第59話「調査」
水の都セレニアの港は、今日も熱気と喧騒に包まれていた。
カモメの鳴き声、荒々しい船乗りたちの怒号、そして積み荷の香辛料の香り。
世界中から船が集まるこの場所は、情報の宝庫でもある。
そんな港の一角を、僕たちは歩いていた。
メンバーは僕とアディ、ランさん、そしてエリシアさんとルーチェさんの五人だ。
「えーっと、ナポリタニアの旗は…」
僕はキョロキョロと停泊中の船のマストを見上げた。
ここに来た目的は「素材」探しだ。
狙いは、火山灰。
水中でも固まるローマン・コンクリートを作るために不可欠なんだよね。
「ルカ、あそこ!」
アディが指差した先には、赤と黄色の旗を掲げた中型の帆船が停泊していた。
船体は古びているが、喫水線が上がっている。荷下ろしを終えたばかりのようだ。
「ナポリタニアの紋章だね。…よし、行ってみよう」
僕たちは桟橋を渡り、その船へと近づいた。
甲板では、屈強な船乗りたちが出航準備に追われている。
「すみません!ちょっとお話を聞かせてもらえますか?」
僕が声を張り上げると、甲板長らしき髭面の男がこちらを睨んだ。
「あん?なんだい坊主。お使いなら他を当たんな。積荷はもう空だぞ」
「いえ、積荷じゃなくて…その、船底の『バラスト』について聞きたいんです」
男が怪訝な顔をする。
子供がバラストなんかに興味を持つなんて、奇妙だろうな。
「バラストだぁ?そんなもん見てどうする」
「実は、ナポリタニアの土を探していて…バラストにつかってないかなぁと」
僕が食い下がると、男は面倒くさそうに頭を掻いた。
「ああ、積んでるよ。…まさか、その土が欲しいって言うのか?」
「はい!」
男は呆れたように鼻を鳴らしたが、僕の後ろに控えるランさんの鋭い眼光を感じ取ったのか、部下に顎で合図した。
「…物好きなこった。おい、バラストの袋を一つ持ってきてやれ!」
ドサッ、と置かれた麻袋。
口が開かれると、中から灰色がかった砂が覗いた。
「ほらよ。ただの土だぞ」
僕は駆け寄って、土をひとつかみ手に取った。
色は灰色から褐色。
粒の大きさはバラバラで、細かい粉から小石くらいの粒まで混ざっている。
指先ですり潰してみる。
ジャリッ。
普通の土とは違う、鋭く尖った感触。そして、わずかな粘り気。
(外観はバッチリだ。あとは…)
僕は顔を近づけ、目を凝らした。
太陽の光を受けて、砂の中に混じる小さな粒子がキラキラと光っている。
ただの石英じゃない。
鋭利な破断面を持つ、ガラス質の光沢だ。
さらに、軽石のように気泡を含んだ粒子も見える。
「…間違いない」
僕は確信を持って呟いた。
ガラスを含んだ多孔質の粒子。そしてこの独特の色と質感。
これは、紛れもなく火山灰だ!
「ルカ、どう?」
アディが心配そうに覗き込んでくる。
僕は顔を上げ、満面の笑みで頷いた。
「うん、大当たりだよアディ!これが欲しかったんだ!」
僕は船乗りの男に向き直った。
「あの、この土、譲ってもらえませんか?あるだけ全部!」
「はあ?全部って…こっちはこれから出航するんだぞ。重しがなきゃひっくり返っちまう」
「代わりに、こっちで石や砂を準備します。交換の手間賃も含めて、十分な謝礼を払いますから!」
僕が金貨の入った袋をちらつかせると、男の目の色が変わった。
ただの土が金貨に化けるのだ。断る理由はどこにもない。
「へっ、話が分かるじゃねえか。…いいだろう、商談成立だ!」
◆◇◆◇◆
火山灰の積み替え手配をエリシアさんとルーチェさんに任せ、僕とアディ、ランさんは港の奥へと移動した。
そこには、ランさんが乗ってきた小型の帆船が係留されていた。
「さてと、次は場所を確認しにいくとしましょう」
ランさんが手慣れた様子で帆を上げ、舵を取る。
さすがは海の民。
その手際は、そこらの漁師よりも遥かに洗練されている。
風を孕んだ船は、滑るようにラグーナの水面を進み始めた。
目指すは東、外海との境界に横たわるエスト島だ。
船縁から身を乗り出し、風を感じているアディの髪がなびく。
ランさんは帆と舵を操りながら、懐かしそうに海を見つめている。
この兄妹にとって、海は庭みたいなものなんだろうな。
「見えてきたぞ」
ランさんの低い声に、僕は前方を注視した。
細長いエスト島の北端。
そこには、海に向かって突き出した小さな岬があった。
切り立った崖の上には、風雨に晒されて朽ちかけた石造りの建物が鎮座している。
「建物?…なんだろう…あれは、修道院?」
