユフィの行方不明を知るものなら考え付くのだろう。それだけの期間、ユフィがいなくなっているのだから。
「誰にも見つからない状態で・・・2年間、どこかに身を潜めること・・・それができそうな場所が、1つだけあったんです」
「本当かっ!?」
思いもよらない朗報だった。そんなところがあるだなんて考えもしなかったから。
「どこかわかるか!?」
「はい・・・。以外に、身近な場所ですので・・・」
「リオレイサ、よかったら案内してもらえないか?」
「・・・はい。こちらです」
リオレイサが指指した場所は、ここから西の場所。
「こっちって・・・」
「町ひとつないはずだが?」
「町ひとつ無くていいんです。ついて来て下さい」
リオレイサはそのまま西に向けて歩き出す。2人は顔を見合わせるが、その背を黙って追いかけた。
しばらく沈黙状態で歩き続けたとき、唐突にリオレイサが止まった。
「ここです」
「・・・・・・ここ?」
ウィオールは思わず怪訝な顔をしてしまう。だって、潜伏やら身を潜めるやらには絶対適さない場所だから。
ここは、結界の1番端っこ。目の前には結界が広がっていた。
「何でここなんだ?ここには無いもないぞ?」
「厳密に言えば、ここではありませんの。ここの・・・下です」
「下?」
ユイルは少しだけ結界の下を覗いてみた。何も無い空間が広がっているだけだ。第一――。
「俺たちは、この結界から出たことが無いんだ。この下のことなんて何も知らない・・・第一、この世界の下なんてあるのか?」
「・・・・・・」
リオレイサは黙って手を突き出した。真っ直ぐ、結界に向けて。その瞬間、2人は驚くべき物を見た。リオレイサの手が、結界をすり抜けたのだ。
「はぁ!?」
「何で・・・結界があるのに!?」
「結界というものは、主に外部からの攻撃に備えて作り上げられたものですので。こうやって中から何の衝撃もくわえなければ、すり抜けることなんて容易いのです」
「リオレイサ・・・なんでその事を?」
驚きしか出てこなかった。結界の事を、ユフィのように語る人間など見たことが無かった。するとリオレイサはそっと微笑んだ。
「わたくしの名は、リオレイサ・クラウトゥーリア。このハウル・クライアントの世界の下には、下界『クラウトゥール』という世界がありますの。その世界の創造者が、わたくしの先祖なのです」
「・・・下界」
聞いた事の無い世界だった。このハウル・クライアントで暮らす人間たちは、結界から外に出たことが無かったから。クロウの侵略と言う危機に直面し、不安な毎日を過ごしていたのだから。この下に世界が広がっているだなんて、これっぽっちも思わなかった。
「クラウトゥールは、かつてハウル・クライアントが結界に包まれたときに、結界から外された世界なんですの。ロゼッタが結界を作り出す限界が、クラウトゥールの目の前だったって感じです」
「ロゼッタを知っているのか?」
「・・・互いの世界の調律者のようなものですから。顔なじみです。ユフィア様がロゼッタの末裔だって聞いたときには・・・驚きましたけど」
リオレイサはふっと笑顔を漏らす。そこでウィオールははっとした。
「まさか、ユフィは・・・」
「下界に、堕ちてしまったのではないかと・・・考えたことがあります」
「下界には簡単に行けるものなのか?」
「わたくしはもともとあっちの世界の人間ですから、行き来は簡単にできますの。が、ユフィア様はこの世界の人間。何らかの形で堕ちてしまった場合、上がってくることは容易ではないと思われますの」
リオレイサの言葉に、2人はもう一度結界の下を見つめた。もしかしたら、下界に―――。
「・・・行ってみる、価値があると思いますの」
「・・・・・・同感だ」
ウィオールは下を・・・下界を見つめながらにっと微笑んだ。
「リオレイサ、連れて行ってくれ」
「・・・あなた方の、お心のままに」
リオレイサはにっこりと微笑んだ。
3人で結界の前に立つ、リオレイサはそっと息を吸った。
『下界へ通ずる門よ、今しがたクラウトゥーリアの名の下に跪け!』
リオレイサの言葉に反応してか、結界の一部が青白く光りだす。とその瞬間―――。
結界の一部が薄くなった。
「ここから行きます。準備はよろしいですね?」
「あぁ、大丈夫だ」
「合図に合わせて、飛んでください」
リオレイサの言葉に2人は大きくうなずいた。じっと前を見つめても、不思議と恐怖はわいてこない。
「・・・3、2、1・・・0!」
最後の数字が響いた途端、3人で勢い良く飛び出した。真っ暗な世界へと意識がいざなわれる中、浮かんできたのはユフィの顔。
(どうか・・・そこにいてくれ、ユフィ!)
ただひっそりと願いを込めながら、すっと意識が奪われていった。