18
「ああ~~~~!もうっっ」
ボスンと意味もなく枕を叩く。
「バカバカバカ…ヴィスのバカッ!」
ボスッボスッと続けざまに枕にあたる。
そして先ほどの事を思い出し、今だ感触の残る頭に手を置く。
(べっ、別に頭だしっ!?そんな騒ぐ程の事でもないけど!!)
(でもギュって…ギュってされたぁああ~~~!!)
枕を抱えベッドの上をゴロゴロと転がる。
食事を終えた後、ニヤニヤするリーシャとラナーシャに連れられ部屋に戻り、居た堪れない思いでお風呂に入った。
その際、「「湯浴みのお手伝い致します~~」」と両手をわきわきしながら近寄られたが、断固拒否した。
二人とも納得いかない様子だったが、私が絶対首を縦に振らないと分かると、しぶしぶながら了承した。(その時は心底ホッとした)
そしてお風呂はどっかのスィートルームかっ!って思うほど広く、豪勢で、薔薇の花弁なんて浮いている。
(こ、こんなお風呂初めて…)
凄さに圧倒するが、ここに来てからは圧倒しっぱなしだ。
昨日、入れなかったこともあり、今日は存分に堪能した。
お風呂から出たら、二人が待ち構えていて、あれよあれよという間に夜着を着せられる。まさかいると思って無かったから完全に油断した…。
香油を塗って肌を整え、髪を梳かすと、二人は「「おやすみなさい~」」と言って部屋から去って行った。やはり壁をすり抜けて。
――――そして今に至る、という訳である。
二人は何も言わないが、始終ニヤニヤしっぱなしで、かと言って何か言えば逆にツッコまれそうな気がして何も言えず、ずっと羞恥に耐えていた。
(あんな、あんなみんな見てる所で!ギュって、頭にチュッって!!他の人がいないならまだしも……)
(って!!いやいや、例え、他の人が見ていなかったとしても!)
さらにゴロゴロと転がる。この天蓋付きのベッドは優に3人は寝れそうな広さで、多少転がっても落ちそうにない。
(はぁ~、なにやってんだろ。私)
ボーっと天蓋を見つめる。
昨日から濃い一日だった。
(でも、何だろう。この感じ)
自分から零れて行った何かが少しづつ満たされていく感じ…。
(ヴィスの言っていた自分の中に流れている『血』ってやつかな?)
『どちらにせよ、他に還る場所があろうがなかろうが、ルアの居場所は私の傍、だ』
頭の中でまた先ほどの言葉がリプレイされる。
「~~~~~~~~っ!!」
ボスンボスンッ
さっきから思い出しては同じ事を繰り返している。
(………疲れた)
ふぅ、と息を吐く。
(明日からは魔法の勉強。楽しみだけど…)
昼間のカルオスさんを思い出す。
あからさまな敵意。
(勉強は楽しみだけど、カルオスさんにはあまり会いたくないなぁ~)
レノールが言うにはヴィスが好きすぎて、花嫁である私に嫉妬してるって言うんだけど…
「はあぁぁぁ~~~」
気が重い。
一瞬、魔法の勉強と見せかけて邪魔な私を…って事も頭を過ったけど、レノール曰く「それはない」との事。
兄の期待もあるから逆に指導は熱心だろう…と。
その際、肩にポンっと手を乗せ、憐れむ目を向けられた。諦めろってことですか…はい、わかりました。泣きたい…
もし、万が一、攻撃されたとしても私には護りがあるから、レノールやヴィス位の魔族でなければ手を出せないらしい。実質、そんな魔族はここにはいない、と言われた。
「護りかぁ」
天井に手を掲げる。そんな風には見えないけど、なんか見えない力でも……って
「あっ!ヴィスにお礼!!」
護りのお礼言い忘れてた。ガクッと手を下ろす。
「でも、また明日って言ってたし。その時でも…」
そしてまた、食堂の事を思い出し、一人悶絶する。
いつまでやってるんだ、私。
それにしても
(ヴィスって結構忙しいんだな~。昨日も朝と夕食の時にしか会わなかったし…やっぱり魔界の王ってだけあって仕事がたくさんあるのかな?)
どんな仕事か想像つかないけど…いや、魔王ってくらいだから……食堂でヴィスと双子のメイドのやり取りを思い出す。
(いやいやいやいや、考えるのは止そう。また明日会った時に聞けばいいんだしっ!)
よし、今日はもう寝よう!色々考えてもしょうがない。カルオスさんの事もまた明日、会った時に考えよう!!
「ふぁ~~~~」
思考が纏まると、急に眠気が襲ってくる。
大きく伸びをすると布団にもぐりこみ、目を閉じる。
そして、私は瞬く間に眠りに落ちるのだった。
ふわふわ
ふわふわ
(この感覚…)
初めてこの世界に来る時にも感じた。
真っ白な世界。
そこに浮かび上がる、人影。
(ヴィス?)
そしてヴィスの視線の先には、ベッドに横たわる幼い私。
静かに眠っているように見える。
「ルア…」
ヴィスの掠れた声が響く。
「ルア…俺の…俺のせいでっ!頼む、頼むから目を…覚ましてくれっ」
ヴィスの悲痛な叫びは私の心を締め付ける。
(私の心?それとも、『わたし』の心?)
伝わる、幼い頃の私の想い。
(ヴィスなかないで、かなしまないで。わたしはへいき)
でもその想いはヴィスには届かない。
(ヴィスのかなしいかおをみると、るあも……)
―――るあもかなしいの
―――だからおねがいかなしまないで
一生懸命声に出そうとするのに、口から音は出ず、ぱくぱくと開いたり閉じたりするだけ。
これも、過去にあったことなのだろうか。
(多分そう。でも…)
思いだせない。覚えていないだけかもしれない。
だけど、何だろう。大切な何かをどこかに置いてきてしまったこの感覚。
なぜヴィスはこんなにも悲しんでいるのだろう。
なぜ私は死んだように眠っているのだろう。
どうしても、思い出さないといけないような気がして、頭の中の過去を探るように私はずっと二人の光景を見続けていた。
二人の悲痛な想いに胸を締め付けられながら……――――