表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
錬金術?いいえ、材料工学です。授かったスキルで海洋国家の覇者になります!  作者: 秋澄しえる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

61/67

第61話「ブランド」

 僕は机の上に、これまでの商品のリストと、これからの計画書を広げた。


 ロレンツォ兄さんとランさんが、興味深そうにそれを覗き込む。


「ロレンツォ兄さん。これからは、これまで販売してきた顔料やアクセサリー、真珠、靴は生産をさらに絞ろうと思うんだ」


「絞る?」


「うん。でも、これから最強の灯台と帆船を作るには、僕の時間と労力をそっちに注力したい。今のままだと、日々の商品生産に追われて開発が進まなくなっちゃう」


 兄さんは腕を組み、少し考え込んでから口を開いた。


「…いいんじゃないか。今のウチの商品は、欲しがる奴は山ほどいるが、供給が追いついてねぇ。特にコンペで実質的な勝利を得てから、マルチェッロ家の価値はぐんぐん上昇している」


 兄さんの目が、鋭い商人の光を帯びる。


「数を減らした分、値段を上げればいい。それだけのブランド力はついていると思うぜ。安売りする必要はねぇ」


「うん、賛成してくれてありがとう。…で、ここからが作戦なんだけど」


 僕は一枚の羊皮紙を指差した。


 そこに書かれた文字は『マルチェッロ・ブランド戦略』。


「僕の『最強計画』には、建設費もそうだけど、維持費も莫大にかかる。それに、一番怖いのは対価のない技術流出だ。…だから、単に物を売るんじゃなくて、『仕組み』で稼いで、技術を守る戦略を考えたんだ」


「ほう、仕組みで稼ぐ、か。面白そうだな」


 ランさんも身を乗り出す。


 僕は二つの柱を説明した。


「一つ目は、『特許制度』の活用」


「コンペの時にドージェも言っていたしな」


「そう。これまではあまり気にしてなかったけど、これからはきちんと特許申請して、もらえるものはもらえるようにしないとダメかなと思って。ただ、どれもこれもすべてというわけではなく、区分けはしておきたいかなと考えてるよ」


「区分け?」


「うん。特許という観点から見た僕の技術には、大きく分けて三つあるのね。僕しか作れないものと、僕が作った材料がないと作れないものと、材料は誰でも揃えられるけど、正しい作り方をしないと使いものにならないもの」


「ああ、なんとなくわかるぞ」


「僕しか作れないものは特許の必要がない。僕が作った材料がないと作れないものは、この先、必要な材料を作ることができるかもしれない。その時のために製法の特許をとっておく」


「できるかもしれないなんていう憶測でいいのか?」


「だって、その材料、他国や他の地域ではすでに一般的かもしれないじゃないか。僕たちは世界のことをすべて知っているわけじゃない。だから、先に特許をとっておくにこしたことはないと思う。そこの見極めは僕がするよ」


「ああ、そうしてくれ。おれには判断つきかねる」


「うん、わかった。もう一つの話は、この先に話したいことと絡むので、その時にお話するね」


「わかった」


 堂々と技術を公開することで、セレニア全体の技術レベルを上げつつ、特許料で稼ぐ。理想の形だよね。


「最初は、技術に関する各ギルドとの独占契約も考えていたんだけど、共和国の『技術顧問』として活動できるなら、それぞれのギルドを相手にするよりは、公的な制度とドージェを相手にした方がいいしね」


「違いねぇ」


「そして二つ目。商品の絞り込みと、シフトチェンジ」


 僕は既存の商品リストにバツ印をつけ、新しい項目を書き加えた。


「アクセサリーみたいな嗜好品は、超高級路線にして数を減らす。その代わり、大量生産して安定的に稼ぐ商品を一つ作る」


「なんだ?そんな都合のいい商品があるのか?」


「あるよ。…名付けて『リンス』だ」


「リンス?」


「髪を洗った後に、髪を美しくする代物さ」


 僕は身を乗り出して説明した。


「兄さん。セレニアには『サポーネ・ディ・セレニア』という、世界に誇る高級石鹸がある。…でも、あれで髪を洗うとどうなるか知ってるよね」


「あ?そりゃあ…キシキシするし、乾くとゴワゴワになるな。櫛も通りにくくなる。だから貴族の女性たちは、髪を洗うのを嫌がって香油で誤魔化してるな」


「それってね、石鹸に含まれる『灰』の力が強すぎるからなんだ」


 僕は羊皮紙の空いたスペースに、『サポーネ・ディ・セレニア』の作り方と材料を書いた。


「石鹸は、油と灰を煮込んで作ってる。この灰の成分は汚れを落とす力が強いけど、髪の毛にとっては強すぎて、髪の表面が荒れてしまうんだ。だからゴワゴワになる」


「ふむ…なるほど。汚れは落ちても、手触りが悪くなるわけか」


「そこで、僕が作るのはこれ。…荒れた髪を、本来のツヤツヤ、サラサラに戻す魔法の水『リンス』。これまで実験を繰り返してきて、ようやく理論がまとまった。材料もそこまで特別なものでなくてもいけそう」


