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錬金術?いいえ、材料工学です。授かったスキルで海洋国家の覇者になります!  作者: 秋澄しえる


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第49話「真理の天秤」

 工房は、異様な熱気に包まれていた。


「…『比重ひじゅう』だよ」


 僕は作業台に広げた羊皮紙を指差し、集まった家族たちに説明した。


「金、銀、銅、鉛…。物質にはそれぞれ、決まった『密度』があるんだ。これはどんなに見た目を似せても、絶対に誤魔化せない数字なんだよ」


 ロレンツォ兄さんが、眉間に皺を寄せて腕を組む。


「理屈は分かった。重さと体積の比率ってやつだろ?だが、どうやってそれを測る?金貨の大きさなんて、職人が手作業で作ってるからバラバラだぞ。体積なんて測りようがねぇ」


「そこで、水の力を借りるんだ」


 僕は水槽の図を描いて見せた。


「物を水に沈めると、その物が押しのけた水の重さ分だけ、軽くなるんだ。…つまり、空気中の重さと、水の中での重さを比べれば、その物体がどれくらい水を押しのけたか…つまり『体積』が正確に分かる」


 ランさんが、壁に寄りかかりながら口笛を吹いた。


「なるほどな。体積を測るのに定規はいらない。水に聞けばいいってわけか」


「うん。そして、この法則は絶対だ。どんなにメッキを厚くしても、中身が軽い鉛なら、水の中での変化は大きくなるからね」


 僕は表情を引き締めた。


「でも、問題があるんだ。金貨一枚の体積はごくわずかだ。水に入れた時の重さの変化なんて、ほんの数滴の水滴分しかない。…今の市場で使われている天秤じゃ、摩擦や誤差が大きすぎて、針がピクリとも動かないか、デタラメな数値を指すだけだ」


