16話
相変わらずのなぞ理論ww
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俺を含め、夜衛の面々は事件発生から3日目の夜を第二司書室で迎えた。相変わらずに事件の進展はせずに全員が切迫感に包まれたいるようだった。
「共感師への手配、どーなってんだ?」
刀禰館が言う。それに海人水が答える。
「サイコメトラーに関しては現場で残留思念の検査を行いましたがやはり狐憑きかと」
「そういうことを聞いてるんじゃねぇよ」刀禰館の人差し指で机を叩くスピードが上がる、「犯人がだれか、わかったのか?」
「それは……」と言葉に詰まる海人水に苛立ちを隠せずにいる刀禰館であった。
「いいかな?」と渓原が挙手する。「まだ数箇所しか現場を回っていないから確証はないのだが」
「なんですか? 渓原さん」と閼伽子が場を治めて聞く。
「犯行場所を数学的に解明できるのではないか、ということだ」
「数学的? 専門ですね」と笑う閼伽子。渓原は俺のクラスの担任であると同時に数学教師である。数学オリンピックにも出場していると聞いている。
「で? 結局どうなんだよ」と燈明が急かす。
「うむ。クロヱではないが、この世界も一般の常識が巣食う。人間が犯行を行うからには人間の常識がある程度は使える。ここからある法則が使える」
「人間の行動はある程度の規則性があるんだよ。統計学だな、統計学」
刀禰館の横槍で渓原の表情が歪む。
「なるほど」と厳兵衛。先程の俺との話以外にも手があるとわかり興味深そうに頷いていた。だが、俺自身としてはブッチョを助けるタイミングをできるだけ減らされたくなく若干の焦りを感じていた。
「……では渓原君は統計学を用いての犯人捜索を行ってください。クロヱ君と冨士原君は私の所へ。では今夜はこれで」
厳兵衛の言葉で今夜のお役目も一旦終了する。渓原は現場にもう一度赴くと言っていたが、残りは全員帰った。俺とブッチョは、厳兵衛との計画のとおりに夜衛室へと案内された。
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夜衛室は図書館最上階、つまり20階にあった。ドアの横には、黒い蔓のような模様の入った銀色のプレートに警備員控室と彫られてあった。
「ここ……ですか?」
ブッチョが恐る恐る厳兵衛の背に問う。俺自身も夜衛室に入るのは初めてだったので内心同じ事を思っていた。夜衛のような裏っぽそうな組織の待機場所が図書館入り口に一番近しいところにあるなんて。第二司書室みたいに一般人には立ち入りが許可されてない階に設けなかったのか。思っていたことを全てブッチョが聞いてくれた。
「うーん。普通に変質者を取り締まるにはやはりこの階が一番良かったんですよ。警備員控室というからにはそういうこともありますし。貴重な文献もありますからね。夜衛の今の専らの仕事は寄贈されている本を護ること。そのために本に憑く魔を祓ったり、特殊な文献が多いために街に出た魔を祓ったり……そういう意味合いでは警備員という名目のほうが動きやすいであろう、と開校当初からの思想らしいですよ」
「そんなもんですかねー」
「まぁ、まずあの長い階段を昇り降りしようなんて物好きもそうはいないんですけどね。知ってました? 確固たる意思が無い人などにはあの階段を登るのは非常に辛くなる術がかかっているんですよ。逆に夜衛や、意志の強い人たちはあの階段は平面を歩くよりもあれを昇れるんですよ。これの一種の予防みたいなものですよ」
「……それでアクア研究部の奴等は毎日ホイホイあの階段を登ってやがるのか」
「そうですね」と苦笑いをする厳兵衛。「彼らの想いの力には驚かされますよ。いったい何がそんなに彼等を動かすのでしょうかね」
それは閼伽子とアイツらの変態的な歪曲した愛のせいですよ、とは言えなかった。ブッチョもクスクスと笑っていた。
警備室は7畳ほどの質素な部屋だった。床は全て年季の入った畳で所々ぼろぼろになり色も変色してきていた。その部屋の真ん中には丸く、丈夫そうな茶色の卓袱台。警備員室というよりかはおじいちゃんの家の居間、といった感じだった。
「それで、ここで何か……?」とブッチョ。
