第8章:後悔の使者と、偽りの聖女
食糧難と社会不安が頂点に達したクライスハイト王国。王太子エドワードは、ついに打つ手がなくなり、藁にもすがる思いで、ある噂に飛びついた。
「ヴァイス辺境領が、信じられないほど豊かな土地になっているらしい」
そして、その奇跡の中心人物が、かつて自分が追放した婚約者、アリーシャ・フォン・クライスハイトだと知った時、彼は愕然とした。
彼にとって、アリーシャは嫉妬深く、何の取り柄もない女のはずだった。その女が、自分を遥かに凌ぐ為政者としての才能を発揮している。信じがたい、そして、認めたくない事実だった。
しかし、背に腹は代えられない。エドワードは、己のプライドを押し殺し(実際には殺しきれていなかったが)、アリーシャに使者を送ることを決めた。
使者がヴァイスの街に到着した時、私はマルコやカインと共に、新しい農地の視察から戻ったところだった。王家の紋章を掲げた使者は、尊大な態度で私に一通の手紙を差し出した。
「アリーシャ・フォン・クライスハイト殿。エドワード王太子殿下からの、寛大なるお言葉である。心して拝読するように」
私が手紙を開くと、そこには驚くべき内容が書かれていた。
『今までのことは水に流そう。君の才能は、辺境で腐らせるには惜しい。即刻王都に戻り、私の妃として、この国のために尽くすことを許可する』
どこまでも傲慢で、自己中心的な文面。謝罪の一言もなく、まるで恩を着せるかのような物言いに、私は怒りを通り越して、呆れてしまった。隣にいたカインの額には青筋が浮かび、マルコは「へっ、笑わせるぜ」と鼻で笑っている。
私は手紙を静かにたたむと、使者に向かって、はっきりと告げた。
「お断りいたします。王太子殿下にお伝えください。私の居場所は、ここヴァイスです。王妃の座など、一片たりとも興味はございません」
「な、何を言うか! これは王命であるぞ!」
「ここはすでに、王国の法が及ぶだけの場所ではありません。お引き取りください」
私の毅然とした態度に、使者は顔を真っ赤にしてすごすごと引き返していった。
その頃、王国では、もう一つの真実が白日の下に晒されようとしていた。
寵愛を失い、焦った聖女リリアナが、奇跡の力を取り戻そうと、王家の宝物庫に忍び込んだのだ。彼女の力の正体は、古代から伝わる、土地の生命力を無理やり吸い上げて豊作をもたらすという禁断の古代遺物の力だった。
彼女はその遺物を濫用し続けた結果、王国の土地そのものの生命力を枯渇させてしまったのだ。それが、近年の大凶作の真の原因だった。
すべてが露見し、リリアナは「偽りの聖女」として民衆から石を投げられ、その権威を完全に失墜した。彼女は修道院に幽閉され、エドワード王太子の求心力も、もはや地に落ちていた。
王国の崩壊は、もはや誰の目にも明らかだった。




