第9章:隣国の若き王
私が王国の使者を毅然と追い返す様子を、レストラン『フロンティア』のテラス席から、静かに見つめている一人の青年がいた。
上質だが華美ではない服を身にまとい、知的で穏やかな雰囲気を漂わせている。彼は数日前から街に滞在し、熱心にヴァイスの街を見て回っていた。私は彼を、裕福な商家の若旦那か何かだと思っていた。
使者が去った後、私がレストランに戻ると、その青年が立ち上がり、私に近づいてきた。
「見事な対応でした、アリーシャ殿」
その声には、不思議な威厳があった。
「あなたは……?」
私が問いかけると、青年は悪戯っぽく微笑み、恭しく一礼した。
「失礼。自己紹介が遅れました。私はレオニール。隣国であるシルベスタ王国の王です。お忍びで、あなたの素晴らしい街を見学させていただいておりました」
「なっ……国王陛下!?」
まさかの正体に、私は驚いて言葉を失った。マルコもカインも、慌てて膝をつこうとする。
「どうか、そのままで。ここでは、私はただの旅人です」
レオニール王はそう言って私たちを制すると、改めて私に向き直った。
「アリーシャ殿。私はこの数日、あなたの街を見て回り、深く感銘を受けました。痩せた土地をこれほど豊かな穀倉地帯に変え、人々は希望に満ちた顔をしている。あなたの為政者としての手腕は、大陸のどんな王にも劣らない」
彼の言葉には、お世辞ではない、心からの称賛がこもっていた。エドワードとは大違いだ。この人は、物事の本質を見抜く目を持っている。
「もったいないお言葉です」
「謙遜なさらないでください。私は、あなたのような指導者と、ぜひとも話をしたい。後日、改めて正式な会談の場を設けてはいただけませんか?」
若き改革派として知られる、隣国の王からの申し出。それは、ヴァイスの運命を、そして大陸の勢力図すらも塗り替える可能性を秘めた、歴史的な瞬間だった。
私は、彼の真っ直ぐな瞳を見つめ返し、力強く頷いた。
「ええ、喜んでお受けいたします」




