偽聖女の末路〜「私がヒロインよ!」と信じていたのに、気づけば汚い地下牢で、王子様ではなくネズミとお喋りしていました〜
シャンデリアの光が、私の可愛さを引き立てるために輝いている。
今日の主役は、誰が何と言おうと私、ミア・キャンベルだ。
王宮の大広間、煌びやかなドレスに身を包んだ貴族たち。
その誰もが、王太子フレデリック様の腕に抱かれた私を、羨望の眼差しで見つめている。
「ふふっ、最高の気分……」
私はフレデリック様の胸に顔を埋め、上目遣いで彼を見つめる。
彼は私の頭を優しく撫でてくれた。
この甘いマスク、王族という地位、そして私を何よりも優先してくれる従順さ。
合格よ。
私のパートナーにふさわしいわ。
それに比べて、あそこに突っ立っている「元」婚約者は何なの?
公爵令嬢のエリーゼ様。
地味で、暗くて、愛想笑いひとつできない陰気な女。
「聖女」なんて呼ばれているけれど、ただ祈ってるだけでしょ?
私みたいに可愛くもないし、殿下を癒す言葉もかけられない。
そんな女が王太子の婚約者だなんて、物語の配役ミスもいいところだわ。
「エリーゼ・フォン・アイゼン! 前へ出ろ!」
フレデリック様の凛々しい声が響く。
さあ、ショータイムの始まりよ。
私は震える演技をして、殿下の袖をぎゅっと掴んだ。
「で、殿下……私、怖いですぅ。エリーゼ様にまた睨まれたら……」
「大丈夫だよ、ミア。私がついている。あの悪女は今日で終わりだ」
ちょろい。
本当にちょろいわ、この男。
私が「エリーゼ様にいじめられた」って嘘泣きするだけで、証拠も確認せずに信じ込むんだもの。
教科書を隠したのも、ドレスを破ったのも、全部私が自分でやったことなのに。
「貴様との婚約を破棄する! ミアこそが真の聖女だ!」
殿下の宣言に、会場が沸く。
私は心の中でピースサインをした。
勝った。
泥臭い努力なんてしなくても、可愛さと涙だけで、私はこの国の頂点に立ったのよ。
エリーゼ様は、最後まで可愛げのない女だった。
泣いて許しを請えば、メイドくらいにはしてあげてもよかったのに。
彼女は「後悔なさいませんね?」なんて負け惜しみを言って、さっさと出て行ってしまった。
ふん、強がっちゃって。
明日から野垂れ死ぬ運命のくせに。
「ミア、愛しているよ。君こそが私の光だ」
「私もですぅ、殿下ぁ」
私は満面の笑みで抱きついた。
これで邪魔者は消えた。
これからは、私が聖女として崇められ、贅沢三昧の日々が始まるのだ。
そう信じていた。
この世の春が、たった三日で終わるなんて思いもせずに。
***
エリーゼ様を追放してから、三日が経った。
その三日間は、まさに夢のような時間だった。
王宮のシェフが作る最高級のスイーツを食べ放題。
お抱えのデザイナーを呼んで、新しいドレスを作り放題。
公務? 祈り?
そんな面倒なこと、私がするわけないじゃない。
私はただ、ニコニコ笑って手を振っていればいいの。
だって私は「真の聖女」なんだから。
「ミア様、少しは聖女の業務を……」
「うるさいわねぇ! 私が笑顔でいれば、国民も元気になるでしょ? それが私の仕事よ!」
小言を言う神官を一喝して追い返す。
本当に、どいつもこいつも堅苦しいんだから。
エリーゼ様がいなくなって、お城の空気も美味しくなった気がするわ。
そう思いながら、私は王宮のテラスで優雅なティータイムを楽しんでいた。
目の前には、フレデリック様。
テーブルには、色とりどりのフルーツタルトと、香り高い紅茶。
美しい薔薇の花瓶。
完璧な午後。
「ミア、今日の君も輝いているね」
「うふふ、殿下ったら。もっと褒めてくださいな」
私がフォークで苺を口に運ぼうとした、その時だった。
グジュッ。
嫌な感触がした。
見ると、フォークの先にある苺が、ドロドロに溶けて崩れている。
え? なにこれ?
