表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
錬金術?いいえ、材料工学です。授かったスキルで海洋国家の覇者になります!  作者: 秋澄しえる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

42/67

第42話「来訪」

 早朝のマルチェッロ家。


 まだ通りを行き交う人の声もまばらな時間帯、僕はいつもの習慣で目を覚まし、水を飲みにリビングへと降りていった。


 すると、そこにはすでに先客がいた。


「…チッ、またかよ」


 テーブルに金貨の山を築き、一枚一枚を吟味しているのは、ロレンツォ兄さんだった。


 朝日はまだ差し込んでいない。


 ランプの明かりの下、兄さんの表情は険しい。


「ロレンツォ兄さん?おはよう。こんな早くから何してるの?」


「おう、ルカか。…なに、昨日の売上の確認さ。景気がいいのは結構なことだが、困ったオマケもついてきやがる」


 ロレンツォは指先でピンッ、と金貨を弾いた。


 そして、ため息交じりにその一枚を「別の山」へと放り投げる。


「それは?」


偽金ニセガネだよ」


「えっ…偽金?」


 僕は思わず声を上げた。


 前世の記憶にある現代社会と同じように、技術的には不可能なことではない。しかし、まさか自分たちの商売に紛れ込んでいるとは。


「ほら、こっちが普通の金貨」


 ロレンツォは僕の右手に本物を乗せ、


「で、こっちがデキの悪い偽金だ」


 左手に選り分けた一枚を乗せてくれた。


「…あ、重さが違う」


 僅かな差だが、左手の方が軽い。


 それに、指触りもどこか滑りすぎていて、金特有の吸い付くような感触がない。


「そいつは鉛に金メッキしただけの粗悪品だ。分かりやすくて助かるぜ。…だがな、最近はデキの良いやつが増えてきている」


 ロレンツォは眉間を揉んだ。


「金と銅の合金比率を変えたり、中に別の金属を仕込んだりして、重さも手触りも本物そっくりに仕上げてくる。こうなると、俺たちの目利きじゃ判別しきれねぇ」


「そういう時はどうしてるの?」


「分からなきゃ、気づかないフリをして受け取るしかねぇさ。疑って客を不快にさせる方が損だからな。…だが、銀行家や両替商はそうはいかねぇ」


 ロレンツォの声が低くなる。


「奴らにとって、貨幣の信用は命だ。偽金をつかまされたと知れれば、銀行の信用に関わる。だから奴らは、金貨を弾いた音の余韻を聞き分けたり、多様な検査方法を持っているらしいが…その正確な判別法は『秘中の秘』だ」


(秘中の秘…か)


 僕は弾かれた金貨を見つめた。


 材料工学的に考えれば、非破壊検査の方法はある。


 比重、導電率…。


 けれど、この時代の道具だけでそれを「手軽に」行うのは難しい。


 銀行家たちは、長年の経験と勘、そして門外不出のノウハウで経済の血管を守っているのだ。


 ロレンツォが金貨を袋にしまおうとした、その時だった。


 カラン、カラン…。


 玄関の呼び鈴が鳴った。


 こんな早朝に客?牛乳の配達にしては遅いし、郵便にしては早すぎる。


「私が参ります」


 厨房にいたヴァレリアが、手ぬぐいで手を拭きながら玄関へ向かった。


 僕とロレンツォも顔を見合わせ、後を追う。


 玄関の扉が開く音がして、すぐにヴァレリアの驚いた声が響いた。


「――ッ!?ラン様!?どうしてこちらに!?」


 ラン?


