12
「昨夜は…色々とすまなかったな」
食事もひと段落し、食後の紅茶を飲んでいると、ふいにヴィスが口を開いた。
「昨夜…?」
「ああ、たくさんルアを怯えさせてしまった」
「い…え、あっ、ううん。私の方こそ急に叫んだり、気を失ったり…」
そこで、またあのヴィスが傷ついた顔が頭をよぎる。
「覚えてないからって、貴方を傷つけるような事を言ってごめんなさい」
「気にするな。覚えていないのも、ルアが幼い頃交した約束だしな。無理もない」
そういって笑う彼は昨日の暗い影が差した面影はどこにもなくて…気を使ってるようではなかった。
「それに覚えてないのなら…」
スッと右手を出し、私の顎を持ちあげ、親指でつぅっと唇をなぞる。
「これから私のことを色々覚えてもらえばいい」
そういって微笑む彼はとても妖艶で…
その漆黒の瞳にどこまでも呑まれそうで…
私は思わず、その妖しさに恥ずかしさも忘れ魅入る。
「………ぁ」
唇から吐息がもれ、それが合図だというように彼の顔が近づいてきて……
スパーーーーーン
……ん?スパーン?
気がつけば目前まで近づいて来ていた彼の顔はなかった。
「なーにを、朝っぱらからやっとるんじゃ。ぬしらは!!」
「れ…レノールさんっ!!?」
「まったく、いつの間にそんなに仲良くなったのじゃ?ルアが心細くないよう、妾が出向いてきたというのに…これではお邪魔虫ではないかっ!!」
ハリセン片手に腕を組み、ぷんぷんと怒っている。よく見ると、またしてもヴィスがハイヒールの餌食となっている。
「ご、誤解ですっ!これはまったくなんでもありません!!!レノールさんが会いに来てくれて、すごく嬉しいです!」
両手と首を同時にぶんぶん振る。
(レノールさんが来てくれて助かった。あのままレノールさんがこなかったら…。…来なかったらなんだっていうのっ!なんにもない、何にも。見惚れてたんじゃない、突然のことに固まってしまっただけ!)
と、心の中で必死に言い訳じみた事を言う。
「むぅ、そうは見えなんだ…」
「そうです。まちがいありません!」
レノールさんにずいっと言いよる。
ここは間違えてもらっては困る。
私に詰め寄られたレノールさんは若干後ろに反りつつ、私の真剣な表情に驚いて額から汗を流している。
「そ、そうか。ぬしがそういうのならば…。…それはそうと」
納得してもらえたようだ。よかった。私は平静を取り戻そうと、席について飲みかけの紅茶に口をつけた。
「それはそうと、いい加減、私の背中から足をどけろ。いつまで踏んでいるつもりだ」
「おお、すっかり忘れておったわ。…と、そうじゃそうじゃ兄上、今日の政務はどうしたのじゃ?ここに来る途中、カルオスが探しておったぞ。妾が言うまでもないが…今隙を作るのは得策ではないのではないか」
「兄兼魔王を足蹴にして忘れるとはいい度胸だ…政務は今から行く。その件はお前に言われずとも分かっている。ルア、夜には戻るから一緒に夕食を摂ろう」
ルアをたのんだぞ、と一言残してヴィスは部屋から消えた。
なんか…両親といい、魔王様といい、みんな忙しいんだな…。まだ宙ぶらりんな状態の自分は不安定で知っている人が少ないのは少し不安になる。
「レノールさんはお仕事は大丈夫なんですか?」
「ん?妾か?妾は兄上にぜーんぶまかせておるからのぉ。妾は口より先に手が出てしまう故、兄上から政務は止められておるのじゃ」
「だから、基本暇人じゃ」そういって手を口にあてコロコロ笑っている。なんか…確信犯的な感じがしなくもない。
「それはそうと、先ほども言おうとしたのじゃが、その『れのーるさん』というのは止めてくれ。背中がむず痒くなる」
「えっと、じゃあ…レノール?」
「そうじゃそうじゃ。あと、敬語もいらぬぞ。両親に話すように話してくれてかまわん」
なんかどこかで同じことを聞いたきがする…似たもの兄妹だなぁ。思わず笑みが零れる。
ここは素直に『うん』と言っておく。そこで先ほど、両親とヴィスの会話を思い出す。
「両親と言えば、さっき会ったんだけど、門番の仕事に行くって言って帰っちゃった。私、門番っていうのも初めて聞いて…どんな仕事なの?」
ずっと疑問だったことを聞く。
「なんと、両親は仕事の事も話しておらなんだか…」
「うーん、前に聞いた時は、父は自分をしがないサラリーマンだって。母は秘書してるって聞いたの」
「ふむ、門番というのは、その名の通り、魔界と人間界を繋ぐ門を守る番人のことを言う。妾たちのいる魔界と、ルアの住んでおった人間界は基本、干渉しないよう定められておる。しかし、それを破ろうとしたり、事故で偶然渡ってしまう者がいるため、そう言った者たちを通らないようにするのが門番の仕事じゃ」
「魔界と人間界を繋ぐ…」
「門と言っても見えるものではない。時空の歪を感じ取り、それを防ぐのじゃ。ちなみに、魔界にも門番はおる。人間界で魔界からの歪を感じ、魔界で人間界の歪を感じる。そして侵入者を防いでおるのじゃ」
「危なくないの?」
「もちろん、危険もある。無理矢理侵入しようとする輩もおるからの。しかし、門番につくのは魔王の右腕、とも云われる実力者たちじゃ。ちょっとやそっとのやつじゃ返り討ちにあうのが関の山じゃな」
「ってことは、うちの父と母も相当強いってこと?」
「うむ、なかなか想像つかぬかもしれぬがな。そのうち機会があれば闘う様をみれるやもしれぬぞ」
そんな危ない機会ないほうがいい…
「…それにしても、しがないサラリーマンと秘書って全然違うじゃない…」
「うん?まぁ、門番と言えども、魔界の仕事であるし、交代制で勤務時間も決まっておる。給料もでるし、そういう意味ではサラリーマンと変わらぬのではないか?ぬしの母も父のサポート役をやっておるから秘書のようなものか」
「あながち間違いじゃないってことね…」
「そういうことじゃの」
まさか、そんな危険な仕事をしてるなんて知らなかった。今度、父母に会った時にもう少し詳しく話を聞いてみよう。…ちゃんと答えてくれればだけど。