第6話「解析」
深夜。
マルチェッロ家の屋敷が静まり返る中、裏庭の物置小屋――「マルチェッロ研究所(仮)」の窓から、オイルランプの微かな光が漏れていた。
ルカ・マルチェッロは、作業台に向かい合っていた。
目の前には、昨日カイから渡された麻袋から取り出した、拳大の「黒い石」が置かれている。
「…おかしい」
ルカは眼鏡の位置を直し、その石をランプの光にかざした。
ゴツゴツとした不格好な塊だ。
普通に見れば、ただの海底の岩石。あるいは船のバランスを取るためのバラスト(重り)用の石ころに過ぎない。
だが、ルカの手はその「異常な質量」を感じ取っていた。
「比重が大きすぎる。ただの玄武岩や安山岩じゃない。それに、この表面の独特な黒色光沢…」
ルカは作業台の隅にあった方位磁石を近づけた。
針がゆらりと振れる。
「磁性反応あり。…間違いない、これはただの石じゃない。『マンガン団塊』だ!」
ルカの声が、興奮で微かに震えた。
マンガン団塊。深海底に数百万年かけて形成される、金属の塊。
前世の記憶が告げている。これは鉄やマンガンだけでなく、ニッケル、コバルト、銅といった「レアメタル」を含有する、天然の合金資源だ。
「すごいよ…。まさか、この時代でこいつにお目にかかれるなんて。これは宝の山どころじゃない、国家戦略級の資源だ!」
現代なら、この石一つで国際問題になりかねない。
それが、カイの船では「重り代わりのゴミ」として転がっていたのだ。
「よし、解析開始だ」
ルカは深呼吸をし、黒い石に左手を添えた。
目を閉じ、意識を集中させる。
(…10、9、8…)
ルカの脳裏に、物質の構成図が青写真のように浮かび上がる。
複雑に絡み合った金属元素と、それを繋ぐ酸化物の結合。
(…3、2、1…『粉砕』!)
音もなく、硬い石がサラサラと黒い砂へと変わった。
ルカはすぐに皿の上で砂を広げ、磁石を使って成分をより分け始めた。
「酸化鉄、マンガン酸化物…そして、この微量に含まれる重い粒子がレアメタルか。今の僕の設備じゃ完全な寄り分けは無理だけど、主要な成分だけなら…」
ルカはより分けた黒い粉末の中から、特に磁力の強い「鉄分」を多く含む山を選び出した。
そして今度は、右手をかざす。
「理論上、不純物を取り除いて再結合させれば、製錬炉がなくても『純鉄』が作れるはず。…いくよ、『圧縮』!」
空間が歪むような圧力が、黒い粉末に襲いかかる。
ギチギチと軋む音。
粉末同士が原子レベルで融合し、新たな物質へと生まれ変わっていく。
やがて、ルカの手のひらに残ったのは、親指ほどの大きさの、銀色に輝く小さな塊だった。
「できた…!純度ほぼ100%の鉄だ!」
ルカは、その塊をつまみ上げた。
曇りのない、美しい銀色。
錆びやすい不純物が一切ないため、まるでプラチナのような輝きを放っている。
「すごい…これなら、錆びない釘も、折れない剣も作り放題だ!」
興奮のあまり、ルカは立ち上がった。
だが、すぐにその表情が曇る。
「…いや、待てよ」
彼は銀色の塊を、金槌で叩こうとして――止めた。
硬すぎるのだ。
彼の「圧縮」スキルは、粉末を固めて「素材」を作ることはできる。
だが、それを釘のような複雑な形にしたり、剣のように薄く伸ばしたりするには、固めるのと同時に型に入れるか、あるいは作った後に熱して叩く必要がある。
「この純鉄は硬すぎて、今の僕の道具じゃ加工できない。かと言って、最初から釘の形に圧縮しようにも、そんな精密な型はないし…」
ルカは作業台に突っ伏した。
「くぅ…!『素材』は作れても、『製品』にできないんじゃ意味がないよ。僕に必要なのは、材料工学だけじゃない…この素材を加工できる『技術』と『設備』と『人』…」
ガックリと項垂れるルカ。
その時、物置の扉がキィと開き、眠そうな声が聞こえた。
「…ルカ?まだ起きてるの?」
目をこすりながら入ってきたのは、アディだった。
寝間着の上に、ルカの上着を羽織っている。
「あ、アディ。起こしちゃった?」
「ううん。ルカがいないから、また何か爆発させてないかと思って」
「爆発なんて毎回しないよ!…見てくれ、これ」
ルカは銀色の塊をアディに渡した。
「わっ、重い!きれい…これ、銀?」
「ううん、鉄だよ。あの黒い石から取り出したんだ」
「ええっ!?あの石が、こんなピカピカになるの!?」
アディは目を丸くして、銀色の塊と黒い石の残骸を見比べた。
「すごいよルカ!」
「…でも、これじゃダメなんだ」
ルカは苦笑した。
「硬すぎて、今の僕には釘一本も作れない。宝の持ち腐れだよ」
「ふーん…」
アディは銀色の塊を光にかざし、それからニカっと笑った。
「じゃあ、やっぱりあのお爺さんのところに行かなきゃね!」
「お爺さん?」
「昨日話したじゃん!鉄に向かって怒鳴ってた、あの偏屈な鍛冶屋さん!」
ハッとして、ルカは顔を上げた。
マエストロ・ビアージョ。
セレニア一腕は立つが、性格は最悪だという噂の職人。
「…そうだね。僕の知識と、本職の鍛冶師の技術。その二つが揃えば、きっと…」
「きっと?」
「世界を変えるような道具が作れる!」
ルカの瞳に、再び情熱の火が灯る。
自分のスキルの可能性と、それを阻む壁。
そして、その壁を壊すための鍵。
すべてが繋がった気がした。
「ありがとう、アディ。…よし、寝よう!明日は忙しくなるぞ!」
「うん!おやすみ、ルカ」
二人はランプを吹き消し、小屋を出た。
夜空には満天の星。
その星々の運行を知る「海の民」の少女と、物質の理を知る「転生者」の少年。
二人の挑戦は、まだ始まったばかりだった。
(第6話「解析」終わり)
◆◇◆次回予告◆◇◆
「黒い石の正体はわかったけど、加工ができなきゃただの硬い塊だ。やっぱり僕には協力者が必要だね。ロレンツォ兄さんの計画通り、この『珊瑚のお守り』を持って、あの職人さんのところへ行こう!でも、その前に…えっ、この失敗した粉末、水に溶いたらすごい色に!?」
「次回、『顔料』。失敗だって、立派なデータなんだから!」




