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偽聖女だからと婚約破棄され、国外追放された私ですが、実は唯一神の愛し子でした  作者: jnkjnk


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エピローグ 神の裁定〜愚か者たちは泥と絶望の中で朽ち果て、私の愛し子は黄金の皇帝と共に永遠の春を生きる〜

私は、天空のさらに上、次元の狭間にある「座」から、下界を見下ろしている。

我が名はアルウス。

この世界を創造し、ことわりを司る唯一神である。


私の眼下には、二つの対照的な光景が広がっている。

北の大地、バルディア帝国。

そこには、かつてないほどの生命の輝きが満ち溢れている。

極寒の凍土だった場所は、今や美しい緑に覆われ、色とりどりの花が咲き乱れ、人々の笑顔と感謝の祈りが黄金の粒子となって天に昇ってきている。

その中心にいるのは、私の愛し子、エリーゼだ。


一方、南の大地、サンクティア王国。

……いや、「元」王国と呼ぶべきか。

そこには、見るも無残な死の世界が広がっている。

大地は乾き割れ、植物は腐り落ち、水源は毒に侵されている。

空は紫色に濁った瘴気に覆われ、太陽の光など一筋も差し込まない。

そこから聞こえてくるのは、祈りではなく、呪詛と絶叫、そして断末魔の呻きだけだ。


人間とは、実に愚かな生き物だ。

「当たり前」にあるものが、どれほどの奇跡の上に成り立っているかを知ろうとせず、失って初めてその価値に気づく。

だが、気づいた時にはもう遅い。

私の慈悲は、無限ではないのだから。


私は視線を、南の地獄へと向けた。

そこで繰り広げられている、かつての権力者たちの「最期」を見届けるために。

それが、彼らに与えた罰の結末なのだから。


***


まずは、あの男だ。

ゲオルグ・フォン・アイゼン。

エリーゼの実父でありながら、家名と保身のために娘を売った愚物。


彼は今、燃え盛る屋敷の前で、泥にまみれて這いつくばっている。

自慢の公爵家の紋章が入ったマントは引き裂かれ、顔は血と煤で汚れている。

彼を取り囲んでいるのは、かつて彼が「虫ケラ」と見下していた領民たちだ。


「殺せ! こいつが水を独り占めしていたんだ!」

「俺たちの娘は魔物に食われたんだぞ! お前も食われろ!」


暴徒たちの怒りは頂点に達している。

アイゼンは必死に命乞いをしている。

「金ならある」「地位をやろう」と叫んでいるが、水一滴の価値がダイヤモンドを上回る今の王国で、そんな言葉が通じるはずもない。


「あ……がぁッ……!」


石が飛び、彼の頭を割る。

彼は地面に倒れ込み、目の前にあった水たまりに顔を突っ込んだ。

それは、魔物の血と汚物が混ざった泥水だ。

だが、三日も水を飲んでいない彼にとっては、それが極上の美酒に見えたのだろう。

彼は獣のように泥水を啜った。

かつて、娘が淹れた最高級の紅茶に「ぬるい」と文句をつけて床にぶちまけた男が、今は泥水を啜りながら涙を流している。


『エリーゼ……助けてくれ……』


薄れゆく意識の中で、彼は娘の名を呼んだ。

だが、その声は誰にも届かない。

炎が屋敷を飲み込み、崩れ落ちた梁が彼を押し潰す。

彼は最期に、自分が捨てた「家族」という名の絆が、実は自分を守っていた最強の盾だったことに気づいただろうか。

いや、気づいたところで意味はない。

彼は孤独と後悔の中で、肉体も魂も焼かれて消滅した。

家名の存続を誰よりも願った男の家系図は、ここで黒く塗り潰されたのだ。


***


次に視線を向けたのは、王城の地下深く。

光の届かない石牢の中だ。

そこには、かつて「太陽の王子」と呼ばれた男、フレデリックがいる。


彼はもう、人間としての尊厳を完全に失っていた。

