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錬金術?いいえ、材料工学です。授かったスキルで海洋国家の覇者になります!  作者: 秋澄しえる


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第46話「会議」

 興奮冷めやらぬ夜。


 マルチェッロ家の食堂は、普段とは違う熱気に包まれていた。


 テーブルの上には、書き損じた羊皮紙の山と、飲みかけのコーヒー。


 参加者は、父ジョヴァンニ、ロレンツォ兄さん、僕、アディ、そして居候のランさんの五人だ。


「…いいか、今回の勝負はデカい。ただの金儲けじゃねぇ」


 ロレンツォ兄さんが、地図を指で叩きながら言った。


「『聖なるミョウバン』の独占権。これを手に入れれば、マルチェッロ家は靴屋の枠を超え、共和国の産業を左右する存在になれる。…絶対に勝ちたい」


 兄さんの目は本気だった。


 父ジョヴァンニも深く頷き、腕を組んでいる。


 その重圧を受け止めつつ、僕はペンを走らせた。


「テーマは『航海を安全にする道具』…。船そのものを作る資金力はないから、僕たちは搭載する『装備』で勝負するしかない」


 僕が言うと、ランさんが身を乗り出した。


 彼は現役の船乗りだ。


 この中で唯一、海の現場を知っている。


「船乗りの視点で言わせてもらえば、欲しいものは山ほどある」


 ランさんは指を折りながら挙げ始めた。


「まずは精度の高い『羅針盤』だ。今の浮き針式は、波で船が揺れるたびに針が暴れて使い物にならん。乾式コンパスもあるが、あれは精度が低すぎる」


「なるほど…揺れに強いジンバル機構付きの羅針盤か」


 僕はメモを取る。


 確かに作れる。


 以前作ったベアリング技術を応用すれば、摩擦の少ない安定したコンパスができるはずだ。


「それと、正確な緯度を知るための『四分儀しぶんぎ』。太陽や星の角度を測る道具だが、今のは目盛りが大雑把すぎる」


「それも、僕のスキルで精密な目盛りを刻めば改良できますね」


 次々と挙がるアイデア。


 だが、決定打に欠ける気がした。


 羅針盤も四分儀も、あくまで「既存の道具の改良」だ。


 ダンテが持ち出してくるであろう「最新鋭ガレー船」のインパクトに勝てるだろうか?


「…あとは、正確な『海図』さえあれば、どこへでも行けるんだがな」


 ランさんがポツリと呟き、自分の荷物をごそごそと漁り始めた。


「…ちょっと待ってろ。これだ」


 彼が取り出したのは、一枚の古びた羊皮紙だった。


 それを広げた瞬間、僕は息を呑んだ。


「これは…!」


 そこに描かれていたのは、驚くほど精密な海岸線だった。


 入り組んだ湾、小島の位置、そして蜘蛛の巣のように張り巡らされた方位線(ルンブ線)。


 この世界に来てから見たどの海図よりも正確で、現代の地図に近い。


「『ポルトラノ海図』…!」


「ぽるとらの…?」


 僕が思わず前世の用語を口にすると、ランさんが怪訝な顔をした。


 僕は慌てて口を押さえる。


「あ、いや!すごいなと思って!これ、海の民の秘伝なんじゃ…」


「ああ。本来は部外者に見せるものじゃない。だが…お前たちは家族だ。問題ないだろう」


 ランさんは少し照れくさそうに言った。


 見れば見るほど、この世界の大陸の形は前世のヨーロッパ、特に地中海沿岸に酷似している。シチリア島がないくらいで、イタリア半島(長靴)の形もそっくりだ。


「似たような海図は陸の民も持っているとは思うがな、精度が段違いだ。これと精度の高い砂時計があれば、推測航法の精度は格段に上がる」


 ランさんは誇らしげだ。


 確かにすごい。


 でも…。


「…地図は『情報』であって『道具』じゃない。コンペで提出するにはインパクトが弱いかも」


 僕が唸ると、ロレンツォ兄さんも渋い顔で同意した。


 もっと、こう…審査員の度肝を抜き、一目で「これは世界を変える!」と思わせるような

、分かりやすい光が必要だ。


 その時。


 横で話を聞いていたアディが、ふと呟いた。


「ねえ…『灯台』は?」


 その場にいた全員の動きが止まった。


「灯台?」


「うん。夜の海って真っ暗でしょ?遠くからでも港の場所が分かれば、一番安心なんじゃないかなって」


 アディの素朴な提案。


 しかし、僕は首を傾げた。


「灯台は確かに重要だけど…今回のテーマは『道具』だよ?灯台そのものを建てるわけにはいかないし」


「それに、既存の灯台は大した役に立たん」


 ランさんが冷淡に切り捨てた。


「今の灯台は、塔の上で薪や石炭を燃やしているだけだ。煙で光は遮られるし、風が強ければ消える。反射鏡として青銅やすずの板を使っているが、すぐに曇るし、反射率も悪い。…ボヤッとした明かりが見えれば良い方だ。霧が出たら無意味だよ」


 そう。


 光が弱すぎるのだ。


 現代のような強力な電気ライトはない。


 頼れるのは炎の光だけ。


 それをどれだけ効率よく反射させても、限界がある。


 …待てよ?