 僕は、さらに書き込んだ。


「材料は、ワインビネガーやレモンに含まれる『酸味』を主成分に使う。石鹸の『灰の力』は、この『酸の力』と出会うと、お互いに打ち消し合って水に戻る性質があるんだよ」


 中和反応。


 ルカは心の中でそう補足したが、口には出さない。


「これで石鹸で洗った後の髪をすすげば、荒れた髪が、驚くほど滑らかな手触りになる。…一度これを使ったら、もう二度とこれ無しでは髪を洗えなくなるよ」


「打ち消し合って、元に戻す…?」


 ロレンツォ兄さんがゴクリと喉を鳴らした。


 商人の勘が、その商品の「立ち位置」の絶妙さを嗅ぎ取ったようだ。


「おいルカ。それってつまり…『サポーネ・ディ・セレニア』の敵になるんじゃなくて…」


「そう!『最高の相棒』になるんだ!」


 僕は自信たっぷりに言った。


「石鹸ギルドにはこう持ちかけるんだ。『うちのリンスと一緒に使えば、あなたたちの石鹸の評判はもっと上がる』って。そうすれば、敵を作らずに世界中に売ることができる」


「…ハッ!恐ろしいガキだ!」


 兄さんが膝を叩いて笑った。


「敵を作らず、既存の巨大市場にタダ乗りしようってのか。…最高だ。石鹸が売れれば売れるほど、ウチのリンスも売れる。濡れ手に粟だな」


「それに、製造も簡単なんだ。僕がつきっきりじゃなくても、材料を準備して手順通りの作業をすれば、誰でも大量生産できる。これなら僕の時間を奪わずに、安定して稼げる『尽きることのない金脈』になる」


 これが一番大きい。


 僕の役割は、最初の設計と品質管理だけ。


「僕がもし倒れても、技術と収入が残るようにしないとね。…マルチェッロ家のために」


 僕がそう言うと、ロレンツォ兄さんは少し複雑そうな顔をして、それからガシガシと僕の頭を撫でた。


「縁起でもねぇこと言うな。…だが、理屈は通ってる。お前一人に負担をかけすぎないための仕組みだな」


 兄さんは立ち上がり、拳を掌に打ち付けた。


「特許で、勝手にお金が入ってくる仕組みを利用し、『リンス』のような商品で安定的に稼ぐ。…そして、その金でまた新しい製品を作る」


 無限の回転。


 技術が富を生み、富が技術を加速させるサイクル。


「多数の特許をとれば、マルチェッロ家はただの商家じゃなくなるぞ。…共和国の技術の心臓になれる」


 ロレンツォ兄さんの顔に、野心的な笑みが浮かぶ。


 それは、弟を利用しようとする悪人の顔じゃない。


 弟の夢を、全力で支えて世界を変えようとする、頼れる共犯者の顔だ。


「よーし!やったろうじゃねぇか!どうせやるなら、セレニアを世界で一番富んだ国にするつもりでやろうぜ!」


 兄さんの言葉に、僕の胸が熱くなる。


 そう、僕の望みはそれだ。


 この美しい水の都を、もっと豊かに、もっと強くしたい。


「そう!僕はセレニアが好きだもん!世界一の国にしよう!」


 僕たちは顔を見合わせ、力強く頷き合った。


 ランさんも、「やれやれ、退屈しなさそうだ」と口元を緩めている。


「ところで、この『リンス』ってやつは特許申請しないのか?」


 ロレンツォ兄さんが不思議そうな顔を向けた。


「これはまだしない。市場の動向と売れ行きを見て申請するか決めるよ。仮に模倣品がでてきたら、それならそれで品質次第で対策を考えればいいかなと」


「まあ、確かにな。全部を縛っちまうこともない」


 方針は決まった。やることは山積みだ。でも、不思議と不安はなかった。


 最強のブランド『マルチェッロ』。


 その伝説が、今ここから本格的に始まろうとしていた。



(第61話「ブランド」終わり)



◆◇◆次回予告◆◇◆


「ブランド戦略は決まった!次はいよいよ新商品『リンス』の実践だ。街中で材料を買い集め、実際に作って…あ!ヴァレリアさんたちに手伝ってもらおう!『女の命』をかけた実験の結果はいかに!?」


「次回、『薔薇の乙女』。その輝きは、宝石よりも美しく!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