後編 イブの夜はサンタの時間
ヒスイから言われた仕事内容…それは、サンタクロースの助手として、プレゼントを配るというものだった。
サンタクロースと言えば、皆様ご存じのとおり、白いひげを蓄えたおじいさんまたは、おじさんである。
そもそも、この世界に置いてクリスマスと言う文化があるのは、旧王国の主要都市のみらしいのだが、意外なことに、ナデシコでは行われていなかったようだ。
「まさか、僕たちがサンタをやるとはね…大体、どのくらいやればいいの?」
「えっとですね…プレゼントの方は、届いていますので、今からお渡しするリストに沿って、配ってもらえれば問題ありません…無事にできたら、お約束通りの物を提供しますよ…。」
ヒスイの言葉に竜也とヴァーテルが首をかしげる。
確かに、二人にあまり悟られないようにお願いしたので、二人には、何を頼んだのか分かるはずなかった。
そんなことは、さておき、部屋には、話している間にも大量の白い袋が持ち込まれてきていた。
「これを配るのか?」
「はい…でも、ご心配なさらないようにしてください…ほかにも配る者はいますので…一人一袋ずつ配れば問題ありません…。」
「ならいいけど…移動手段はどうするの?」
竜也が聞くと、ヒスイは、牡丹たちを手招きした。
ヒスイについていくと、城の中庭が一望できる場所に着いた。
先ほどは、気づかなかったのだが、そこには、たくさんのそりが置いてあった。
「残念ながらトナカイは間に合いませんでしたが、プレゼントを乗せるそりについては、ご用意いたしました…それでですね…まぁ人力でと言うことになるのですが…。」
そこで魔法は使わないわけですか…
牡丹は、一人ため息をついていた。
この世界は、魔法が発達している割には、変なところが不便である。
「だったら、すぐに配り始めないと…。」
「はい…わかっているとは思いますが、くれぐれも子供たちに気づかれないように気を付けてくれとのことです…。」
ヒスイがそう言うと、三人はうなづいてから、中庭へと降りて行った。
ナデシコの北部…ヴァーテルがそりを引っ張って町を練り歩いていた。
「まったく…何で、こんな夜中にこんなことを…。」
「別にいいだろ? 私は、一切の不満を感じない!」
白い袋と共に荷台に乗っているトパーズがひょっこりと顔を出した。
「んなこと言うぐらいなら手伝えよ…。」
「残念ながら、私は、力仕事には向かないんでね! まぁ頑張ってくれたまえ!」
何でこんなに上から目線なんだよ…
ヴァーテルは、そんなことを考えながら、そりを北へと向かわせていった。
ナデシコの東…こちらでは、竜也がそりを引っ張っていた。
「まったく…何で肝心なところで人力なんだか…。」
「文句を言われましても…そろそろ交代しますか?」
「いえ…まだ、大丈夫です…。」
竜也は、横を歩いているヒスイと会話しながら歩いていた。
「しかし、クリスマスとは、なかなか面白いイベントですな…。」
「まぁ、僕も小学生のころは、サンタさんが来るってうきうきしてたよ…まぁもっと年上になったら、それはそれで楽しみがありそうだけどさ…。」
「ほう…そうですか?」
竜也がプレゼントを配り始める位置まで、あと数キロ…二人の会話が途切れることはなかった。
さて、ナデシコの少し外れ…ここを牡丹は、歩いていた。
「はぁ…何で、私だけ一人なわけ?」
これは、もっともな疑問であった。
なぜなら、ヴァーテルはトパーズと竜也はヒスイなど、皆、二人一組での作業で牡丹には、パートナーがいない…否。パートナーであるはずのアメジストが見当たらないのだ。
「はぁ…いくらなんでも、一人はきついよ…何かなぁ…こう、ふわっと空飛んでいきたい気分…。」
牡丹が、そりにもたれかかりながらそう言うと、後ろに気配を感じた。