衣服はボロボロで、排泄物にまみれ、目は落ち窪んでいる。

喉の渇きによる極限状態が、彼に幻覚を見せているようだ。


「……エリーゼ……ああ、来てくれたのか……」


彼は虚空に向かって手を伸ばし、優しく微笑んでいる。

そこには誰もいない。

ただ、湿った壁と、走り回るネズミがいるだけだ。

だが、彼の目には、美しいドレスを纏ったエリーゼが、冷たい水の入ったグラスを持って立っているように見えているのだろう。


「すまなかった……愛しているのは君だけだ……」


彼は謝罪を口にする。

だが、それは愛ではない。

ただの依存だ。

自分が助かりたいがために、都合よく彼女の幻影を作り出しているに過ぎない。

私の愛し子は、そんな男のために存在しているのではない。


「……うっ、あぁ……」


彼が伸ばした手は、幻のエリーゼに触れることはできない。

幻影は、彼が触れようとした瞬間に、冷酷な魔導皇帝カイザーの姿へと変わり、彼を嘲笑う。

フレデリックは恐怖に顔を歪め、喉を掻きむしる。


「水……くれ……嫌だ……死にたくない……」


彼の命の灯火が消えようとしている。

外では、城壁を突破したガーゴイルの群れが、地下への入り口を破壊し始めていた。

だが、彼が魔物に食われることはないだろう。

その前に、彼の心臓が止まるからだ。

渇きと、恐怖と、絶望によって。


ガクリ、と彼の手が落ちた。

瞳は開かれたままだが、光はない。

彼は最期まで、自分がなぜこうなったのか、本質的には理解していなかった。

ただ「運が悪かった」「魔女に呪われた」と思っていただけだ。

その傲慢さが、彼を殺したのだ。

サンクティア王家の血脈は、この暗い地下牢で、誰にも看取られることなく途絶えた。


***


そして、最後の一人。

ミア・キャンベル。

「聖女」という舞台装置に執着し、自らをヒロインだと信じ込んだ道化。


彼女の最期は、ある意味で幸せなものだったかもしれない。

彼女の精神は、現実の過酷さに耐えきれず、完全に崩壊していたからだ。

彼女がいるのは、フレデリックの牢の向かい側。

そこもまた、汚物と死臭に満ちた場所だ。

だが、彼女の目には、そこが煌びやかな舞踏会場に見えているようだった。


「ラララ〜♪ 聖女様のお通りよ〜」


彼女は歌っていた。

掠れた声で、調子外れな歌を。

足元を這う大きなドブネズミを拾い上げ、愛しそうに頬ずりをする。


「あら、王子様。ダンスのお誘い? 喜んで」


彼女はネズミを抱きしめ、狭い牢の中でくるくると回り始めた。

ドレスの裾は破れ、足は血だらけだというのに、彼女の表情は恍惚としている。

飢えも寒さも、もう感じていないのだ。


彼女は信じていた。

自分は特別な存在で、最後には必ずハッピーエンドが待っていると。

だから、この状況さえも「悲劇のヒロインを演じるための演出」だと思っている。


「きゃっ、目が回っちゃう……。ふふ、幸せ……」


彼女はふらりとよろめき、冷たい石床に倒れ込んだ。

そのまま起き上がることはなかった。

体力の限界だ。

だが、彼女の顔には満面の笑みが張り付いていた。

彼女は最期の瞬間まで、自分がスポットライトを浴び、観衆の拍手喝采の中にいるという妄想の中にいたのだ。


現実には、彼女の遺体を貪ろうと、無数のネズミが集まってきているというのに。

偽物の聖女は、偽物の幸福の中で死んだ。

ある意味で、彼女の望み通り、彼女はこの悲劇の「主役」として幕を下ろしたのだ。

誰からも愛されず、誰の記憶にも残らない、憐れな主役として。


***


こうして、南の国は死に絶えた。

王族も、貴族も、そして彼らに阿り、聖女を石で打った民衆も。

生き残った者はわずかだろう。

彼らは国を捨て、難民となって他国へ流れるしかない。

だが、「聖女を追放して滅んだ国の民」を受け入れる国などあるだろうか?

