麦稈
夏がきた。あの女がまた消えた。わたしのママが失踪した、とおじさんに伝えるとおじさんは家に呼んでくれた。家族じゃない、親戚じゃない、前のおうちでお隣さんだった、おじさん。わたしを育てるとお婆ちゃんのお葬式で言ってくれた。それを邪魔したママがわたしを置いてまた消えた。おじさんはわたしをおうちに招いて、紅茶をくれて、おばさんも隣に座ってくれた。
「ここで暮らしてもいいのよ」
夢みたいに、ぼんやりとやさしい夫婦だった。世界中のこわいものを一瞬も見たことがないような、皺々の細い目で、すこし泣きながらわたしの手を握ってくれた。
「でもわたし、あの女を待たなきゃ」
「もうそんな辛いことはやめてしまいなさい」
「毎月欠かさずお金を贈って下さっているのはおじさま達?」
「黄不子ちゃんの大切な手を傷つけるわけにはいかない」
狂的な部分もあった。わたしがお婆ちゃんの家にお引越しをしようとお話ししたときも、私達は絶対に黄不子ちゃんの味方だよと肩を強く、つかまれた。この人たちはとてもいい人だけど、一緒に暮らすのはむずかしいかな、と贅沢に思っていた。
「ありがとうございます、ほんとうに、助かっているよ」
「お婆様のご遺産は、いざと言うときの為に」
口元だけど緩めて、すうっと視線を横に流す。目に移ったのは広い居間と、壁にかけられた美しい網目の麦藁帽。そういえば、夏が来ていた。この家は空調が遠慮なく効いているからもう、そんなこと忘れてしまいそうだった。外はまぶしいほど明るいのに、この家の中はいつからか、時が止まっているようだった。