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完全に伸びていると思っていた魔王様が私の告白を聞いてガバっと起き上がる。
彼女も一緒に声を合わせて驚いている様子だった。…なにか不味かったのだろうか。
それに驚いて私もビクっとする。
それをみた彼女はハっとすると、「また驚かせてしまったようじゃ、すまんの」と苦笑する。
魔王様は呆然自失といった感じだ。だんだんこの人のイメージが変わっていく。あまりにも綺麗な人だから感情を表に出すようなイメージがなかったのだ。とは言っても最初抱きつかれたり、先ほども飛びかかられたりしたことを考えれば、結構感情豊かなのかもしれない。
彼女はそんな兄の様子を一瞥し、私の方に向き直ると形のよい唇を開いた。
「取り乱してすまなんだの。…して、断る理由を聞いてもよいか?」
その問いに一瞬戸惑うが、もともときちんと話すつもりでいたのだ。彼女をみてコクンと頷くと、自分の想いを話した。
「理由は色々あるんですが、一つは知らない人と結婚したくはなかったということ、あとこれが夢で無ければここが魔界と呼ばれるところだと思うのですが、私は人間なので元いた世界に帰りたいです。せっかく大学も受かったし…それに結婚はまだ早いというか…なのでお断りしようかと…」
「ふむ、その申し出は却下だな!」
いつの間にか復活した魔王様が私が言い終わるやいなや私の願いを即座に斬って捨てた。
「えっ!?なんでですか!!??」
そこまで即答されるとは思っていなかった私は驚いて声を荒げる。
すると魔王様の目がスッと細くなる。気のせいか周りの温度も下がった気がした。
さっきまでとは違う彼の纏う雰囲気と表情に戸惑う。…とてもさっきまで妹に足蹴にされていた人とは思えない。
「なんで…だと?」
そう言って冷笑を浮かべ、私に近づく。口は笑っていても目が笑っていない。そのただならぬ気配に、怯え、彼女に視線で助けを求める。
しかし、先ほどは助けてくれた彼女は、そんな私の視線をかわし、兄の様子をじっとみている。
今の状況を助けてくれる人はいない、そう判断した私は、少しでも彼から逃れようと握りしめていた布団と一緒に、じりじりと後ずさる。
しかし、そんな抵抗もむなしく、あっさりつかまってしまう。彼はその雰囲気を纏わせたまま、手を伸ばし私の顎を持ちあげた。
私はその得も知れる雰囲気に圧倒され、口を開くことも、手を払う事もできず、ただ目を見開いて、彼のなされるがままになっていた。
そして彼の顔が近づいてくる…。キッ、キスされる!?あまりにも遠慮なしに近づいてくる顔に咄嗟にそんな事を考えてしまう。
なんの抵抗にもならないが、思わずギュッと目をつむる。
…………
……………………
………………………………あれ?
一向に何も起きる気配がない。ただ、まだ顎には彼の手の感触があった。状況を確認するため、おそるおそる片目をあける。
「きゃっ!」
彼の顔が、お互いの鼻が触れ合いそうなほど近くにあった。私はそんな彼をみて、息を呑む。彼の顔は先ほどの冷笑とはうって変わって、傷ついたような、そして困ったような表情になっていた。
「お前とはもう血の契約を結んでいる。私から離れることも、人間界に戻ることもできない」
「血…の契約…?」
聞いたこともない契約。そもそも私はそんな契約結んだ覚えがないのだが、もしかしたら、幼い頃の自分が結んで覚えてないだけなのだろうか。
ただ、さっきの彼の傷ついた顔をみたら「覚えてない、知らない」なんて言えなかった。なぜか彼の傷ついた姿はみたくなかった。
「そうだ、お前と幼い頃結んだ契り。それは決して破棄することのできない契約。お前は覚えてないようだがな」
そう言って彼は私の顎を解放し、目を逸らしてため息をつく。
やはり、私が覚えていないだけ…。そしてそれは破棄できない約束……。
頭の中で彼の言ったセリフがぐるぐる回る。しかし、次に発せられる彼の言葉はそんなこと頭から全部吹き飛ぶようなとんでもない事だった。