真夏の夢
初めましての方は初めまして。お久しぶりの方はお久しぶりです。
プリアメテスことプリアです。
ある作品に心底感動したせいでこの作品が出来上がりました。
詳しい部分を省いたせいで意味不明な箇所も多いかと思いますが楽しんでいただけたら幸いです。
私と彼が出会ったのは、夜も更けきった公園のベンチ。
あの日、彼は真夜中の公園にいた私を不審に思って声をかけた。
「……こんな夜更けにお嬢さんが外にいるもんじゃない。送るから帰りなさい」
融通のきかなそうな、淡々とした口調の裏に秘められた優しさに、私は確かこう応えた。
「……どうして?」、と。
親が心配するとか、学校があるだろとか、君はまだ未成年に見えるとか。
小さな子供に言い聞かすように、一つ一つ並べられていく。
「…別にいいよ、私がいようがいまいが、世界は変わらないし」
親の愛情を疑ったことはないが、それ程執着するものでもない。人間は、例え愛する対象がいなくなったとしても、それは徐々に記憶から薄れ、感情も無くなるものだ。人間には記憶を自ら封ずる防衛本能だってある。
溜め息を一つ零して彼は言う。
「……なら、うちにくるか?」
「………」
そうして私は彼と共にあることを決めた。
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彼は、真崎静流と名乗った。歳は29。会社員だという。
家は公園から車で十分程のところにある、やたら大きいマンションの最上階。そこから眺める世界はちっぽけで、それでいて幻想的な美しさを併せ持っていた。
「……で、お前は?」
「何」
「お前の名前は?」
「神坂紗幸」
続けて「歳は?」と聞かれ、瞬巡する。でもこれから彼とは長い付き合いになりそうだし、嘘を吐いても仕方ない。そう思って口を開いた。
「14」
「………は?」
「だから、14歳」
ポカンと口を開け、驚く彼。きっと見た目通りの年だと思っていたのだろう。自分でいうのも何だけど、私は普段からやけに大人びて見られる。
「…大方、家出でもした不良女子高生かと」
「あながち間違えてないけど、私は高校生でもなければ家出したわけでもないよ。学校も夏休みだし」
「じゃあどうして家に帰らない?」
最もな質問だと思う。問いながらも、私を心配しているのだろう眼差しに耐え切れなくなって俯く。得体の知れない少女を保護しようとした彼の優しさが、いずれ彼自身を壊してしまいそうだと思った。
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彼と出会ってから一ヶ月の時間が流れたが、私は未だ彼と共にあった。
私は彼を「シズ」と呼び、彼は私を「ユキ」と呼ぶ。
「ユキ」は彼だけの私。私は、この一ヶ月で彼を好きになった。
毎日忙しくて、まともに食事をとっていないことを知り、夕飯を作ってあげたら、とても喜んでくれた。それ以後、家事は私の担当である。料理も掃除も裁縫も昔から好きでやっていたから苦にはならない。「ユキの料理はホント美味いな」その言葉一つで舞い上がってしまうことを彼はきっと知らない。
休みの日は大抵家でゴロゴロしてるか、遊びに連れていってくれるか。次の休みには一緒に服を買いに行く予定を立てている。
「ユキ、」
後ろから名前を呼ばれて、振り向く。
「ちょっとそこ座れ」
シズから促され、ソファーに座る。シズがその向かいのソファーに座った。
「なぁ、ユキ。お前はこれからどうするつもりだ?」
「どうするって?」
「お前は馬鹿じゃない。ちゃんと分かってんだろ?」
「………」
彼の言いたいことは痛いほど分かる。私だっていつまでもこうしていられないことくらい分かってる。だからその話題は避け続けてきたのに。
一ヶ月が経ち、そろそろ夏休みも終わる頃だろう。シズで出会う前の生活に戻ることが怖かった。シズと離れることが嫌だった。でもそれは、私の我儘で。シズだって厄介な少女である私を放り出したいに決まってるのに。
「……私、は…」
シズと一緒にいたい。でもこれ以上此処にいても、シズに迷惑をかけるだけだって分かっている。私はまだ14歳で義務教育も終わっていない子供で。
そろそろ終止符を打つべきなのだろう。
「……明日、シズって会社、休みだったよね?」
「あぁ」
「明日一日だけ付き合って欲しい。明後日には出て行く」
シズの息を呑む音が聞こえた気がした。
「………分かった」
シズはおもむろに立ち上がって、私の目の前に膝をつく。そして真直ぐに私を射貫き、「お前の思う通りにすればいい」と言った。
彼の目に暗い光が射しているように見えた。
===
今日一日で終わる。シズとの関係も。私の愛しい日々も。
一ヶ月という長いようで短い時間が、私の全てだった気さえする。
私はシズに初めて買ってもらった服を着ていた。純白のワンピース。黒い長い髪がやたら際立つ。その長い髪を結い、少しだけおめかし。勿論髪留めもシズからの贈り物。
「ユキ、何処行きたい?」
そう問う彼の声が酷く優しくて、泣きそうになった。
「一緒に過ごせれば何処でもいい」と答えた私の手を引き、シズは歩き出した。車は使わないらしい。