腐ってる?
「きゃっ! 何これ、気持ち悪い!」
私が皿を突き放すと、タルトのクリームに青カビがモコモコと生えていくのが見えた。
まるで早回しの映像を見ているみたいに。
それだけじゃない。
テーブルに飾られた美しい深紅の薔薇が、一瞬にして茶色く変色し、花弁がボロボロと崩れ落ちた。
腐った卵のような強烈な悪臭が鼻を突く。
「くさっ! なに!? 誰か、生ゴミなんて持ってきたの!?」
「で、殿下! 空を! 空をご覧ください!」
護衛の騎士が、狂ったように空を指差して叫んでいる。
うるさいわね、何よ。
私は不機嫌になりながら空を見上げた。
言葉を失った。
さっきまで真っ青だった空が、インクをぶちまけたように真っ黒に染まっていた。
太陽がない。
昼間なのに、夜よりも暗い、不気味な紫色が渦巻いている。
パリーンッ!!
遠くで、何かが割れる音がした。
ガラス? 鏡?
いいえ、もっと巨大な、世界そのものが割れるような音。
「け、結界が……消えた……?」
フレデリック様が呆然と呟く。
結界?
ああ、なんかエリーゼ様がやってたアレ?
そんなの、あってもなくても変わらないでしょ。
だって今まで、魔物なんて見たことないし。
「キシャアアアアッ!!」
その考えが甘かったことを、私はすぐに思い知らされた。
空を覆う黒い雲の中から、コウモリの羽を生やした悪魔のような怪物が、無数に飛び出してきたのだ。
ガーゴイル。
本でしか見たことのない、伝説の魔獣。
「う、嘘……何あれ……キモい……」
「ま、魔物だぁぁぁッ!! 城内に入ってくるぞ! 総員、戦闘準備!」
騎士たちが剣を抜いて走り回る。
悲鳴。怒号。
優雅なティータイムは、一瞬にして地獄絵図に変わった。
ガーゴイルの一匹が、テラスの手すりに舞い降りる。
石のような皮膚、血走った目、鋭い爪。
その目が、私を捉えた。
「ヒッ……!」
「ミア! 聖女の力を使え!」
腰を抜かした私を、フレデリック様が揺さぶった。
その顔は必死で、いつもの優しさなんて欠片もない。
「は、はい……?」
「結界だ! お前の光で魔物を追い払うんだ! お前は真の聖女だろう!?」
え?
何を言ってるの、この人。
戦うなんて無理に決まってるじゃない。
服が汚れちゃうし、汗かきたくないし。
「む、無理ですぅ……私、怖くて……」
「甘えている場合か! 今すぐやれ! 光を出せ!」
フレデリック様の怒鳴り声に、私はビクリと体を震わせた。
こんな怖い顔、見たことない。
仕方ない、ちょっとだけポーズをとってあげましょうか。
私は震える手を前に突き出した。
イメージするのは、私を一番可愛く見せる、淡いピンク色の光。
「え、えいっ……!」
私の手のひらから、蛍のような小さな光がポッと灯る。
ほら、綺麗でしょ?
これで満足?
