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錬金術?いいえ、材料工学です。授かったスキルで海洋国家の覇者になります!  作者: 秋澄しえる


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第9話「契約」

 工房の炉の火が、三人の顔を赤々と照らしている。


 マエストロ・ビアージョは、ルカが持ち込んだ「純鉄のインゴット」を鉄床アンビルの上に置くと、愛用のハンマーを振り上げた。


「…いいか小僧。俺の腕を疑うわけじゃねぇが、こいつは普通じゃねぇ」


 ビアージョの太い腕が唸りを上げ、ハンマーが振り下ろされる。


 ガァンッ!!


 凄まじい金属音が工房を揺らした。アディが思わず耳を塞ぐ。


 だが。


「…やっぱりな」


 ビアージョが舌打ちをしてハンマーを持ち上げた。


 銀色に輝くインゴットには、傷ひとつついていない。


 それどころか、ビアージョの鋼鉄製ハンマーの打面に、浅く凹みができていた。


「嘘…お爺さんのハンマーが負けた!?」


 アディが目を丸くする。


 ビアージョは忌々しそうにハンマーを放り投げた。


「硬すぎるんだよ、この鉄は。不純物がねぇせいで、結晶構造が密すぎてやがる。熱して叩こうにも、こいつが赤熱する温度まで上げるには、ウチのコークス炉じゃ火力が足りねぇ」


「…でしょうね」


 ルカは眼鏡を押し上げ、燃え盛る炉の火を冷静に見つめた。


(炎の色がオレンジに近い。…推定温度は1100度から1200度。でも、純鉄の融点は約1538度だ。この時代の送風技術じゃ、どうあがいても溶ける温度には届かない)


 ルカは頭の中で科学的な結論を出してから、ビアージョに向き直った。


「マエストロ、この炉の火力じゃ無理です。この鉄を飴のように柔らかくするには、もっと『白く輝くほどの熱』が必要ですから」


「ああ。お手上げだ。素材は最高だが、こいつを加工する道具がこの世に存在しねぇ」


 ビアージョはドカリと椅子に座り込み、不貞腐れたように腕を組んだ。


 世界一の職人が、道具の限界で匙を投げようとしている。


 だが、ルカはニカっと笑った。


「道具がないなら、作ればいいんですよ」


「あぁ?何言ってやがる。鉄より硬い道具なんて、何で作る気だ。ダイヤモンドか?」


「いいえ。…『超硬合金』です」


 ルカはポケットから、例の麻袋に残っていた「黒い粉末」を取り出した。研究所(仮)で『粉砕』した時に出た、重たいレアメタルの粉だ。


「マエストロ。この粉はタングステンと炭素を含んでいます。これを僕のスキルで結合させれば、鉄よりも遥かに硬い素材…『炭化タングステン』が作れます」


「たんか…たんぐ…?呪文か?」


「科学ですよ。見ててください!」


 ルカは作業台の端を借りると、黒い粉末を皿に広げ、そこに微量のコバルト粉末(これも粉砕済み)を混ぜ合わせた。


「左手で粉砕、均一化…そして右手で圧縮!」


 ルカの手のひらの間で、黒い粉末がギチギチと音を立てて収束していく。


 今回は球体ではない。


 鋭利な刃先を持つ、小さな「タガネ(鏨)」の形状をイメージして固める。


「…ふぅ。できました」


 ルカが差し出したのは、黒光りする無骨なタガネだった。


 ビアージョは半信半疑でそれを受け取った。


「やけに重てぇな…。これが鉄より硬いだと?」


「試してみてください。そのタガネとハンマーを使えば、あの純鉄も削れるはずです」


 ビアージョは鼻を鳴らし、再び鉄床に向かった。


 左手にルカの作った黒いタガネを持ち、右手のハンマーを振り下ろす。


 ギンッ!


 鋭い音が響いた。


 恐る恐る手元を退けると…銀色のインゴットの表面が、鮮やかに削り取られ、美しい螺旋状の切り屑が出ていた。


「…削れ、た…?」


 ビアージョの手が震えている。


 彼は驚きタガネの刃先を見た。


 刃こぼれ一つしていない。


 それどころか、まるでチーズを切ったかのような感触だった。


「な、なんだこれは…!こんな出鱈目な硬さの金属があってたまルカ!」


「ありますよ。ここ(僕の手の中)に」


 ルカは胸を張った。


 ビアージョはしばらくルカとタガネを交互に見つめていたが、突然、わはははは!と豪快に笑い出した。


「面白ぇ!最高に面白ぇぞ小僧!俺のハンマーを凹ませる鉄に、それを豆腐みてぇに削る黒い石!こんな素材をいじれるのは、世界中で俺だけだ!」


「じゃあ、協力してくれますか?」


「当たり前だ!これを他の職人に渡してみろ、悔しすぎて死んでも死にきれねぇ!」


 ビアージョはルカの肩をバシバシと叩いた。痛い。骨がきしむほど痛いが、その手には職人としての熱い魂がこもっていた。


「ただし、条件がある」


 ビアージョの顔が、ふっと真剣なものに変わった。


「この工房は、今日からお前専用の『秘密基地』にする。他の客は一切入れねぇ。俺はお前の持ってくる出鱈目な素材だけを加工する『専属職人』になってやる」


「えっ…いいんですか?他のお客さんを断っちゃって」


「構わねぇ。ナマクラ鉄を叩くのはもう飽き飽きしてたところだ。…その代わり、俺に『最高の仕事』をさせろ。お前の素材で、俺の技術を限界まで引き出してみせろ。それが条件だ」


 それは、雇用関係ではない。


 技術者と職人、互いのプライドを懸けた対等なパートナーとしての「契約」の申し出だった。


 ルカはアディと顔を見合わせ、大きく頷いた。


「はい!お願いします、マエストロ!」


「おう!…さて、契約成立だ。早速仕事にかかるぞ」


 ビアージョはルカが持参したもう一つの素材、「赤い宝石(焼結コラル)」を手に取った。


「まずはこいつを『お守り』に加工するんだったな?この硬度なら、爪留めよりも『覆輪ふくりん留め』の方が映える。銀の板はあるか?」


「あ、ロレンツォ兄さんから預かった銀貨があります!」


「よし、溶かして延べ棒にするぞ。ふいごを回せ小僧!嬢ちゃんは水を用意だ!」


「はいっ!」


 工房に、新たな活気が満ちる。


 ルカの科学知識と、ビアージョの神業。


 二つの才能が融合し、マルチェッロ商会起死回生の商品が、今まさに生まれようとしていた。



(第9話「契約」終わり)



◆◇◆次回予告◆◇◆


「マエストロ・ビアージョ、噂通りのすごい技術だ…!僕が作ったタガネを指先みたいに操って、硬い銀を飴細工みたいに曲げていく。ルビー色の珊瑚を包み込む、繊細で優美な銀のつた。科学と芸術が融合した時、ただのお守りは『至高の宝飾品』に変わる!」


「次回、『銀枠』。ロレンツォ兄さん、これいくらで売る気!?」

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