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「さて、互いの紹介も終わったことだし、そろそろ城内の案内をしようとおもうのじゃが…よいか?」
レノールにそう言われ、そういえば、お城を案内してくれるという話しだったなと思い出す。
「はい、大丈夫です。お願いします。二人も一緒に行きますか?」
せっかく一緒にいるのだしと思い、誘ってみる。
「は~い、いきま~もごっ!」
「すみません、いきたいのは山々なのですが…。私たち仕事が残っているので、また今度誘ってください~」
付いて行こうとしたラナーシャの口を押さえ、リーシャが丁寧に断る。
なんだか、二人の関係が見えてきた気がする…。
そしてリーシャは「散策楽しんできてください~」と言うと、行きたいと暴れるラナーシャを押さえつけ、床下へ消えていった。
来る時もそうだったが……
「普通にドアから出て行ってはくれないのね…」
体中の力が抜けるのを感じながら思わずつぶやいてしまった。
そのつぶやきが聞こえなかっただろうレノールは、動く様子のない私の腕をつかみ「さあさ、さっそく城内を案内するゆえ、ついてくるがよい」と嬉しそうにドアから廊下へと歩んでいった。
普通にドアから出て行ったことにひどく安心し、そんな『普通』の事に安心した自分におかしさが込み上げる。これからどれだけ『普通』が『普通』ではなくなっていくのだろう…軽く眩暈を覚えるが、この部屋から出ればきっと『普通ではない』ことがたくさん待ち構えているのだろう。
(女は度胸!)
腹を括り、決意を新たに、廊下へと一歩踏み出す。
そして…
「やあやあ、ルア様。おはようございます、これから城の散策ですかな?」
声をした方を見ると、そこには昨日、気を失う前に見た、頭の無い騎士がいた。
そして、私の決意も度胸も廊下を一歩進んだ時点で、あっさり終了の鐘を告げるのだった――――。
「ん?ルア、ルア?どうしたのじゃ、急に固まりおって。真っ白になっておるぞ」
固まってしまったルアの前で手を振ってみる。うむ、反応はない。
「す、すみませんレノール様。ルア様は自分を見て驚かれたのだと…。先日も姿を見せてしまった所、気を失われてしまって」
申し訳なさそうにそう言うと、扉の横にいたデュラハンがしょんぼりと肩を落とす。どうやら二度も驚かせてしまったことに衝撃を受けているらしい。
なるほど、ルアの世界はこちらの世界とはまったく違う。そういえば昨日、兄の種族云々の話でも固まっておったな。
「まあ、ルアの世界にはお前のような姿、形のものはおらんのだろう。しかし、ここは魔界。いままでとは違う。まあ、これから様々なものを見ればそのうち慣れるであろう。お前もそう気を落とすな」
そう言うやいなや、デュラハンが沈んだ声から一変、弾むような声色に代わる。
「なんとっ!勿体無きお言葉!!そうですな、ルア様にも慣れて頂かないとなりませんが、自分もルア様を驚かせないよう努力していきますぞ!うおおおおっ、そうと決まればこうしてはおれん。早速、驚かせない工夫をしてまいりますぞおおおおぉぉぉぉぉ……」
デュラハンはそう叫びながら、挨拶もせず走り去っていった。姿が見えなくなった廊下の先では叫び声だけが小さく聞こえる。
「まったく、せっかちな奴じゃ」
それでも奴にしてみれば、幼い頃なついておったのに、久しぶりに会ってみれば、二度も驚かれる始末。
ルアは魔界にいた二年半の記憶は無いに等しいから、驚くのも無理ないが…。
「会うのを楽しみにしていた分、ルアの反応は衝撃だったのだろうな」
とはいえ、こればかりはルアを責められん。ルアが人間界で生活『しなければ』ならなくなったのも、幼い頃の記憶を『封じる』事になったのも…
「すべては我らの所為。ならば我らは、再び魔界に馴染むよう少しでも力にならねばな……」
そう心に決め、いまだ固まっているルアを起こすため肩を揺らす。
「ほれほれ、いつまで呆けてるのじゃ。まだ城内を回ってはおらんぞ」
言いながら、肩を揺らし続ける。
その時、デュラハンが去っていった廊下の先に、大きな魔力の気配を感じた。
「ん?この気配…カルオスか」
ふむ、と顎に指を当て思案する。
本来ならばルアには、カルオスの事を話した後、紹介しようと思っておったが…
奴は仕事もできるし、兄から信頼もされておる。が、しかし、奴は盲目的に兄ー魔王ーを慕っており、魔王の為ならばと行動が過激になる節がある。
果たして、兄が花嫁にと連れてきたルアをどう見るのか。
そう考えている間にもどんどん魔力の気配が近づいてくる。
「情報を与えておいてやりたかったが、ここまで来ては仕方ない、か。まあ、あやつもバカではないからな。あからさまな敵意を向けてくることはないじゃろう」
そう結論付け、二人を引き合わせる事にする。
そして先ほどよりも強く、ルアの肩を揺らすのだった。