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錬金術?いいえ、材料工学です。授かったスキルで海洋国家の覇者になります!  作者: 秋澄しえる


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第57話「秘かな野望」

「ロレンツォ兄さん、そのお金、使わせてもらっていい?」


「あん?」


「一千二百枚のうち、二百枚は毎月ビアージョさんに顧問料として渡してほしいんだ。天秤の部品作りや、これから先のいろいろな製作には、ビアージョさんの協力が絶対に必要だから」


 ビアージョさんの技術と設備への投資。


 これは必須だ。


 彼がいなければ、僕のアイディアは形にならない。


「で、残りの一千枚は…僕の『研究開発費』にさせてほしい…」


 ロレンツォ兄さんは、僕の目をじっと見つめ、やがてフッと笑った。


「当たり前だろ。この金は、お前の技術が稼ぎ出したもんだ。お前の好きに使えばいい」


「兄さん…」


「商会の運営費や生活費は別で稼ぐから心配すんな。…で?その顔を見る限り、もう使い道は決まってるんだろ?」


 さすが兄さん。お見通しだ。


 僕は作業台の上の羊皮紙を広げた。


 そこには、昨夜眠れずに描いた、二つのラフスケッチがあった。


「うん。…作りたいものが、二つあるんだ」


 僕はまず、一枚目のスケッチを指差した。


 海の上にそびえ立つ、巨大な塔の絵だ。


「まずは『最強の灯台』」


 僕は熱く語り出した。


「コンペで見せた反射鏡は、確かにすごい性能なんだよ。でもね、あれはまだ部品の一つに過ぎないのね。…本当に夜の海を支配するには、あれを収める『完璧な器』が必要なんだ」


 既存の灯台は低く、脆い。


 僕が構想するのは、高さ五十メートルを超える巨塔だ。


 光源も、蝋燭や焚火ではなく、もっと強力な「科学の光」を使う。


「最大到達距離、三十キロメートル。…水平線の彼方まで光を届かせ、セレニアの船だけが夜間でも安全に入港できるようにする。これが完成すれば、共和国の海運は劇的に変わるはずなんだ」


 ロレンツォ兄さんが唸った。


「なるほどな。…港が二十四時間稼働すれば、物流の効率は倍になる。経済効果は計り知れねぇ。もっともな話だ」


「うん。だから、まずは詳細な設計図と費用を計算して、ドージェに提案しに行こうと思うんだ。これは国家規模の計画になるから」


 兄さんは頷き、そして僕の顔を覗き込んだ。


 その目は、いたずらを思いついた子供のように輝いている。


「…でも、それだけじゃねぇんだろ?」


 ドキリとした。


 兄さんは、二枚目のスケッチに視線を落としている。


 そこには、まだ誰にも見せたことのない「船」が描かれていた。


「…うん」


 僕は苦笑して、二枚目の羊皮紙を広げた。


 描かれているのは、ガレー船でもコグ船(丸型帆船)でもない。


 鋭利なナイフのような船首。


 極限まで無駄を削ぎ落としたフラットな甲板。


 そして、空を切り裂くように伸びる巨大なマストと、黒い帆。


 前世の記憶にある、最新鋭の大型セーリングヨットをモデルにした、究極の帆船だ。


「どちらかと言えば…こっちが本命なんだ」


 僕は震える指で、その船のラインをなぞった。


「『最強の帆船』だよ。…今のガレー船は、人が多すぎて効率が悪い。風向きにも弱すぎる。僕が作りたいのは、風そのものを動力に変えて、誰よりも速く、どこまでも自由に海を駆ける船だ。今の帆船ではダメなんだ」