「いや」と厳兵衛。その顔は笑っていて、まるでこれから一押しのおもちゃを見せるような子供の顔をしていた。「この部屋じゃない」
そう言って厳兵衛はなにやら小声でブツブツと言い始めた。声の振動か、それにしてはいやにおかしくガタガタと揺れる。そしてふと気付いた。卓袱台の年輪の黒いのが動いていることに。ブッチョも気付いたらしく目を見開いている。
「さて、どうだい?」年輪は魔方陣のようになり黒が完全に円形になったところで警備員控室に変化が起こった。一瞬だった。7畳しかなかった和室が、何畳もあるコンクリート剥き出しの無機質な部屋になったのだ。「ようこそ。真・警備員控室……夜衛本部へ」
「すげぇ……」「すごい……」とブッチョとハモる。これが魔法の力だのだろうか? 厳兵衛は笑って部屋においてあったコーヒーを飲む。
「空間転移魔法、と言っておこうか。ともかくようこそ、歓迎しましょう。ここに入って初めて夜衛の人間、というわけですからね」
ケムリとは別の未知への驚きがあった。いや、あれは驚きではないだろう。恐怖だ。恐怖を呼び出してしまったおつりでブッチョが異常をきたしてしまった。でもそれが今回役に立つかもしれない。
「さっそく、始めてくれるかな」
はい、と答える厳兵衛にブッチョが「え? なに?」と慌てていた。流石に悪いと思ったか厳兵衛が説明をする。
「この前、クロヱ君が話していましたよね。ホメオパシーについてですよ。それを今日やってみようということなんです。吾々が知っている、冨士原君の患っている症状に良く似た症状を治す術、薬をかけたいと思います」
「それって、薬物乱用じゃ・・・…」と苦笑いをするブッチョ。
「なにもしないよりかはましだろ? そこまで強く効くことをするわけでもないんだろ? 厳兵衛」
ええ、と頷く厳兵衛と俺を見てブッチョも落ち着いたのかやってみてくれと大きく息を吐いた。
「老化を促進させる、ということではないようですね……ある年齢を切り取ってそれを奪う、といった形かな……よし、処置を決めました。それではいきたいと思います」
ゴクリと唾を飲むブッチョ。再びブツブツと何かを唱え始める厳兵衛。青白い光りがブッチョの足元で模様を紡いでいく。
「…………」
ケムリに襲われた後のように、ブッチョの姿が急激にブレた。
次に目を開けたら、あのときのように彼女がいた。「……成功、のようですね」俺達の目の前には未来たる冨士原 千代の姿がいた。
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夜衛室には俺と厳兵衛、そして冨士原 千代 の3人がいた。なぜブッチョといつもどおりにあだ名で呼ばないかというと、彼女の姿に関係するからだ。
夏休み初期、俺とブッチョは図書館にて一冊の本、『現代の陰陽道』という本を見つけた。その本は所謂、SF、ファンタジーなどのゲームや映画で耳にする『魔導書』なる物で、それ自体が高エネルギーを持ち、周りに迷惑事や奇跡を与えるのだという。
そうして物の見事に厄災がブッチョに降りかかったのである。
化学の教科書みたく実験のような形式で数多く書かれた魔法の中で、俺達が選んだ実験は『神格降臨』。読んだとおりに神様を呼ぶというものだった。目に見える、納得しやすいということで選ばれたこれだったが、目に見える分恐怖も大きかった。
神様というものは、たしかに俺達に姿を見せた。でもそれは神々しく光り輝く、西洋ルックの神様とか、質素だが力強そうな慈悲深い仏のような姿じゃあなかった。
真黒いケムリだった。しかも、その中身は姿に良く似合う死神だった。ブッチョは「なに勝手にこんなとこに呼んじゃってんの? フザケンナヨ」と神罰を喰らってしまったのだ。
二人で行った実験なのに何故ブッチョだけが厄災を享けたのかというかと、実験の準備を行ったのは俺だったが、実験の鍵となる行為をしたのがブッチョだったことだ。簡単に言えば、この家の家主が面白いぜ? と、2人でピンポンダッシュを計画して、神様家の目の前にブッチョを案内したのは俺だったが、チャイムを鳴らしたのがブッチョであって神様家の家主はチャイムを押した本人だけを叱った。ということだ。逆に変に絡まったか?
