前編 クリスマスイブはナデシコで
旧王国領北部の中心部となっているナデシコ。
純和風な子の町もこの日ばかりは、雰囲気が違っていた。
家の玄関戸には、クリスマスリースが掛けてあり、家の中に入れば、枕元に靴下が置いてある。
広場へ行くと、大きなクリスマスツリーに飾りがしてあり、その下でカップルたちが愛を語っていた。
「へー思ったよりも、すごいわね…。」
「確かに、この風景は意外だったな…。」
牡丹たちは、クリスマスイブの夜、この町の中心部にあるナデシコ城の城主であるスティーリアに呼び出されて、この町に来ていた。
「でも、お城までやらなくてもね…。」
牡丹の視線の先には、それ自体が巨大なクリスマスツリーなのではないかと見まごうほどのイルミネーションが施されている安土城もどきがあった。
「別に良いではないか! 去るお方からクリスマスなるイベントの話を聞いてな、スティーリア様にやりたいと進言したのさ!」
「そう! クリスマスは、恋人たちが愛を語り、サンタにプレゼントをもらえるビックイベントなんだから!」
後ろから、声をかけられて、牡丹たちは振り返った。
すると、そこには…
「誰だっけ?」
「そんなに日数、経っていないのに忘れないでほしいな!」
二人の怪しい女が、手を組んで、立ち去ろうとする牡丹たちの行く手を阻んだ。
「私は、元常務委員のトパーズ。」
「同じくオパール! 思い出してくれたかしら?」
「えっ? 常務委員ってヒスイとアメジストだけじゃなかったっけ?」
どうやら、牡丹たちは、完全に彼女たちの事を忘れているのか、思い出す気配さえない。
(多分あかねさんの事があるから、忘れようとしてるんだよね? そうなんだよね?)
竜也でさえも心配させるような状態の牡丹をしり目に二人は、必死に自分たちの事を思い出させようとする。
「どうしたらいいものか…。」
「多分、他の2人に加えてイメージが薄すぎたのよ…でも、聞いた話だと、ヒスイは、警告をするだけで、通しちゃっただらしいけど、アメジストとは、私たち以上の戦闘をしたと聞いているわ…。」
「なるほど、つまり、あかね殿のせいで逃げられた関係で忘れられているわけだな…。」
トパーズとオパールが作戦会議を終えて、振り向くとすでに牡丹たちはいなかった。
どうやら、自分たちが話している間に、ナデシコ城へ行ってしまったようだ。
「って、置いて行かれた! もう、許さない!」
「落ち着け、オパール…今、彼女と敵対するのは、好ましくない…君もわかってるだろ?」
「そりゃそうだけど…。」
トパーズに諭されて、トパーズは押し黙ってしまった。
ちょうどその時だった。ふわりと白いものが降ってきた。
「雪だ…。」
「そうだな…ホワイトクリスマスと言うやつか…。」
トパーズとオパールは、雪が降る中、空を見上げた。
ちょうどそのころ、牡丹たちは、ナデシコ城の城門の前に来ていた。
「どうする?」
「さぁ?」
牡丹たちは、前の件…兵士たちをブッ飛ばして、城に強行突入した過去があるため、どうやって入ろうか判断しかねていた。
今回は、この城の城主であるスティーリアに呼ばれたというのは、事実なのだが、なんだか気まずかった。
「スティーリア姫に呼ばれました! で通してくれるかな?」
「難しいんじゃないか? あいつらお前が倒した兵士たちだぞ、絶対…。」
牡丹とヴァーテルがそんな会話をしていると、大きな音を立てて城門が開いた。
「待っていたわ…中に入って。」
結局、そんなに悩む必要もなく、門から出て出迎えてくれたスティーリアにうながされて、牡丹たちは、あっさりと城内へと入って行った。
城内に入ると、その作りに不似合いなクリスマス飾りがあちらこちらに施されていて、なんだか、不思議な気分になる。
障子の上にモールが掛けてあるようなところを見ると、相当頑張って用意しているのがうかがえる…
「すごい…。」
