変わらぬ想いのその先で
ユフィがどんな表情をしているか見て取れないのは、顔が近いせいだろう。ただ思うままに、そっと口付けた。
そっとウィオールが離れた途端、真っ赤な顔をしたユフィがそこにいたのがわかった。ウィオール自信もとてつもなく恥ずかしい事をした。が、それと同時に今ユフィに言わなければ成らないことがあった。
「・・・・・・だ」
「は、え!?」
「例え・・・記憶が無くても、ユフィはユフィだよっ」
ウィオールは今さらながら大いなる恥ずかしさを感じ視線を下げた。が、伝えるべきことは伝える。
「例え記憶がなくなって、もう2度と元に戻らなくても・・・ユフィはユフィなんだよ。また、幼馴染としてやり直せばいいじゃないか。何もすべてが戻らなきゃいけないわけじゃない。俺は・・・ユフィがいてくれるだけでいいんだよ」
「ウィ、オール・・・?」
「だから・・・そんな悲しい表情、しないでくれよ」
ユフィはそっと目を見開いた。ウィオールの心のうちを、今知った。
悲しげな、苦しげな声が響いてくる。
(私・・・)
ずっと苦しかった。記憶が戻らなくて、2人に迷惑かけて・・・。
自分が不甲斐なくて、すごく苦しかった。
ずっと、自分ひとりで苦しんでると思ってた。1人だけで苦しかった。
でも、そうじゃない。そうじゃなかったんだ。
同じように今ここで、ユフィと同じ・・・ううん。ユフィよりもっと、苦しんでいる人がいる。苦しんでくれる人がいる。
同じ悲しみを、分かち合って、それでも手を差し伸べてくれる人が、ずっとずっと側にいたんだ・・・!
(なのに、私・・・っ!)
「・・・・・・あの―――」
「いた!ウィオール!!」
「・・・っ!」
ウィオールとユフィは突如聞こえた声にはっとして振り返った。そこには息を切らしたエウリーサがいた。
「ごめんなさい!この先でクロウが出ましたの!ユイルが今戦ってるから、来てくださいましっ!」
「・・・わかった!!」
ウィオールは立ちあがる。ユフィは咄嗟にウィオールの服の袖を掴んだ。
「ユフィ・・・?」
「あ、あの・・・あ、ありがとう!」
「え・・・?」
「わ、私が・・・いてくれるだけで嬉しいって、そういってくれて、嬉しいから・・・あの、怪我しないでね!?」
言いたいことがしどろ戻りになってきた。違うんだ。こんなことがいいたいんじゃない!もっと、もっと大事なこと・・・!!
慌ててわたわたとしているユフィに、ウィオールはそっと微笑みかけた。
「あぁ、ありがとうユフィ」
「・・・っ!」
「それと、突然ごめんな」
「え・・・?」
ユフィが問いかけた瞬間、ウィオールは駆け出していた。今度は止める暇が無かった。掴んでいた手も、いつの間にか力が緩んでいた。
「ウィオール!!」
「ユフィはこのまま家に引き返せ!俺たちが帰るまで家から出るなよ!」
ウィオールはそれだけ残してエウリーサと共に駆け出して行ってしまった。ぽつんと取り残されたユフィ。ちょっとばかし、ぼーっとしていた。
人生で、始めてのキスだった。
「・・・・いやいやいやいや!!」
それよりも今はクロウが出たほうが最優先事項である事を今になって思い出す。とりあえず家に帰らなければ。そう思ったユフィがばっと立ち上がったその瞬間―――。
「痛っ!?」
突如、激しい痛みが頭を襲う。その場に崩れるように膝をついた。がんがんと、まるで大きな何かで叩かれたように痛む。
(な、何!?)
そう感じた瞬間、いろいろな光景が脳裏を掠めていった。
それはまるで走馬灯のように駆け巡る。さまざまな残像。
それでも、今心を駆け巡るのは何か温かなもの。
それが何であるか、悟ったまさにその時―――。
「・・・っ!」
ユフィははっとした。徐々に痛みが引いていく。多少息が荒くなってしまったが、問題はそこではなかった。ユフィは急いであたりを見回す。変わらない、花畑がそこにある。
「あ・・・」
吐息が漏れた。そして次の瞬間、大きく目を見開いた。
「嘘・・・?」
呆然とした。ここの景色は変わらない。何ひとつ変わっていないこの場所で、唯一1つだけ変わったものがあった。
「これは・・・」
結局この場にいるのがユフィだけなので独り言としか思われないだろう。が、今大切なことを思い出した―――。
「詮索はあと、か・・・」
ユフィはにっと微笑んで立ちあがる。吹き付ける風がユフィの艶やかな黒髪を強くなびかせる。
「もう・・・馬鹿なんだから」
誰に言うでもなくつぶやいた。ユフィは笑みを絶やさないまま、ウィオールとエウリーサが消えていった方角へ駆け出した。