着いた場所は宝石店。私はブランドとかに疎いから良く分からないけど、かなり敷居が高そうなお店だ。
シズと私が店に踏み出すと、何故か従業員が慌てて挨拶に来た。遅れてやってきた支配人のような男に案内され店の奥に進む。シズはそれを当然のように受け入れた。
気付いていないわけじゃなかった。彼は高級マンションの最上階に住み、保護した子供である私に躊躇もなくカードを持たせ、好きに使えというような男だ。普通ではないことくらい知っていた。でも、それを今間近にし、私と彼が年の差もあれど立場も違いすぎることを突き付けられたのだ。
しかも彼は何を思ってか、支配人の男に指輪を所望している。わざわざ私を連れて愛する彼女の指輪選びとは…。いや、女の趣味が分からないから一緒に選んで欲しいのかもしれない。私は明日帰ってしまうのだし、今日しか時間がないのは分かる。
それでも、私との最後の時間なのに…。そう思う気持ちは隠せない。
支配人が指輪の調達に席を外すと、彼は悲しみに暮れる私に向き直って言った。
「今日のお前を全部くれ」
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シズは行きと同じように私の手を引いて家に戻った。
私の左手の薬指には先程買ったプラチナリング。値段は恐くて聞けなかった。
家に着くとシズは素早く私を抱き抱える。所謂、お姫様抱っこというやつで、それに動揺してたらいつの間にか、シズのベッドに押し倒されてた。
展開が早過ぎて着いていけない。
……ただ一つだけ分かるとすれば、それは私自身の気持ちだけだろう。
――私は彼が愛しい。
「シズ…」
「ユキ、俺に全てくれるんだろ?」
そう言って笑うシズの目には疑いようもなく、情欲が浮かんでいた。
私はそれが嬉しくて笑った。
===
シズと朝まで一緒にいた。
胸元に残る赤い跡が、私を幸せにする。私が彼に愛された印。
左手の薬指で光る指輪だけ持って、私はいなくなった。
まだ夢の中にいる愛する彼を残して。
===
彼女がいなくなったのは突然だった。いや、自分から切り出したんだ。分かっていた。彼女をいつまでも縛り付けてはおけないと。
29の俺。14の彼女。
中学生に本気で惚れるなんて気が触れてる。そう思っても、彼女を手放せないまま一ヶ月。
出会いも突然なら別れも突然。彼女を送り届けようと思っていたのに、起きだした自分の横には既に彼女の姿はなかった。
リビングで「ありがとう」の言葉が書かれた紙を拾った。
===
彼女がいなくなって半年。季節は巡り、春。
彼女がいなくなってから、彼女のことを何も知らないことに気付いた。教えてくれたのは、名前と年齢だけ。
当然彼女の家の住所も知らないし、連絡用に買い与えた携帯も置いていかれ、彼女に会いに行くどころか、連絡さえできない。あの一ヶ月は夢だったのではないかとさえ思い始めていた。
だが、部屋に残された彼女に買い与えた服や物が彼女を尚も主張する。
あんなに充実していた毎日が、彼女を失っただけでこんな味気ないものに変わるとは。無意識に自嘲が顔に浮かんだ。
ゆっくりと左手に目線を移すと、そこには変わらず存在する指輪。ユキとお揃いのプラチナリングだ。
ユキは気付いただろうか?この指輪に籠められた想いに。
「シズ」
彼女の声が聞こえた気がした。
あり得ないと思いつつも振り返った先には、自分と同じプラチナリングをはめた愛しい彼女の姿。
「紗幸…!」
「静流、ただいま」
読了ありがとございました。
やたら設定の無駄遣いをしてしまい申し訳ありません。
話が膨らみ過ぎたので近いうちに連載として執筆する予定なので、そちらもお読み頂ければ嬉しいです。
※以後、省いた設定や補足
紗幸……家を飛び出したのは特に深い理由があったわけではなく、ただの衝動です。受験勉強に精神を圧迫されてたのかも知れません。電車を乗り継いで、県外にまで足を運んでしまいました。お金の出所は今まで貰ったお年玉やお小遣い。静流の元を去った後は必死に勉強し、静流の家の近くの高校に入りました。その高校は静流の母校で超進学校の設定。
静流……宝石や服飾、はたまた建築や輸入まで幅広く事業を展開している会社の副社長。社長は静流の父親。作中の宝石店は静流の会社の系列。紗幸が去った後、仕事に明け暮れ、会社の業績を伸ばしていました。とても優秀。
紗幸の家族……作中には出てきませんでしたが、父、母、紗幸、弟、妹の五人家族。仲は悪くありません。紗幸がいなくなってすぐ捜索願いは出したものの、紗幸が置き手紙を残していったため一ヶ月は様子見することにしていました。帰ってきた娘が以前よりもますます大人びていたため、何があったのかと心配しています。急に進学校を目指し始めたことも気に掛けている様子。
※紗幸が静流と再会した後
きっと色々な障害を経て、二人の未来は平坦ではないでしょう。
紗幸と静流の未来は……
皆さんの想像にお任せします。
思わず長編にて一つの未来を描いてしまうかも知れませんが(笑)
ここまで読んで下さった皆様、感動させて下さった某作品、紗幸と静流に感謝して。