「でしょ? 結構大変だったのよ…近衛たちは、まともに手伝ってくれないから、私と常務委員で飾りつけしたんだから…。」
「計画をつぶした私が言うのもなんだけど、王国復興はどうしたのよ?」
半ばあきれ気味で牡丹が言うと、スティーリアは、笑顔でこう言い放った。
「それがさ、計画がダメになったから、そっち方面の予算が下りなくて…財政もかなりやばいから、それどころじゃないのよね!」
(それって、笑顔で言うことじゃないと思うけど…。)
牡丹は、思わず口に出しそうになったが、ぐっとこらえる。
さすがに、今、彼女とトラブルを起こすのはまずいはずなのだから、一応、おとなしくしておいた。
やっとのことで、部屋に着いた牡丹達一行は、ようやくスティーリアから用件を聞くことができた…のだが。
「それ、僕たちがやる必要性が皆無だと思うんだけど…。」
「私もちょっとそれは…。」
「サンタって何?」
「サンタ…聞いたことないな…新しい職業か?」
スティーリアの説明を聞いた皆さんの反応がこれである。
何が起きたのか、察しの言い方は大体見当がついているであろう…
「いやな…パーティでサンタの格好をしてくれる人を募集したのだが、とても足りんくてな…報酬もそれなりのものを考えるから。」
「それなりのものか…船でもいい?」
牡丹は、スティーリアの耳元でこっそりと告げた。
「別にいいけど…どうする気?」
報酬が意外だったのか、スティーリアは、目をぱちくりさせている。
なぜ、船が必要なのか…それは、海に向けて旅立つからである。
「ひだまりの国」最終話にて「海の向こうに」みたいなことを言って丘を下ったのはいいのだが、肝心の船がないことに気づき、あきらめていたところだったのだ。
「ちょっと、海の向こうを見てみたいかなと…。」
牡丹がそう言うと、スティーリアは、気難しい顔をしながらもそれを了承した。
この対応を見る限り、海を旅するというのはかなり珍しいことのようだ。
「詳細は、ヒスイに説明させるから…私は、ちょっと用事があるので…。」
スティーリアは、そう言い残してその場から立ち去った。
その数分後…ほとんど入れ替わりでヒスイが部屋に入って来た。
「皆様、お久しぶりです…さて、早速ではございますが、こちらに着替えていただけますか?」
ヒスイは、赤色を基調とした赤い服と帽子…端的に言えば、誰もが想像するサンタの服を差し出した。
「これは…あまり見ない服だな…。」
ヴァーテルがもの珍しそうにサンタの服を見ている。
アウラの反応も同様で、竜也と牡丹は、着替えるためにそれぞれ別の部屋に行っていた。
「とっとりあえず着替えてくるか…。」
アウラとヴァーテルも着替えをするために別室へと向かった…
こちらは、女子更衣室…着替えを終えた牡丹が、アウラの服を着替えさせていた。
「かわいい! 普段の動きやすさ重視の服よりかわいい!」
牡丹の前には、小さなサンタが、ちょこんと立っている。
「牡丹! アウラ! まだなのか?」
扉の向こうから竜也の声がした。
気が付けばそれなりの時間が経っていて、そろそろ準備しなければ間に合わないので、更衣室から出ることにした。
「お待たせ!」
牡丹たちが更衣室から出ると、すでに白い袋を持ったヴァーテルと竜也が立っていた。
アウラは、すぐにクリスマスパーティの練習に参加するとかで、アメジストと共に歩いて行った。
「さてと…それでは、詳しい内容をお話ししましょうか…。」
音もなかったはずなのに、いつの間にか後ろにヒスイが立っていた。
常務委員の中で唯一戦わなかったヒスイであるが、彼の実力もまた、かなりの物なのであろう。
「それでですね…皆様にお願いしたい内容と言うのは…。」
ヒスイは、牡丹たちを呼んだ理由を話し始めた。
読んでいただきありがとうございます。
この話は、明日投稿する予定の後編で終わる予定です。
これからもよろしくお願いします。