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偽聖女だからと婚約破棄され、国外追放された私ですが、実は唯一神の愛し子でした  作者: jnkjnk


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7/8

愚父の慟哭〜「役立たずの娘は勘当だ」と追放した翌日、家の資産(聖女の加護)がすべて消滅し、暴徒に屋敷を焼かれるまで〜

「アイゼン公爵、此度の婚約破棄、まことに英断でございましたな」

「あのような陰気な娘よりも、愛らしいミア様の方が王太子妃にふさわしい」

「さすがは公爵、王家への忠誠心は見事なものです」


王宮の大広間、シャンデリアの輝きの下で、私は貴族たちからの賞賛を浴びていた。

手にしたグラスには最高級の赤ワイン。

口の中に広がる芳醇な香りと共に、私は優越感に浸っていた。


私、ゲオルグ・フォン・アイゼンは、このサンクティア王国きっての名門公爵家の当主である。

我が家は代々、王家を支える柱石として栄えてきた。

その誇り高き血筋に泥を塗る存在。

それが、私の娘、エリーゼだった。


地味で、無口で、愛想がない。

「聖女」として結界を維持しているというが、そんなものは目に見えない。

見えるのは、いつも顔色が悪く、パーティーの隅で壁の花となっている、みっともない姿だけだ。

あれを見るたびに、私は苛立ちを覚えていた。

なぜ、もっと華やかに振る舞えないのか。

なぜ、王太子殿下を喜ばせられないのか。

私の教育が悪いかのように陰口を叩かれるのが、我慢ならなかったのだ。


それに引き換え、男爵令嬢のミア・キャンベルはどうだ。

愛くるしい笑顔、殿下に甘える仕草、そして周囲を明るくする「光」。

あれこそが、公爵家の娘に……いや、未来の王妃にふさわしい器だ。

エリーゼなどという欠陥品は、早々に処分して、ミアを養女に迎えるなりして取り込んだ方が、我が家の繁栄につながる。


だから、今日の断罪劇は、私にとっても願ってもない好機だった。


「エリーゼ・フォン・アイゼン! 貴様との婚約を破棄する!」


フレデリック王太子殿下の高らかな宣言。

私は心の中で喝采を送った。

よくぞ言ってくださった。

これで、あのお荷物を堂々と切り捨てることができる。


娘が壇上に引きずり出される。

いじめの冤罪? 証拠?

そんなものはどうでもいい。

殿下が「黒」と言えば黒なのだ。

政治とはそういうものだ。


私は群衆をかき分け、娘の前に立った。

エリーゼが私を見上げる。

その瞳に、すがるような光があるかと思ったが、そこにあったのは驚くほど冷ややかな、ガラス玉のような無感情だった。

それがまた、私の癇に障った。

親に向かって、なんだその目は。

可愛げのない女だ。


パァンッ!!


私は渾身の力で、娘の頬を張り飛ばした。

掌に走る痺れが、心地よい高揚感をもたらす。

周囲の貴族たちが息を呑む気配がした。

これだ。

これこそが、「公爵家は王家の敵ではない」と証明する、最高のパフォーマンスだ。


「この……恥さらしがぁぁッ!!」


私は唾を飛ばして怒鳴りつけた。


「王太子殿下に、そして未来の聖女たるミア様に何という無礼を! 貴様のような性悪女は、我が公爵家の面汚しだ! 今ここで勘当する!」


地面に這いつくばるふりをして、殿下に恭順の意を示す。

完璧だ。

これで我が家の安泰は約束された。

エリーゼは追放され、野垂れ死ぬだろう。

だが、それがどうした?

家の繁栄のためなら、娘の一人や二人、安い生贄だ。


エリーゼは最後に「後悔なさいませんね?」などと負け惜しみを言っていたが、私は鼻で笑ってやった。

後悔?