 既存の天秤は、アーム自体が重く、支点の摩擦も大きい。


 0.01グラム単位の攻防には耐えられないのだ。


「だから作るんだ。…羽毛の重さでも揺れるような、世界で一番高感度な天秤を」


 僕は作業台の上の黒い粉末――炭素カーボンと、細い鉄の棒を見つめた。


「鉄の芯に、カーボン繊維を巻き付けて『圧縮』する。…鋼鉄よりも硬くて、木よりも軽いアームを作るよ」



◆◇◆◇◆



 その日から、ビアージョさんの工房での地獄のような作業が始まった。


 僕は鉄の芯材に、糸状にした炭素繊維を丁寧に巻き付けていく。


 ただ巻くだけじゃない。


 スキル『圧縮』を使って、繊維の隙間を完全に埋め、鉄と炭素を分子レベルで一体化させるのだ。


「…くっ…!」


 額から汗が滴り落ちる。


 均一な圧力をかけ続けないと、歪みが出てしまう。


 ミクロン単位の精度で、軽さと剛性を両立させる。


「坊主、無理すんな。…ほれ、水だ」


 ビアージョさんが水差しを渡してくれた。


 彼の方も、別のパーツと格闘している。


 水槽の水位上昇と、重量変化を同時に測定し、それを針の動きに変換する「精密歯車」の製作だ。


「こいつは骨が折れるぜ…。時計職人でも裸足で逃げ出す細かさだ」


「お願いします、ビアージョさん。…この歯車がスムーズに動かないと、正確な比重が出ないんです」


 僕はフラつく頭を振って、作業に戻った。


 アームだけじゃない。支点となるナイフエッジ、数値を拡大表示するリンク機構。


 すべてが未体験の領域だ。


 何度も失敗した。


 アームが歪んだり、歯車が噛み合わなかったり。


 そのたびに、僕はスキル『粉砕』でパーツを分解し、最初から作り直した。


 三日、五日、七日…。


 時間は無慈悲に過ぎていく。


 僕は毎日、自宅と工房を往復し、時には工房の床で泥のように眠った。


 途中、ロレンツォ兄さんが顔を出した。


「…ダメだ。現金を貸してくれそうな商人も貴族もいねぇ」


 兄さんは悔しそうに唇を噛んでいた。


 僕は兄さんに、制作中の天秤を見せた。


「兄さん、あと少しなんだ。…これが完成すれば、現金なんていらなくなる」


「本当か?…分かった。俺はもう少し粘ってみる。お前はそれに賭けろ」


 兄さんの背中を見送り、僕は再び作業台に向かった。


 アディが、黙って僕の血の滲んだ指に包帯を巻いてくれる。


 ランさんが、黙々とふいごを吹いて炉の温度を保ってくれる。


 家族全員が、戦っていた。



◆◇◆◇◆



 期限まであと三日となった夜明け前。


 工房の作業台の上に、それは完成していた。


 高さ五十センチほどの、漆黒の天秤。


 アームはカーボン複合材で作られ、見た目の重厚さとは裏腹に、息を吹きかけただけで揺らぐほど軽い。


 台座には複雑な歯車機構が組み込まれ、水槽と連動して動くようになっている。


 『真理の天秤ビランチャ・デッラ・ヴェリタ』。


「…できた」


 僕は掠れた声で呟いた。


 ビアージョさんも、煤けた顔で満足げに頷いている。


「…試します」


 僕は震える手で、「本物の金貨」を皿に乗せた。


 針が動く。


 次に、水槽のレバーを操作し、金貨を水に沈める。


 カチ、カチリ…。


 微細な歯車の音がして、針が文字盤の上を滑る。


 そして、ピタリと止まった。


 文字盤には「真(VERITA)」と記されている。


「…純金の比重。正常だ」


 次に、兄さんが掴まされた「表面だけ金の偽造貨幣」を乗せる。


 見た目は本物と変わらない。


 だが、水に沈めた瞬間――。


 ギィィ…。


 針は「真」を通り過ぎ、赤い文字で書かれた「偽(FALSO)」の領域まで大きく振れて止まった。


「…成功だ!」


 僕が叫ぶと、アディが泣きながら抱きついてきた。


 ランさんがガッツポーズをし、ビアージョさんが豪快に笑う。


「へっ、とんでもねぇモンができちまったな。…こいつは銀行家なら、魂を売ってでも欲しがる代物だぜ」


 ビアージョさんの言葉に、僕は深く頷いた。


「うん。…これを持って、ロレンツォ兄さんに報告してくる」



◆◇◆◇◆



 自宅に戻ると、ロレンツォ兄さんと父さんは、まだ食堂で頭を抱えていた。


 金策は尽き、万策尽きたといった様子だ。


「ただいま、兄さん、父さん」


 僕が声をかけると、二人は力なく顔を上げた。


「ルカか…。すまねぇ、俺の力が足りないばかりに…」


「ううん、大丈夫だよ。…これを見て」


 僕はテーブルの上に、黒い天秤を置いた。


「これは…?」


「『真理の天秤』だよ。これがあれば、どんな精巧な偽金も、水一杯で完璧に見抜けるんだ」


 僕は二人の前で実演して見せた。


 偽金が暴かれる瞬間を見たロレンツォ兄さんの目に、商人の鋭い光が戻った。


「…すげぇ。こいつは本物だ」


「うん。銀行家にとって、偽金を見抜けない恐怖は死に等しい。…エンリコさんは、絶対にこれを欲しがるはずだよ」


 ロレンツォ兄さんは、天秤を食い入るように見つめ、そしてニヤリと不敵に笑った。


「なるほどな。金で返せと言われたから、金を見抜く機械で返すってか。…最高だぜ、ルカ」


 兄さんは立ち上がり、上着を羽織った。


「決まりだ。明日、エンリコのところへ行くぞ。…この『真理の天秤』を突きつけて、借金をチャラにさせる」


「うん!」


 父さんも涙を拭い、力強く頷いている。


 絶望の霧は晴れた。


 僕たちの手には、最強の交渉カードがある。


 待っていろ、エンリコ。


 そして、その背後にいるだろうコルナーロ。


 僕たちの反撃は、ここからだ。



(第49話「真理の天秤」終わり)



◆◇◆次回予告◆◇◆


「完成した『真理の天秤』を持って、僕たちはエンリコさんの元へ乗り込んだ。『金は用意できたのか?』と冷笑するエンリコさん。僕たちが差し出したのは、金貨ではなく黒い天秤。最初は馬鹿にしていた彼だけど、実演を見た瞬間、顔色が変わった!『こ、これは…まさか…!』銀行家としてのプライドを揺さぶる、究極の心理戦!」


「次回、『傾く天秤』。借金地獄からの大逆転劇が幕を開ける!」

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