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がくがく
がくがく
がくがくがく
身体を強い力で揺さぶられるのを感じ、止まっていた意識が戻ってくる。
ハッとして意識を取り戻すと、異常に近い位置にいるレノールに両肩を掴まれ、がくがくと揺さぶられている。
「レ、ノール、く、くるし、い」
揺さぶられているせいで言葉が途切れつつもなんとか訴える。
「おお!ようやく気付いたか、ルア。まったく、いきなり固まるから吃驚したぞ」
と、まったくびっくりしてない口調で笑いながら肩を解放してくれた。
そしてレノールの言葉で、自分が固まった理由を思い出す。
(ああ、私また気を失ってたのね…。部屋をでる前にあれだけ強く心に誓ったのに)
自分の不甲斐なさと弱さに落ち込む。
(で、でもでもっ、最初もさっきも突然の事だったし!!きっと、落ち着いてきちんと紹介されれば、私だって何度も驚くことは無いっ……と思う)
徐々に自信がなくなっていく自分の思考にさらに打ちのめされる。
その時「ごほん」と咳払いが聞こえた。
「それでレノール様、この面白い百面相をしていらっしゃるのが、『あ・の』ルア様ですか?」
急に前の方で聞いたことのない、低い声が聞こえる。さっきの事もあるので恐る恐る、声のした方へ顔を向ける。
と、そこには冷たい気配を纏う、見たことのない男性が立っていた。
(男の人…だよね。女の人みたいに綺麗な人だけど……)
白藍色の長い髪は束ねられ、肩から胸にかけ無造作に垂らしている。やや吊り目がちの瞳は金色に輝いており、白く透き通るような肌は女性からみたら羨ましいの一言に尽きる。
声で男性と分かったが、しゃべらないと男性か女性かで悩みそうだ。
それにしても、この男性が言った『あの』という言葉に引っ掛かりを覚える。
「これ、カルオス。そういう物言いは失礼じゃぞ」
レノールが腰に手を当て、カルオスと呼ばれた男性を軽く睨む。
すると男性は、軽く鼻で笑うと、手を胸に当て大げさな所作で私の前に膝をつくと、一礼をした。
「はじめまして、ルア様。先ほどの無礼な物言い大変失礼致しました。わたくしはこの城で宰相を務めておる者で、名をカルオスと申します。どうぞよろしくお願い致します」
と、仰々しい挨拶をする。
なんだろう、初めて会ったけど…
(これは…歓迎、じゃないよね。私のことよく思ってないのかな)
「私は…流亜と言います。まだこちらに慣れていないのでご迷惑をおかけすると思いますが、よろしくお願いします。あ、と…その、立って下さい。私はそんな膝をつかれるような身ではないので…それとさっきの事は気にしてません」
「そうですか、ありがとうございます。ルア様はお心が広いのですね」
そう言うと、彼はスッと頭を上げ、私を見る。
「・・・・!!」
しかし、上げられたその表情は声と裏腹にとても冷たく、私は思わず息を呑む。
「だが、貴方は自分の置かれた立場が分かっていらっしゃらないようだ……」
言いながら彼はゆっくりと立ち上がり、私を冷めた表情のまま見下ろす。
「私の…立場?」
「然様、貴方は魔界の王の花嫁となられるお方。ゆくゆくは魔王様と共に魔界を担っていかなければならない。貴方は十分『膝をつかれるような身』、なのですよ。そこの所を十分自覚なさって下さい」
その言葉に愕然とする。
自分自身、ヴィスと魔界の事を知ったばかりで、そこまで考えていなかった。
そして改めて、流されている今の状況に恐怖を感じる。
私が魔界を担う…?そんなの無理だ。私は魔界の事も知ったばかりだし、それに花嫁と言われても、ヴィスに対する気持ちも分からない。
「わ、たし…は……」
見えない不安と分からない恐怖に押しつぶされそうになった時、「ぽんっ」と頭に手のひらの感触が伝わる。触れられた部分からほんのりと熱を感じ、温もりを感じる。
「カルオスよ、そうルアを脅すな。ルアとて先日、魔界や兄上の事を知ったばかりで分からないことや知らない事がほとんどじゃ。魔界についても心構えにしても少しづつ学んでいけばよかろう。そちとて明日からルアに魔法を教えねばならんのじゃ。色々と教えてやればよいではないか」
優しく労わるようなレノールの声音が少しづつ胸に沁みこんでいく。
(そうだ、分からないから、知らないから不安になるんだ。花嫁になるのも先の話しだって聞いたし…流されてるだけじゃダメだ。自分で進めて自分で決めないと!)
そう思い直すと気持ちもわずかに軽くなった。しかし…
(魔法の先生ってこの人、なんだ…どうしよう、なんだか気が重くなってきた)
前向きな思考も束の間、新たな真実に心がどーんと重くなる。
しかも明日からとか……不安すぎる
「そう、気を落とすなルア。こやつ、口は悪い、無愛想、そのくせ魔王フェチと嫌な所しかない奴じゃが、教えるのはうまいからのお。きっと為になるぞっ」
言いながら乗せたままの手で軽く頭をぽんぽん、と叩く。
「そう、ですか……」
(………って、なおさら気が重くなりました!そもそも魔王フェチって何!?それに嫌なところしかないって…教えるのがうまいっていっても全然フォローになってない!!)
色々と重たい真実に涙が出そうになる。
「レノール様、誤解を招くような発言はやめて下さい。それにわたくしは、臣下として魔王様を敬愛しているのです。そんなフェチなどと、俗語で言わないで頂きたい」
「敬愛……」
(なんだろう、この人…すごく、面倒くさい人のような気がしてきた…)
「だいたい、レノール様は魔王様に対する忠誠心が足りません!!どこの世界に魔王を足蹴にする人がいますか!!!魔王様はこの魔界唯一の方なのです!崇めるべきお方なのです!!!それをあなたはっ!いつもいつもいつもっ……」
さっきの冷たい表情とはうってかわって感情露わに喚き散らしている。
(表情が無い人だと思っていたけど、そうでもないのね)
以外に熱い人なのかも、そんな事を頭の隅で思う。
「はあ~、まったく。相変わらず兄上の事が関わると面倒な奴じゃのお~」
やはり面倒くさい人のようだ。げんなりとした表情でレノールがつぶやく。
ちなみにカルオスさんはまだ何か言っている。
「はいはい、わかったわかった。妾とて、兄とは唯一無二の兄妹じゃ。崇めてはおらぬが、大事に想っておるぞ。というわけでそろそろ行くぞ、ルア。こやつの愚痴に付きあっておったら日が暮れる」
そう言いながら「まだ話しは終わってません!」と叫ぶカルオスを尻目に、レノールはルアを引き連れ、廊下を後にした。
「まったく、レノール様ときたら…」
だれもいなくなった廊下で一人ごちる。
魔王様の唯一の妹君。その力は魔王様に次ぐ。自由奔放、何者にも縛られない。
そして、その方の側にいたのが…
「あれがルア様、とはな」
確かに容姿は紫黒の宝石と謳われたルーク様、天上の煌きと称されたアリーナ様とのお子であるだけ、愛らしいお姿だった。
が、しかしそれだけでは
「それだけでは、認められぬ」
否、例え、それ相応の器であったとしても…
ドンッ、と鈍い音と共に壁に一筋の亀裂が生じる。
「認めるわけにはいかぬ」
そう呟いたカルオスの金色の瞳には仄暗い色が宿っていた。