するわけがない。

ゴミを捨てて清々することはあっても、後悔などあり得ないのだ。


娘が衛兵に引きずられていくのを、私は冷たいワインで乾杯しながら見送った。

さようなら、私の汚点。

これからは、新しい聖女ミア様の後見人として、更なる権力を手に入れるとしよう。


***


エリーゼを追放してから三日が過ぎた。

その間、私は忙しくも充実した日々を送っていた。

ミア様に贈るための宝石の手配、新しいドレスの発注、そして王太子殿下との親睦会。

公爵家の資産は潤沢だ。

エリーゼにかけていた無駄な経費が浮いた分、ミア様への投資に回せる。


「公爵様、薔薇園の管理費ですが……」

「ああ、適当にやっておけ。金ならある」


執事の言葉も上の空で聞き流す。

王都は今日も平和だ。

空は青く、水は清らかで、食卓には美食が並ぶ。

これが当たり前だと思っていた。

「聖女」がいなくなっても何も変わらないじゃないか。

やはり、エリーゼの力など大したものではなかったのだ。


そして、運命の午後が訪れた。


私は王宮のテラスで、殿下やミア様と共にティータイムを楽しんでいた。

テーブルには、領地から取り寄せた最高級の葡萄と、熟成されたチーズ。

グラスに注がれたヴィンテージワインは、ルビーのように美しく輝いている。


「アイゼン公爵、このワインは絶品だな」

「はっ、恐悦至極に存じます。我が領地の自慢の一品でして」


殿下の言葉に、私は深々と頭を下げる。

最高の気分だ。

これこそが、私が求めていた栄光の景色。


その時だった。


「ん……? なんだ、この味は……」


殿下が顔をしかめた。

私も自分のグラスに口をつける。

瞬間、強烈な酸味と、腐敗したような臭気が口いっぱいに広がった。


「ぶっ!! な、なんだこれは!?」


私は思わずワインを吐き出した。

これはワインではない。

まるで、何十年も放置して腐らせた酢……いや、汚水のような味だ。


「公爵! 腐ったワインを飲ませるとは何事だ!」

「も、申し訳ございません! すぐに取り替えさせます!」


私は慌てて給仕を呼ぼうとしたが、目の前の光景に言葉を失った。

テーブルの上にあった瑞々しい葡萄が、見る見るうちに茶色く変色し、萎びていく。

チーズには青カビが生え、ドロドロに溶け出している。

生クリームのケーキは崩れ落ち、悪臭を放ち始めた。


「きゃああああッ! 虫! 虫が湧いてるわ!」


ミア様が悲鳴を上げて飛びのいた。

腐った果物から、無数のコバエが一斉に湧き出したのだ。


「な、何が起きている……?」


混乱する私の耳に、パリーンッという硬質な音が響いた。

それは空から降ってきた。

見上げると、王都の空を覆っていた見えないドームが、ガラスのように砕け散るのが見えた。

その裂け目から、毒々しい紫色の雲が流れ込んでくる。


「結界が……壊れた?」


呆然と呟く私の目の前で、美しい王都の風景が一変した。

庭園の花々は一瞬で枯れ果て、噴水の水は濁った泥水に変わる。

そして、黒い雲の中から、コウモリのような翼を持つ異形の怪物たちが舞い降りてきた。


ガーゴイルだ。


「魔物だ! 魔物の襲撃だ!」

「衛兵! 衛兵は何をしている!」


優雅なティータイムは、瞬時にして戦場へと変わった。

ガーゴイルが貴族たちに襲いかかる。

悲鳴、怒号、そして肉が裂ける音。


「ひぃッ! く、来るな! 私は公爵だぞ!」


一匹のガーゴイルが、私の目の前に着地した。

石のような皮膚、赤い目。

その爪が振り上げられる。


「アイゼン公爵! 助けて!」


ミア様が私を盾にするように背中に隠れた。

ふざけるな。

お前は聖女だろう?

お前が守るべきだろう!


「ミア様! 光を! 聖女の力で追い払ってください!」

「無理ですぅ! 怖いぃぃ!」


泣き叫ぶだけの小娘。

その時、私は初めて気づいた。

こいつは、何もできない。

ただの飾りだ。

では、今までこの国を守っていたのは?

この豊かな水と、腐らない食料を維持していたのは?


エリーゼ。


あの日、殴り飛ばした娘の顔が脳裏をよぎる。

『後悔なさいませんね?』

あの言葉の意味が、今になって氷のように心臓に突き刺さった。


「宰相! 状況はどうなっている!」


殿下の叫び声に、泥だらけの宰相が答える。

「水が枯れました! 結界が消滅し、領地の作物も全滅です! 国が……国が死にます!」


死ぬ。

この国が?

アイゼン公爵家が?