「……それだけか?」
フレデリック様の声が低い。
「え? だって、いつも『綺麗だ』って褒めてくれたじゃないですかぁ」
「馬鹿を言うな! そんな豆電球みたいな光で、どうやって国を守るんだ! もっとこう、バーッとした凄い力はないのか!?」
「な、ないですけどぉ……! 私、光魔法なんてこれしか使えないし……」
私の言葉に、フレデリック様が絶句する。
え、何その顔。
まるで詐欺師を見るような目。
「き、貴様……。エリーゼより強い魔力があると言ったのは、嘘だったのか?」
「嘘じゃないもん! みんなが『聖女様だ』って言うから、そうなんだって思っただけだもん! 殿下だって、私のこと信じてくれたじゃないですかぁ!」
そうよ、私は悪くない。
周りが勝手に勘違いして、勝手に持ち上げただけ。
私はただ、可愛く振る舞っていただけなのに。
「ふざけるな……! 貴様のせいで、エリーゼを追放してしまったんだぞ!」
「ひどいっ! 殿下が自分で決めたくせに! もう知らない、私、お部屋に帰る!」
私が逃げ出そうとした時、宰相が血相を変えて飛び込んできた。
「殿下! 水が! 王都の井戸水が枯れました! 水源が腐って泥水になっています!」
「なんだと……!?」
水がない?
じゃあ、お風呂はどうするの?
紅茶は?
私の喉を潤す綺麗な水は?
「まさか、あの女……エリーゼが……?」
フレデリック様が青ざめる。
そういえば、あの陰気な女、なんか言ってたっけ。
『加護を回収する』とか何とか。
まさか、本当に?
あの地味な女が、この国のすべてを支えていたとでも言うの?
ありえない。
あんなの、ただの雑用係じゃない。
「通信だ! エリーゼに連絡しろ!」
フレデリック様が叫ぶ。
水晶玉が運ばれてきて、空中に映像が浮かび上がる。
そこに映っていたのは、信じられない光景だった。
豪華な部屋。
ふかふかのソファ。
そして、まるで女神のように美しく着飾ったエリーゼ様。
その隣には、この世のものとは思えないほど美形で、強そうな男の人。
北の皇帝、カイザー陛下だ。
「な……なんで……?」
私は思わず声を漏らした。
だって、おかしいじゃない。
追放されたのは彼女よ?
ボロボロになって、泣きながら野垂れ死ぬはずだったのに。
どうして私よりいい服を着て、私よりいい男に抱かれているの?
「ごきげんよう、皆様」
エリーゼ様の声は、優雅で、そして冷酷だった。
彼女は紅茶を一口飲むと、私たちを見下すように微笑んだ。
「ずいぶんと賑やかそうですわね。……あら、ミア様。顔色が優れませんわよ?」
私を見た。
あの目が嫌い。
何もかも見透かしているような、あの静かな瞳が。
「あんた……! 何したのよ! 水を返しなさいよ! 魔物を消しなさいよ!」
私は金切り声を上げた。
私が主役なのよ。
あんたは悪役として退場したはずでしょ?
なんでまた出てくるのよ!
「お断りします」
エリーゼ様は、私のヒステリーなんて聞こえていないかのように、あっさりと切り捨てた。
そして、フレデリック様の「戻ってきてくれ」という懇願も、ゴミを見るような目で拒絶した。
「ミア様が真の聖女なのでしょう? 頑張ってくださいませ。……もっとも、その微弱な魔力では、王都の街灯一つ灯すのが限界でしょうけれど」
「ひっ……!」
図星を突かれて、私は息が詰まった。
知っていたのね。
私がただのハリボテだってこと、最初から知っていて、泳がせていたのね。
「それでは、永遠にごきげんよう」
ブツン。
通信が切れた。
部屋に残されたのは、絶望的な沈黙と、近づいてくる魔物の咆哮だけ。
「……おい、偽聖女」
フレデリック様が振り返る。
その目は、もう私を愛してなんかいなかった。
憎悪。殺意。
かつてエリーゼ様に向けられていたものが、今は私に向けられている。
「ち、違いますぅ……殿下……」
「貴様のせいだ! 貴様が俺をたぶらかしたから!」
フレデリック様が私に掴みかかる。
痛い。
ドレスが破れる。
助けて。誰か助けて。
私はヒロインなのよ。
ピンチの時には、颯爽と王子様が現れて助けてくれるはずでしょう?