かつては祈りの場だったと思われるその場所は、今は誰も寄り付かない廃墟となっていた。
「どうだ、ルカ。お眼鏡にかなうか?」
「…完璧だよ、ランさん」
僕は地図と照らし合わせながら頷いた。
そして何より、あの修道院の建物だ。
「あそこなら、作業員たちの宿舎としてそのまま使えそうだね。壁も厚いし、少し手直しすればすぐに住める」
「ふむ。外海にも面しているから、資材の搬入が容易だな」
ランさんが的確な指摘をする。
「ここだね。やはり、ここにしよう」
僕の言葉に、アディが目を輝かせた。
「なんかワクワクするね!」
「うん!」
僕は岬を見上げ、そこにそびえ立つ巨大な灯台の姿を幻視した。
設計図は頭の中にある。場所も決まった。
あとは――これを作り上げる「手」が必要だ。
◆◇◆◇◆
マルチェッロ家に戻った僕たちは、さっそくロレンツォ兄さんを交えて作戦会議を開いた。
食堂のテーブルには、僕が描いた設計図と、エスト島の地図が広げられている。
「…なるほどな。場所はエスト島の北端。…計画自体は悪くねぇ」
ロレンツォ兄さんは顎を撫でながら、設計図を睨んだ。
しかし、その表情は渋い。
「だがなルカ。一番の問題は『人』だぞ」
兄さんは設計図の「乾式ドック」の部分を指で叩いた。
「これだけの規模の工事だ。しかも、工法も素材も、お前の技術の塊だろ?その辺の人足を集めて『はい、やってくれ』で済む話じゃねぇ」
「うん、それは分かってる。だから…」
僕は身を乗り出した。
「作業員は厳選したいんだ」
「おいおい、簡単に言ってくれるなよ」
ロレンツォ兄さんが呆れたように肩をすくめる。
「そんな都合のいい職人が、何人も空いてるわけねぇだろ。セレニア中のギルドに声をかけてかき集めたら、翌日には街中の噂になっちまうぞ」
「う…」
「それに、身元確認だの裏取りだのやってたら、人を集めるだけで数ヶ月はかかる。…金もバカにならねぇ」
兄さんの言う通りだ。
今回の計画は、規模が大きすぎる。
信頼できる少数の仲間だけでは、物理的に手が足りない。
かといって、不特定多数の人を入れたら、灯台、特に光源部分の技術流出が怖い。
「どうすれば…」
僕が頭を抱え込んだ、その時だった。
「ねえ、だったらさ」
横で話を聞いていたアディが、ポンと手を叩いた。
「お父さんに頼んでみたらどうかな?」
「え?」
「ん?」
僕とロレンツォ兄さんが同時に顔を上げる。
アディはランさんの方を見て、ニカっと笑った。
「そう!お父さんたちなら、海のことも詳しいし、口も堅いよ。それに、ルカの考えることって常識外れでしょ?普通の職人さんなら『無理だ』って言うかもしれないけど、お父さんなら…」
アディは悪戯っぽく笑った。
「『面白ぇ!』って言って、絶対に乗ってくると思うんだ」
その言葉に、部屋の空気が一変した。
カイさん。
海の民は、海を知り尽くした集団だ。
「…なるほどな」
腕を組んで黙っていたランさんが、口元を緩めた。
「確かにな。我々は、金よりも『ロマン』や『面白いこと』に弱いからな」
ランさんは、僕の設計図を指差した。
「ルカのこの図面を見せれば、親父は目の色を変えて飛びついてくるだろう。…それに、本拠地にも腕のいい職人が大勢いる。エスト島の厳しい海況でも問題なく作業できるだろうし信頼できる」
「た、確かに…!」
僕の脳裏に、豪快に笑うカイさんの顔が浮かんだ。
あの人なら、この無謀な計画を面白がってくれるかもしれない。
「よし!その案いただきだ!」
ロレンツォ兄さんがバン!とテーブルを叩いた。
「海の民との共同作業か。…悪くねぇ、いや、最高だ!」
「ランさん、お願いできますか?」
僕が頼むと、ランさんはニヤリと笑って立ち上がった。
「ああ、任せろ。…すぐにでも伝書鷹で連絡をとろう。『極上の獲物がある』ってな」
必要なピースが、少しずつ、しかし確実に集まり始めている。
止まっていた歯車が、轟音を立てて回り出したような予感がした。
さあ、忙しくなるぞ!
カイさんからの返事を待つ間にもやることが山積みだ!
(第59話「調査」終わり)
◆◇◆次回予告◆◇◆
「手に入れた火山灰と石灰、そして海水を混ぜ合わせる。見た目はただのドロドロの泥だ。本当にこれが岩のように固まるのか?兄さんも半信半疑だけど、化学反応は嘘をつかない。一晩待てば、世界を変える『液体の石』が誕生するはずだ!…一方、アディには強敵(家庭教師)が現れたみたい?」
「次回、『液体の石』。固まれ、僕たちの未来!」