さて、肝心の罰の中身だが、なにしろ相手は死神だ、なにかあったら即、殺すっぽそうな性格をしてそうなそれだがブッチョは生きている。
死神が殺したのは、ブッチョの時間の繋がりだったのだ。時間というものは一方通行で連続的な物らしい。死神はその長い千歳飴みたいなブッチョの一生を食べやすいように細かく切ったというのだ。区切られた時間はブッチョの姿を一定の時間だけに押し留めた。
バラバラになった時間と姿は、ブッチョという入れ物を挙って奪い合った。その結果としてブッチョの姿はブレて姿がちょくちょく変わった―――と、いうのが夜衛の見解だった。夜衛はブッチョの病を治す手立てを探すという条件で俺達引き込んだ。そうして今、治療を行ったというわけだ。
ホメオパシー。日本語で同病治療。似たような症状は似たような治療法で治す、というものであまり科学的根拠は無いらしいが、こんな世界だ。なにが当たるかわからない。そうして今回、成功したらしい、というのだ。
「千歳飴を切り刻んだ、って表現はよかったですね。おかげで対策が思いつきました。体に時間という小さい飴が詰まっているなら無理矢理取り出してしまえばどうだろうか? ということでやったのですが……とりあえずは」
厳兵衛が言うとおり、今、目の前には冨士原 千代がいた。ケムリが去っての数日後、あの時と同じように俺よりも何歳も先に進んだはずのブッチョの姿がそこにはあった。
「うーん……変な感じだなぁ。アタシじゃ無いみたい」
体を見回す彼女だったが違和感はあるらしい。彼女から聞いた話によれば、記憶が姿が変わる前と若干変わってくるらしい。「多分、未来の記憶かな」とぼやいていたが、これには夜衛もわからないようだった。
「いいですか、冨士原君、クロヱ君。この術はあくまであるべき姿を変える……強力な催眠のようなものです。行使してわかりましたが、神が与えた罰は催眠では無く時間自体を切り詰めてしまうと言った方が正しいと認識しました。ですので催眠が解けるまで、4日間の猶予があります。そこがチャンスでしょう」
「チャンス?」と千代。
「そう、言ってなかったけど、冨士原……」
「何、苗字で呼んじゃって……」
「囮、やってくれね?」
「は?」
俺は、これまでの経緯を話した。何故囮があんなにも死んでしまったかはブッチョも知っていたが、あそこまで内部に精通している犯行とまではブッチョも知らなかったので驚いていた。
「で?」
「で? って、なんだよ」
「クロヱは……アタシを囮にするために姿を弄くったの? って聞いてるの」
千代の目は力強く、俺を捕らえていた。
「……そうだよ」
あまり捏ね繰り回して言い訳を言っても無駄だと思った俺はありのままの意見を述べた。数秒見詰め合ったが千代が肩を竦め、溜息をもらした。
「まぁ……いいでしょ。あそこでクロヱが言い訳言ってたら怒ったところだけど……アタシを助けるため、って聞いたらよくなっちゃった」千代が厳兵衛に目を向ける。「で、囮って何をすればいいわけ?」
「そうですね……相手がどこを見ているかわからない以上新しい冨士原君を作るに当たって必要なデータなどなどは……およそ6時間でしょうね。警視庁などに新たに囮捜査を行うことを掛け合っても……総合的には約1,2日後ですかね」
「2日……」
「そうです。催眠がどれだけ有効かはわかりませんが……効力期限はなんとかなるでしょう」
「問題は犯人が襲ってこなかったときのこと……か」
「そうなった場合には再度催眠をかければいいんじゃない?」
「そういうわけにも行かないんですよ」と厳兵衛。「この催眠は極めて強力な部類に入ります。1週間、という時間ですが自己暗示にかかるかどうかのギリギリの値なんです。これ以上の使用は……」
「なぜそこまで?」
「とりわけて冨士原君のかかった術の効力が強すぎたんですよ。催眠をかけるまでは本当に細かい種類の術まで見分けることも難しかったんです」
「って……今は大丈夫なんですか!?」千代も俺の隣でおどおどとする。
「大丈夫です。ハッキリ言って冨士原君の術が強すぎて力負けしてしまいましたから。かと言ってもこれ以上の催眠も安全とは断言できません……未知のプロセスなんてものではないですねこれは」
前にも閼伽子がブッチョを治そうとしたが感染プロセスが違いすぎるといって匙を投げたが、今回で発覚した事は患った物自体が全くの未知であったということらしい。ジャングルの奥底にあった完全未知のウィルスを拾ったようなものだ、と厳兵衛は言う。
「……治らなかったのは残念だけどさ……今は犯人を捕まえることが重要じゃないの? アタシはそう思うよ」千代が不機嫌な態度で言う。「今はアタシを治すことは置いておいて」
「あぁ……すまない」そう言って厳兵衛が話を止めた。「確かにそのとおりかもしれませんね」
「冨士原……いやブッチョ、ごめん」
「なんでクロヱが謝るのよ?」千代が笑った。
「いやさ……とりあえず、謝りたかったんだよ」
「ふーん」情けなかったであろう俺の姿を見てなのか千代はそれっきり黙ってしまった。
沈黙する俺達を見かねてなのか、厳兵衛が話し出す。
「まず、冨士原君。君は最短で1日の間は誰の目にも触れないようにして、勿論夜衛の皆にもです。今回のお役目は3人以外、絶対に口外禁止です」
「全員?」
「ええ、囮捜査ということであって、完全な囮を用意したいのです。そのためには完全なカモフラージュをしないと」
「なるほどね。敵を欺くにはまず見方から、ってことね」
「そういうことです」
「そのための空間は私が用意しましょう。完全な密室を。全てが用意できたのならば開放いたします」
「拉致みたいね」
「ははは、似たようなものですよ」頭をかきながら愛想笑いをする厳兵衛。中身は完全に畳化してるのではないだろうか。
「で、映画くらいは用意してるの?」状況を納得したところで今度は要求を出す千代。
「すいませんが、私が用意できる空間には電気が通らないんですよ」
「はぁ?」と、千代。「じゃあ暗いまま? 暇つぶしもなしに1日過ごせって?」
「それなんですけどね?」厳兵衛がしたり顔で答える。「クロヱ君と一緒にいてもらおうかな? って」
「「えぇっ?」」
念のためにも水と食料は持って行ってくださいね。という厳兵衛は魔法の準備だろうかブツブツ小言を言い初めた。