 ランさんが、興味深そうにスケッチを覗き込む。


「櫂がない。そしてこの巨大な帆が二枚。不思議な形状の帆船だ」


「そう。でも、ただの帆船じゃないよ。僕の材料工学の粋を集めた傑作にするつもり」


 船体はCNFセルロースナノファイバー強化木材。


 帆は高強度の化学繊維(に近い素材)。


 そして、動力補助には高圧空気システムを組み込む。


 それだけじゃない。そのまま戦うことができるだけの武装も新しく作る。


「お金は、灯台よりもかかるかもしれない。技術的な課題も山積み。完成まで二年…いや、もっとかかるかもしれない」


 僕は二人を交互に見つめた。


「でも、絶対に作りたい!この船が必要になる時が必ず来る!」


 そして、僕は声を潜めた。


「…ただ、この船のことは、ドージェにも秘密にしたい」


「ほう?なんでだ?」


 ロレンツォ兄さんの顔が面白がってる。


「国家の船として管理されたくないんだ。あくまで、マルチェッロ家の、僕たちのためだけの『翼』として持っておきたい。…いざという時、大切な人を守れるように」


 アディを守る。


 家族を守る。


 そのためには、誰の指図も受けない、圧倒的な「個の力」が必要だ。


 ロレンツォ兄さんは、しばらくスケッチを見つめ、やがて大きく息を吐いた。


「…上等だ」


 兄さんはニカっと笑った。


「気に入ったぜ。国に飼われるだけの番犬になるつもりはねぇってことだな。…いいだろう。灯台は表の顔、この船は俺たちの裏の切り札だ」


「俺も協力しよう」


 ランさんが腕を組んで頷いた。


「面白そうだ。そんな船ができたら、俺も乗せてくれよ?」


「もちろんですよ、ランさん!」


 僕は嬉しくなって叫んだ。


 二人の協力を取り付けた。


 資金もある。


 技術もある(たぶん)。


 あとは、やるだけだ。


「よし!じゃあ、さっそく設計に取り掛かるよ!まずは灯台の図面を仕上げて、ドージェを説得する材料を作らないと!」


 僕は羽ペンを取り、インク壺に浸した。


 頭の中にはアイデアが溢れている。


 早く形にしたい。その一心で、僕は羊皮紙に向かおうとした。


 グラリ。


 不意に、視界が大きく揺れた。


 ペンを持つ手が震え、インクがポタリと机に落ちて黒い染みを作る。


「…あれ?」


 体を支えようと机に手をつくが、力が入らない。


 そういえば、ここ数週間、まともに寝ていない気がする。


 コンペの準備で徹夜続きだったし、昨日の祝勝会でも興奮してあまり眠れなかった。


 緊張の糸が切れた反動が、今になって一気に押し寄せてきたようだ。


「おい、ルカ!」


 倒れそうになった僕の体を、ロレンツォ兄さんの太い腕が支えた。


「大丈夫か!?顔色が真っ青だぞ」


「だ、大丈夫だよ兄さん…。ちょっと眩暈がしただけで…」


「大丈夫なわけあるか!お前、目の下のクマが凄いことになってるぞ」


 兄さんは僕の手から羽ペンを奪い取ると、インク壺に戻した。


「今はまず休め!話はそれからだ!今日はもうずっと寝てること!いいな!」


「ええっ!?で、でも、図面を描かないと…アイデアが逃げちゃう…」


「逃げやしねぇよ!逃げるのはお前の体力だ!」


 ロレンツォ兄さんは問答無用で僕を担ぎ上げた。


「ちょ、兄さん!降ろして!僕はまだやれるんだ!」


「往生際が悪いぞ、ルカ」


 助けを求めてランさんを見ると、彼は腕を組んで深く頷いていた。


「ロレンツォの言う通りだ。技術者にとって体調管理も仕事のうちだぞ。…お前が倒れたら、誰がその『最強の船』を作るんだ?」


「うぅ…それはそうですけど…」


「というわけで、強制連行だ」


 ランさんも僕の足の方を掴んだ。


 えっ、二人掛かり!?


「わあぁぁっ!ランさんまで!やめてよ、子供扱いしないで!」


「子供だろうが。十三歳になったばかりのな」


 ロレンツォ兄さんが笑い飛ばす。


「ほら行くぞ!アディに言って、最高に寝心地のいいベッドとホットミルクを用意させてやるからよ!」


「もぐーっ!(抵抗しようとする声)」


 ジタバタと暴れる僕を、二人の大男は軽々と運んでいく。


 工房の扉が開け放たれ、僕は眩しい朝の光の中に連れ出された。


「離せー!僕は描くんだー!最強の灯台をー!」


「はいはい、明日な明日!」


 僕の悲痛な叫び(と、二人の楽しそうな笑い声)が、マルチェッロ家の庭に響き渡る。


 まったく、過保護すぎるよ。


 でも、その温かさに、僕は逆らえずに目を閉じた。


 意識が急速に遠のいていく。


 夢の中でなら、続きが描けるかもしれない。


 そんなことを考えながら、僕は深い眠りへと落ちていった。



(第57話「秘かな野望」終わり)



◆◇◆次回予告◆◇◆


「アディです!ルカの野望はスケールが違いすぎるよ!『最強の灯台』を建てる場所は、なんとエスト島の断崖絶壁。あんな波の荒い場所にどうやって土台を作るの?ルカは『海の中で固まる石』を作るって言うけど、そんな魔法みたいな石、本当に存在するの?古代の知恵が、不可能を可能にする!?」


「次回、『青写真』。失われた技術を蘇らせろ!」

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