 反射率?


「…あっ!」


 アディが声を上げた。


 彼女は突然立ち上がり、腰に帯びていた護身用の短剣を引き抜いた。


 以前、僕が彼女にプレゼントした、漆黒の短剣。


 シャラッ。


 ガス灯の光を受け、その刀身が妖しく煌めいた。


 金属の冷たい反射ではない。


 濡れたような、深みのある黒光り。


 しかし、そこに映り込んだ部屋の景色は、鏡のように鮮明で、歪み一つなかった。


「これ!ヴァレリアさんたちの剣もそうだったけど、この『黒いコーティング』って、すごく光を反射するよね?」


 アディが短剣をかざす。


 ランさんが目を見開いた。


「…そうだ。金属鏡と違い、表面が極めて平滑で、錆びることも曇ることもない…」


 僕の脳内で、パズルのピースが激しい勢いで嵌まっていく。


 青銅の鏡は、反射率が低い上にすぐに錆びる。


 銀メッキの鏡は明るいが、潮風ですぐに真っ黒になる。


 だが、ダイヤモンドに近い硬度と化学的安定性を持つDLCコーティングなら。


 永遠に曇らない、最強の鏡が作れる。


 さらに。


 ただの平面鏡じゃない。


 光を一点に集め、ビームのように飛ばす形状にすれば――。


「…できる」


 僕は立ち上がった。


「これまでとは比較にならない、収束した光を…数十キロ先まで一直線に届かせることができる!」


 放物面鏡パラボラ


 光の分散を防ぎ、平行光線として遠方へ投射する形状。


 これをDLCコーティングされた超高精度の鏡で作れば、小さな炎の光でも、レーザービームのように闇を切り裂くことができる。


「黒い鏡が、光を生む…。ただの焚き火の光を、天を貫く『エンピレオ(神の御座)』の光に変えるんだ」


 僕が興奮して呟くと、ランさんの眉がピクリと動いた。


「…エンピレオ?それはアルカディア聖書の言葉だぞ。ルカ、お前は敬虔なアルカディア教徒なのか?」


「えっ」


 僕は冷や汗をかいた。


 しまった。


 前世で読んだダンテの『神曲』に出てくる「天国エンピレオ」という言葉を、つい使ってしまった。


 この世界には「アルカディア教」という宗教があり、それは前世のキリスト教に近い存在のように感じていたが、僕は詳しくない。


「あ、いや、違います!昔、本で読んだだけで…どちらかと言えば、科学万能主義というか…」


「ふん、まあいい。異端審問官に聞かれたら面倒なことになるぞ」


 ランさんは苦笑して流してくれた。


 助かった。


 その時、今まで黙って聞いていた父ジョヴァンニが、ゆっくりと口を開いた。


「…光の道、か」


 父の声は、いつになく真剣で、どこか遠くを見ていた。


「昔…私がまだ若く、商会が全盛期だった頃のことだ。一刻も早く荷を届けようと、嵐の予兆がある夜の海へ船を出したことがある」


 父が静かに語り出す。


 それは、陽気なお父様ではない、かつて荒波を渡った一人の商人の顔だった。


「波は山のように高く、星も見えない闇の中…私は死を覚悟した。船員たちも祈り始めた。…その時だ。雲の切れ間から、微かな灯台の光が見えたのは」


 父は拳を握りしめた。


「あの頼りない、今にも消えそうな光が…私には神の救いに見えた。あれがなければ、私は今ここにいないだろう」


 食堂が静まり返る。


 父は僕を真っ直ぐに見つめた。


「ルカ。もしお前が、その『消えない光』を作れるなら…それはミョウバンの権利などよりも遥かに価値がある。どれだけの船乗りが、どれだけの家族が、その光に救われることか」


 父の言葉が、胸に熱く響いた。


 そうだ。


 コンペに勝つためだけじゃない。


 ダンテに勝つためだけでもない。


 僕の技術は、人を救うためにあるんだ。


「…うん。やるよ、父さん」


 僕は力強く頷いた。


 ロレンツォ兄さんが、バン!とテーブルを叩いた。


「決まりだな!俺たちの武器は『灯台の反射鏡』だ!世界一の光で、審査員どもの度肝を抜いてやろうぜ!」


「おう!」


 全員の声が重なった。


 方針は決まった。


 あとは、作るだけだ。


 僕の『圧縮』スキルと、ビアージョさんの鍛造技術があれば、理論上最強の放物面鏡が作れるはずだ。


 この時の僕たちは、希望に燃えていた。


 技術で未来を切り拓ける。


 そう信じて疑わなかった。


 ――明日、あの男が来るまでは。


 コルナーロ家の真の恐ろしさが、僕たちの希望を粉々に打ち砕きに来ることを、まだ誰も知らなかったのだ。



(第46話「会議」終わり)



◆◇◆次回予告◆◇◆


「方針が決まって、意気揚々と準備を進めていた僕たちの元に、突然あの人がやってきた。

銀行家のエンリコさんだ。でも、様子がおかしい。顔色が青いし、目が泳いでる。なになに!?いったいどうしちゃったの!?」


「次回、『脅迫』。コルナーロ家の魔の手が、僕たちの喉元に突きつけられる!」

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