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「う…うぅ…ううう…うっうっうっ」
―――前言修正。母も涙もろいが父はそれ以上に涙もろい。
荷物を置いてリビングへ向かうと私の卒業式の映像を観て、父が目から滝のような涙を流している。プラス鼻水もたれてものすごい顔になっている…。
母がそれを見てさっとティッシュを渡す。さすが長年連れ添った夫婦だ。すばやい。
よくみるとすでに空になった箱が隅に転がっていた。
「あ、ありがとう、ママ……ずびぃいいいい、ずるるるるぅ」
母からもらったティッシュで父は盛大に鼻をかんでごみ箱に捨てる。が、すでにティッシュの山となっているごみ箱には入りきらず、そのままぽてんと床に落ちる。
「もぉおお、恥ずかしいなー、ちょっと落ち着いて……」
リビングの入口でその光景を見ていた私はさすがに恥ずかしくなって、父を落ちつけようと声をかけようとした。すると、ちょうど私が卒業式の答辞を読む場面になり、それを観た父がさらにヒートアップする。
「お、おぉぉぉぉ!あんなに小さかった流亜がこんなに大きくなって…しかもこんなに立派に答辞まで読んで……う、、、うおぉぉぉぉ!!パパは…パパは……」
そういって、さっき鼻をかんだのもむなしく、また新しい鼻水と涙でぐっしゃになりながらテレビの私に頬ずりする。
ぞわわわわわわ
一気に悪寒が駆けあがる。実際、私にやられるよりは百倍マシだが、さすがの父の姿に軽く引く。
「ほらほら、パパ落ち着いて。流亜が帰ってきてるわよ。テレビより本人にしてあげたほうが流亜も喜ぶわよ。ねえ、流亜?」
母がそういって暴走する父をなだめながら私の方を振り返った。
いやいやいや、喜びませんからっ!!むしろ引いてましたから!!!
急に斜め上からのまったく見当違いな母の言葉に驚きながらも必死で横に首を振って答える。
「流亜…?」
父の顔がテレビからゆっくりと私の方へ振りかえる。その刹那…
「るぅううあああああああ!!!」
「いぃやああああああああ!!!」
バキィッッッ
涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながら突進してくる父に恐怖を感じた私は咄嗟に右手を突き出し、私の拳が父の顔面にめりこんだ。
「………まったく、流亜ってば本当お転婆さんなんだから。いくらうれしいからって
顔はダメよ~。パパはお顔が取り柄なんだから」
見当はずれなことをいいつつも、軽くひどいことを言ってのける母はニコニコしながら
そういって父の顔を手当てする。
「ママ…それってどういう……」
対する父も母の微妙な言い回しに引っ掛かりを覚えつつもおとなしく手当てされている。
「ぜんっぜん嬉しくないからっ!むしろ怖かったんだから!!
もうっ、お父さんも落ち着いてよねっ」
頬をふくらましながら腰に手を当てて父を軽く睨みつける。
「か…可愛い……」
そんな私をみて父は目をキラキラさせている。
ダメだ。全然わかってない。こめかみがひきつるのを押さえつつ、できるだけ冷静に言った。
「たしかに高校は卒業したけど、来月から大学いくんだから。そんなに感動しなくっても…家から通うことになるんだし…」
そう言ってため息をつくと両親はなぜかポカーンとした顔になって二人は顔を見合わせる。
「「えっ?」」
「えっ?」
どうしてそんな顔になるのか、驚きと焦りにも似たような表情の両親の顔をみて私は得も知れぬ不安に駆られる。
不意に母が口を開く。その顔はまだ驚きに固定されている。
「流亜…大学にいくの?」
母の出した言葉は全く予期せぬものだった―――。