「えっ? 気づかれ…ってあなたは!」
牡丹は、驚きを隠せない様子でそう言ったのだった。
さて、ナデシコの上空…
牡丹は、炎竜にまたがって空を飛んでいた。
「この前のもいいけど、ゆっくり低空飛行も結構気持ちいいものね…。」
牡丹は、そりを引いてばてているところにちょうど、炎竜が来たため、炎竜にそりを乗せて(ひいたらとても不安定になるため)空を飛んでもらっていた。
本人(本竜?)が言うには、偶然来ただけなのだそうだが、そんなことは関係ない。
「それで、牡丹殿…次はどこに下りればよいのだ?」
「えっと…あそこにお願いできる?」
牡丹は、クリスマスツリーのある広場を指差した。
「あそこだな…降下するぞ。」
炎竜は、勢いをつけて広場に向かって降りて行った。
ナデシコ城の屋根の上…アメジストがいつもの特等席で上空を飛んでいる炎竜を見てにこやかな顔をしている。
「まったく…あの時も感じたが、聞いた通りのお方ではなさそうだな…。」
「いえいえ…あの子が変わったのは、こちらの世界に来てからですよ…以前は、引っ込み思案のくせして、しょっちゅう姉とけんかして、妹には優しくて…あらあら…考えてみたら根本のところは変わってませんね…。」
アメジストの横に座っていた女性が、くすくすと笑う。
アメジストは、「そう言う意味では、聞いた通りですな…。」と言ってから、疑問をぶつけてみることにした。
「ところで…牡丹殿とお会いにならないのですか?」
「えぇ…あかねの事はもちろん、あけびの事もあるので、またの機会と言うことになるでしょうか?」
そう言ってから、彼女は、ふと月を見て、ハッと何かに気づいたようだ。
「あら、もうこんな時間…悪くない時間だったわよ、アメジストさん…メリークリスマス。」
女性は、そう言いながら立ち上がった。
「メリークリスマス…。」
アメジストがそう言うと、女性は、空間魔術の瞬間移動でどこかへ行ってしまった。
こうして、屋根の上にはアメジストだけがポツンと残される。
「まったく…あの人の考えだけはよくわからん…いや、あいつらもか…。」
なぜ、アメジストは、一人だけ参加せずに屋根の上で寝転がっているのか?
おそらく、それは聞いてはいけない疑問なのであろう…
旧王国がある大陸よりもずっと北…多くの島の向こうにその島はあった。
氷で覆われたこの島にある唯一の民家に訪問者が現れた。
「メリークリスマス。」
「おぉ…スティーリアさんか…いや、仕事の代理を任せてしまって悪いのう…。」
「いいですよ…それよりもお体の具合はどうですか?」
スティーリアの質問に対して初老の男性は、「まずまずじゃ…。」と答えた。
「しかし、サンタクロースさんともあろうお方が、クリスマス直前にぎっくり腰で動けなくなるなんて、シャレになりませんよ…まぁナデシコが新たに加わったことで、負担が増えたこともあるのでしょうが…。」
「いやいや…お前さんらのせいじゃないよ…まぁわしもそろそろ引退かのう…。」
サンタは、腰をさすりながら、外を見た。
窓の外には、雪と氷の世界で空には、見事なオーロラが出ていた。
「引退したところで、何をするんですか?」
「そうじゃの…ずっと寒いところに居たから、常夏でパラダイスかの?」
「そんな元気があるなら、引退する必要はないと思いますよ?」
スティーリアがそう言うと、サンタは、にこやかな笑みを浮かべながら「それもそうじゃな…。」と言って、暖炉の前の椅子に座った。
なお、ある人物の話によって、ナデシコ周辺でサンタクロースのイメージが「竜にまたがった少女」として定着していくのは、また、別の話である…
読んでいただきありがとうございました。
これからもよろしくお願いします。