馬鹿な。あり得ない。

私は慌てて、魔導師長が持ってきた通信用の水晶玉にしがみついた。

エリーゼだ。

あいつに連絡を取れ。

あいつは私の娘だ。

父親が命令すれば、必ず戻ってくる。

今までもそうだった。

どんなに冷遇しても、文句一つ言わずに従っていたではないか。


水晶玉が光り、映像が浮かび上がる。

そこには、我が家のサロンよりも遥かに豪華な部屋で、優雅に紅茶を嗜む娘の姿があった。

隣には、北の魔導皇帝カイザー。

その二人の姿は、あまりにも美しく、そして残酷なほどに幸せそうだった。


「お父様が悪かった! 一時の気の迷いだったんだ! お前は自慢の娘だ!」


私は必死に叫んだ。

プライドなどかなぐり捨てた。

今この瞬間も、背後ではガーゴイルの咆哮が聞こえている。

死にたくない。

失いたくない。


「だから戻ってきてくれ! 公爵家の資産をすべてお前に譲ってもいい!」


そうだ、金だ。

あいつは金に困っているはずだ。

地位も名誉も、私が与えてやればいい。


だが、エリーゼは微笑んだ。

その笑顔は、かつて私に向けたことのない、慈悲深く、それでいて絶対的な拒絶を含んだものだった。


「……あら、お父様。確か数時間前に『勘当だ、縁を切る』とおっしゃいましたよね?」


心臓が止まるかと思った。


「公爵家の家訓に『一度吐いた唾は飲み込むな』というものがありましたわよね? 私、その教えを忠実に守っておりますの」


言葉が出ない。

それは私が、幼い頃の彼女に口酸っぱく教えた言葉だ。

『貴族たるもの、一度決めたことを覆すな』

『甘えを捨てるのがアイゼン家の流儀だ』

その教育が、今、私自身の首を絞める鎖となって返ってきた。


「他人である貴方様の末路など、興味もございません」


通信が切れる。

私の希望も、そこで途絶えた。

他人。

そう、私は自ら、唯一の救いである娘を「他人」にしたのだ。


その後のことは、悪夢としか言いようがない。


王宮から命からがら逃げ出した私は、公爵邸へと向かった。

屋敷には私兵がいる。

備蓄もある。

あそこに籠れば、なんとか生き延びられるはずだ。


だが、屋敷の前に着いた時、私は絶望した。

そこには、松明と農具を持った暴徒の群れが押し寄せていたのだ。

市民たちだ。

水と食料を失い、恐怖に駆られた彼らは、怒りの矛先を貴族に向けた。


「アイゼン公爵だ! こいつが聖女様を追い出したんだ!」

「俺たちの水を返せ! 娘を返せ!」

「殺せ! 売国奴を焼き殺せ!」


屋敷からは火の手が上がっていた。

代々受け継いできた美術品が、家具が、すべて炎に包まれている。

使用人たちはとっくに逃げ出したか、暴徒に加担しているのだろう。


「ま、待て! 私は公爵だぞ! 話を聞け!」


私は叫んだが、飛んできた石が私の額を割った。

血が目に入る。

痛い。熱い。

馬車から引きずり下ろされ、自慢のシルクの服が引き裂かれる。


「やめろ! これは高いんだぞ!」

「うるせぇ! 俺たちは三日も水を飲んでねぇんだよ!」


殴られる。蹴られる。

泥水をかけられる。

これが、栄光あるアイゼン公爵の姿か?

王家の柱石と呼ばれた男の末路か?


「エリーゼ……助けてくれ……」


薄れゆく意識の中で、私は娘の名前を呼んだ。

だが、その声が彼女に届くことはない。

彼女は今頃、温かいスープを飲み、愛する人と笑っているのだろう。

私が与えなかった「愛」を、他国で手に入れて。


私は地面に這いつくばり、燃え盛る我が家を見上げた。

炎の中に、幼い頃のエリーゼの姿が見えた気がした。

まだ「聖女」と呼ばれる前、無邪気に私に花冠を作ってくれた、小さな娘。

『お父様、大好き』

そう言って笑っていた、あの子。


いつからだ。

いつから私は、あの子を「娘」ではなく「便利な道具」としてしか見なくなったのだ。

欲に目が眩み、権力に溺れ、本当の宝石を石ころだと勘違いして捨ててしまった。


後悔。

そう、これが後悔だ。

エリーゼは正しかった。

私は今、魂が焼き切れるほどの後悔をしている。


だが、もう遅い。

すべては手遅れだ。


「……あ……水……」


喉が焼けるように渇く。

目の前にある水たまりに、私は顔を突っ込んだ。

泥と血の味がする。

それでも、飲まずにはいられなかった。

かつて腐ったワインを飲ませたと激怒した私が、今は泥水を啜っている。

なんという皮肉だろう。


視界が暗くなる。

遠くで、ガーゴイルの羽音が聞こえる。

ああ、終わる。

私の人生、私の家、私の誇り。

すべてが、灰になって消えていく。


もし、生まれ変われるなら。

次は、ただの父親として、お前の頭を撫でてやりたかった。

……いや、それも叶わぬ夢か。

地獄に落ちる私と、天上の楽園にいるお前とでは、行き先が違いすぎるのだから。

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