ドガァンッ!!
扉が破られた。
入ってきたのは、魔物……ではなく、暴徒と化した国民たちだった。
彼らの手には農具や石が握られている。
その目は、魔物よりもずっと怖かった。
「いたぞ! 偽聖女だ!」
「こいつのせいで水がなくなったんだ!」
「俺たちの家族を返せ! 殺せ!」
「いやぁぁぁッ! 来ないで! 私は悪くない! 私は可愛いのよ!?」
私は叫んだ。
でも、誰も聞いてくれなかった。
私の自慢の髪が掴まれ、引きずり回される。
顔を殴られる。
ドレスが泥にまみれる。
痛い、痛い、痛い!
なんで? どうして?
私は選ばれた特別な女の子のはずなのに!
***
ここはどこだろう。
暗い。寒い。臭い。
ああ、ネズミさんがいる。
こんにちは、ネズミさん。
あなたも私のパーティーに来てくれたの?
王城の地下牢。
私がここに放り込まれてから、どれくらい経ったのかしら。
一週間? 一ヶ月? 一年?
もう分からない。
喉が渇いた。
お腹が空いた。
綺麗な水が飲みたい。甘いケーキが食べたい。
でも、看守さんが投げ入れてくれるのは、カビの生えたパンと、泥水だけ。
それすら、最近は来なくなった。
隣の牢には、フレデリック様がいるみたい。
最初は「出せ! 俺は王だ!」って叫んでいたけど、最近はずっとブツブツ独り言を言っている。
「エリーゼ……すまない……」って。
まだあの女の名前を呼んでいるの?
本当に未練がましい男ね。
あんな女、最初からいなかったことにすればいいのに。
そうよ、きっとこれは悪い夢。
目が覚めれば、またあの煌びやかな大広間にいて、みんなが私を褒め称えてくれるはず。
だって、私はヒロインなんだから。
物語の最後は、ハッピーエンドって決まっているのよ。
「見て、殿下。光よ……」
私は暗闇の中で手を振ってみる。
もう魔力なんて残っていないけれど、私には見えるの。
キラキラ輝く、ピンク色のスポットライトが。
私を照らしているわ。
観客が拍手をしているわ。
「ありがとう、ありがとう! アンコールにお応えして、歌います!」
私は喉が渇いて掠れた声で、歌い始める。
誰もいない、冷たい石の床の上で。
観客は、足元を這い回るネズミとゴキブリだけ。
「聖女様、万歳! ミア様、万歳!」
幻聴が聞こえる。
気持ちいい。
やっぱり私は特別なの。
あ、扉が開いた。
きっと王子様が迎えに来てくれたのね。
違うわ、フレデリック様みたいな偽物じゃなくて、もっと強くて、もっと素敵な……。
そう、あの通信機に映っていた、皇帝陛下みたいな人が。
「……生きてるか? 死体処理に来たんだが」
入ってきたのは、ボロボロの服を着た男の人だった。
手には大きな袋を持っている。
ああ、そうか。
新しいドレスを持ってきてくれたのね。
白い、袋状のドレス。
「うふふ……着せて……王子様……」
私は手を伸ばす。
でも、体が動かない。
指先から感覚がなくなっていく。
寒い。
スポットライトが消えていく。
ねえ、どうして?
どうして幕が下りるの?
まだ私の見せ場は終わっていないのに。
私はヒロインなのに。
私は……私は……。
(……ただの、可愛いだけの女の子だったのに)
最期に頭をよぎったのは、悔しさでも憎しみでもなく、幼い頃に夢見たおとぎ話の結末との、あまりに大きな違いへの困惑だった。
暗闇が私を飲み込む。
さようなら、私のステージ。
でも大丈夫。
きっと次は、もっと素敵な役が回ってくるはずだから。
……ねえ、そうでしょ?
神様?




