第44話「火花」
数日後。
総督官邸の大ホールにて、コンペティションの公式説明会が開かれた。
会場には、名だたる大商会の代表や、造船ギルドの重鎮たちが集まっていた。
その異様な熱気は、今回の利権の大きさを物語っている。
僕とロレンツォ兄さん、そして護衛としてランが会場に入ると、周囲からヒソヒソと視線が集まった。
「見ろ、マルチェッロだ」
「最近、妙な靴と真珠で羽振りがいいらしいな」
「だが、交易権となると話は別だぞ。小さい船しか持たぬ素人同然の商人が出てきていい場所じゃない」
嫉妬と侮蔑の混じった囁き。
そんな声を無視して進むと、最前列に、ひときわ重厚なオーラを放つ一団がいた。
黒と金を基調とした服を纏った、コルナーロ家の人々だ。
その中心には、当主ヴィットーリオ・コルナーロ。
威圧的な髭を蓄えたその男は、周囲の商人を睥睨している。
そして、その横には――。
「…来ていたか」
冷徹な声がした。
ダンテ・コルナーロだ。
彼は僕を見つけると、優雅に、しかし氷のような笑みを浮かべて近づいてきた。
「奇遇だな、マルチェッロ。まさか靴屋風情が、国の根幹に関わる事業に首を突っ込んでくるとは」
「靴屋じゃありません。技術屋です」
僕が言い返すと、ダンテはフンと鼻を鳴らした。
「言葉遊びはいい。…だが、忠告しておいてやろう。今回のコンペは、小手先のアイデア商品で勝てるほど甘くはない」
ダンテの視線が、僕の背後にいるランを一瞬だけ捉え、すぐに僕へと戻る。
「我々コルナーロ家は、造船ギルドと提携し、最高傑作を用意している。そして何より…鉱山開発に必要な『資金力』が違う」
ダンテが一歩近づく。
「鉱山は山奥だ。道を拓き、人を雇い、運び出すには莫大な金がかかる。技術だけの貧乏商会に何ができる?評議会も、最後は『金のある者』を選ぶさ」
圧倒的な自信。
彼はすでに勝利を確信しているようだった。
バックについている権力、資金、組織力。すべてにおいてマルチェッロ家を凌駕しているという事実を、無言の圧力としてぶつけてくる。
「…金だけじゃ、人の命は守れません。僕たちは、本当に役立つものを作ります」
僕が精一杯の虚勢で答えると、ダンテの目が細められた。
「その青臭さが、命取りになると言っているんだ。…十一月二十二日。その日が貴様らの命日になると思え」
火花が散るような睨み合い。
ロレンツォ兄さんが、僕の肩にポンと手を置いて割って入った。
「ま、精々吠えてなよ、ダンテ坊ちゃん。…当日は、あんたらの度肝を抜く『魔法』を見せてやるからよ」
その時、ファンファーレが鳴り響いた。
壇上に総督フランチェスコ・グリマーニが現れ、厳かに開会を宣言した。
「諸君!我が共和国は海の子である!だが今、我らの母なる海は危険に満ちている。…この海を鎮め、安全をもたらす英知を示せ!その者には、北の山の『白い金』を約束しよう!」
ドージェの言葉に、会場が揺れるような歓声に包まれる。
だが、僕の耳にはダンテの去り際の言葉が残っていた。
『命日になると思え』
単なる比喩だろうか。
いや、あのコルナーロ家だ。正攻法だけで来るとは限らない。
政治的な妨害、あるいはもっと直接的な…。
◆◇◆◇◆
帰り道。
馬車の中で、ロレンツォは腕を組んで考え込んでいた。
「…コルナーロの野郎、自信満々だったな。造船ギルドと組んでるってことは、新型船を出してくる気か」
僕が言うと、ランが窓の外を見ながら呟いた。
「船の性能勝負になれば、資金力のあるあっちが有利だ。最新鋭のガレー船を一隻建造するのに、どれだけの金がかかるか…今のマルチェッロ家の財力では、真正面から張り合うのは分が悪い」
「違いねぇ」
ロレンツォが苦々しく頷く。
借金返済の目処は立ちそうにないうえ、大金が動く造船競争に付き合えば、商会は破綻する。
「船そのものじゃ勝てねぇ。…だとしたら、俺たちは『別の角度』から攻めるしかねぇな」
ロレンツォが僕を見た。
僕も頷いた。
「テーマは『航海を安全にする道具』だ。船を作れとは言われていない」
海のリスク。
それは船の頑丈さだけでは解決できない。
霧の中での位置確認、暗礁の回避、正確な進路の維持。
必要なのは「ハードウェア」ではなく、それを支える「システム(道具)」だ。
(僕にできることはなんだ?材料工学で、物理学で、海の安全を守る…)
脳内で、前世の知識と今世のスキルが高速で結びついていく。
まだ具体的な形にはなっていない。
「帰ったら、すぐに家族会議だ。…僕たちの誕生日に、最高の勝利をプレゼントしよう」
僕の言葉に、ロレンツォとランが力強く頷いた。
マルチェッロ商会の、社運を懸けた一ヶ月が始まる。
それは、単なるコンペティションではない。
僕たちの「未来」を勝ち取るための、総力戦だった。
(第44話「火花」終わり)
◆◇◆次回予告◆◇◆
「コンペへの参加を決めた僕たち。でも、ライバルのコルナーロ家は容赦がない。ダンテは『実力で勝つ』つもりみたいだけど、父親のヴィットーリオは違う。『負けは許されん』そう言って、恐ろしい命令を下していた!コンペで戦う前に僕たちを完全に潰す気だ…」
「次回、『コルナーロ』。怪物の牙が剥かれる!」