彼らは永遠に、その罪を背負って彷徨うことになる。


私は視線を戻す。

滅びゆく南から、栄えゆく北へ。


バルディア帝国の帝都は、今日も光に包まれている。

王宮の最上階、陽光が降り注ぐテラス。

そこに、私の愛し子、エリーゼがいる。


彼女は今、カイザー皇帝と共に、穏やかな朝食の時間を過ごしていた。

テーブルには、新鮮な果物と、湯気の立つ焼きたてのパン。

そして、最高級の茶葉で淹れられた紅茶。

かつて彼女が夢見ていた、しかし決して手に入らなかった「当たり前の幸せ」が、そこにはあった。


「エリーゼ、あーんしてくれ」

「もう、陛下ったら。侍女たちが見ていますよ?」

「構わん。見せつけてやればいい。私がどれほど君を愛しているかを」


カイザーは、公務の時とは別人のようなデレデレした顔で、エリーゼに甘えている。

冷徹な魔導皇帝が、彼女の前でだけは、ただの恋する青年になるのだ。

エリーゼもまた、困ったような顔をしながらも、その瞳は慈愛と幸福に満ちている。


彼女の体内にある「聖核」は、以前よりも強く、清らかに輝いていた。

それは、彼女が「義務」や「犠牲」としてではなく、「愛」と「喜び」のために力を使っているからだ。

私が与えた力は、本来こうして使われるべきものだったのだ。


「……ねえ、カイザー様」

「ん? どうした?」


エリーゼがふと、南の空を見上げた。

そこには、黒い雲が壁のように立ち込めている。


「あの国の人たち……どうなったのでしょうか」

「さあな。風の噂では、もう国としての形を成していないそうだ。……気にかかるか?」


カイザーが心配そうに彼女の顔を覗き込む。

エリーゼは少し考えてから、静かに首を横に振った。


「いいえ。……ただ、不思議なくらい、何も感じないのです。憎しみも、同情も。まるで、遠い昔に読んだ、悪い結末の本を思い出した時のような……そんな感覚です」


その言葉に、私は満足した。

それでいい。

彼女は過去を完全に断ち切ったのだ。

未練も憎悪も、魂を縛る鎖となる。

彼女が無関心であることこそが、あの愚か者たちへの最大の復讐であり、彼女自身の完全なる解放なのだ。


「君は前だけを見ていればいい。私の瞳に映る君だけを」

「はい、あなた。……愛しています」


二人は口づけを交わす。

その瞬間、彼らを中心に金色の風が巻き起こり、帝都中の花々が一斉に開花した。

祝福だ。

私からの、そして世界からの。


エリーゼのお腹には、まだ小さな、しかし確かな新しい命の灯火が宿っている。

その子が生まれる頃には、この帝国はさらに豊かで、強大な国になっているだろう。

神の愛し子と、最強の皇帝の血を引く子供。

きっと、新たな伝説を紡ぐことになるはずだ。


私は、座の背もたれに深く体を預けた。

仕事は終わった。

因果は巡り、天秤は正された。

悪しき者は滅び、善き者は報われた。

これほど心地よい結末はない。


さあ、愛し子よ。

存分に幸せになりなさい。

お前が流した涙の分だけ、いや、その何千倍もの笑顔で、その生涯を彩るのだ。

私が、この世界が、お前を祝福している。


私は雲の隙間から、最後にもう一度だけ彼らに光を注ぎ、そして静かに瞳を閉じた。

南の国の断末魔はもう聞こえない。

聞こえるのは、北の国から響く、永遠に続く歓喜の歌だけだった。

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