 聞き覚えのない名前に首を傾げていると、ヴァレリアに続いて、一人の青年が居間に入ってきた。


 その姿を見た瞬間、僕は「海の民だ」と直感した。


 年齢は十七、八歳くらいだろうか。


 アディやカイさんと同じ、健康的な褐色の肌と、濡れたような黒髪。


 ただ、その髪は無造作に短く刈り込まれている。


 背中には使い込まれた長弓を背負い、腰には船乗りが使うような実用的な短剣を一振り。


 決して派手ではないが、その瞳は人に媚びず、遠くの水平線を見据えるような静かな強さを宿していた。


 青年は部屋を見渡し、僕に視線を止めた。


 射抜くような鋭い眼差し。僕は思わず背筋を伸ばした。


「…お前が、ルカ・マルチェッロか」


「は、はい。そうですけど…」


「そうか。妹と、その婚約者の顔を見に来た」


 青年は短く言った。


 その声は低いが、不思議と威圧感はなく、むしろ不器用な誠実さを感じさせた。


 その時、二階からドタドタと足音がして、アディが飛び出してきた。


「今の声、まさか…!」


 アディは階段の途中で立ち止まり、目を丸くした。


「お兄ちゃん!?なんで急に!」


「…寄っただけだ」


「また適当に…!」


 アディが頬を膨らませて階段を駆け下り、青年の胸をポカポカと叩いた。


 この人が、アディのお兄さんなんだ…。


「アディ、久しぶりだな。少し背が伸びたか?」


「伸びたよ!もう子供扱いしないで!…それより、お父さんの手伝いはどうしたの?また勝手に船を降りて放浪してたんでしょ!」


 アディの剣幕に、ランは少し困ったように視線を逸らした。


「親父には伝えてある。…俺には俺の、探すべきものがあるからな」


「またそれ!『自分探し』なんて言い訳だよ!お兄ちゃんは弓も潜水もすごいのに、どうしてリゾーラのために使わないの!?」


 アディは本気で怒っているようだった。


 彼女にとって、父カイを支え、海の民のために働くことは当然の義務であり、誇りだ。


 だからこそ、その才能を持て余してフラフラと旅をしている兄が歯がゆいのだろう。


 だが、僕はランの目を見て、直感的に感じた。


 彼は逃げているわけじゃない。


 自分の足で世界を見て、何かを見つけようとしている求道者の目だ。


 そこへ、騒ぎを聞きつけた両親が二階から降りてきた。


「なんだなんだ、朝から賑やかだな…おや?」


 父ジョヴァンニが目をこすり、見慣れぬ青年を見て首を傾げた。


 ヴァレリアがすかさず紹介する。


「旦那様。こちらはアディお嬢様の実兄、ラン様です」


「なんと!アディちゃんの兄君か!?」


 ジョヴァンニがカッと目を見開いた。


 そして次の瞬間、大げさに両手を広げてランに歩み寄った。


「なんてことだ!ようこそマルチェッロ家へ!アディちゃんの兄君ならば、私の息子も同然だ!ルカの義理の兄になるお方だ、歓迎するぞォォッ!」


 暑苦しいほどの歓迎ぶりに、ランは少し面食らったように後ずさったが、すぐにフッと表情を緩めて一礼した。


「…突然の訪問、失礼する。ランだ」


「まあ、凛々しい方ね。旅装のままでお腹が空いているでしょう?今すぐに朝食を増やしますね。マリア、お願いできるかしら?」


 母イザベッラも嬉しそうに微笑んだ。


 マリアが一礼して厨房へ戻る。



◆◇◆◇◆



 そのまま、ランも交えての賑やかな朝食となった。


 温かいスープとパンを囲みながら、話題は自然とランの旅の話、そして商売の話へと移っていった。


「なるほど。偽金に悩まされているのか」


 ランがスープを啜りながら言った。


「ああ。お前さんの旅先ではどうだ?他国でも出回ってるのか?」


「ミラノーヴァ公国では、鉛ではなく『すず』を混ぜた精巧な偽金が出回っていたな。あれは重さも本物に近い」


 ロレンツォが尋ねると、ランは淡々と、しかし的確に答えた。


「商人たちは、金貨を水に沈めて泡の出方を見るとか、妙なまじないに頼っていたが…結局は『信用できる相手としか取引しない』のが一番の自衛策になっていた。信用こそが、最もコストの低い防壁だ」


「…ほう」


 ロレンツォが感心したようにスプーンを止めた。


「戦士かと思ったが、随分と商売の芯を食ったことを言うじゃねぇか」


「旅をしていれば、剣よりも金の切れ味の方が鋭い場面に多く出くわす。…あんたのやり方は面白いと聞いている。『パッソ』も『ペルラ』も、常識を壊すが、仁義は通す」


「おっ、分かってんじゃねぇか」


 ロレンツォが嬉しそうにランの肩を叩く。


 意外なことに、この二人は一瞬で波長が合ったようだった。


 実利主義で兄貴肌のロレンツォと、ストイックで放浪癖のあるラン。


 タイプは違うが、どちらも「自分の足で世界を見ている」という点では共通しているのかもしれない。


 ランは決して多弁ではないが、ロレンツォが「こういう時はどう思う?」と振ると、短くも核心を突いた意見を返す。


 それは机上の空論ではなく、各地を見てきた経験値に裏打ちされた言葉だった。


「なぁ、ラン。お前、これからどうするつもりだ?あてがないなら、しばらくウチに居候しねぇか?」


 ロレンツォが突然、提案した。


「えっ!?ロレンツォ義兄さん!?」


 アディが素っ頓狂な声を上げる。


「いいじゃないか。ウチには男手が足りねぇし、お前さんのような腕が立つ上に頭の回る男がいてくれたら心強い。…それに、アディちゃんも本当は兄貴と一緒にいたいんだろ?」


「そ、それは…!」


 アディが口ごもる。


 文句ばかり言っていたが、彼女がランを慕っているのは見ていれば分かる。


 ただ、素直になれないだけだ。


 ランは少し驚いたように目を瞬かせ、それからアディと、僕を見た。


 その視線は、品定めするようでありながら、どこか温かい。


「…悪くない提案だ」


 ランは口元をわずかに緩めた。


「俺が探している『答え』は、海の上ではなく、案外こういう場所にあるのかもしれん。…それに、ルカの技術にも興味がある」


「僕?」


「ああ。親父の手紙には、お前のことばかり書いてあったからな。『とんでもない男だ』とな」


 ランはニヤリと笑った。


 その笑顔は、ゾクッとするほど野性的で、頼もしかった。


「決まりだな!歓迎するぜ、食客第一号!」


 ロレンツォが手を差し出し、ランがそれを握り返す。


 ジョヴァンニとイザベッラも、満足そうに頷いている。


「また家族が増えたな!」


「お部屋を用意しなくてはね」


 アディは「もう、しょうがないなぁ」と言いながらも、その顔は隠しきれない喜びで綻んでいた。


 こうして、マルチェッロ家に新たな家族(?)が増えた。


 海の民であり、弓の名手。


 彼の来訪は、これから始まる激動の日々において、僕たちにとって最強の切り札となることを、この時の僕はまだ知らなかった。



(第42話「来訪」終わり)



◆◇◆次回予告◆◇◆


「アディです!ラン兄さんが加わって、マルチェッロ家はますます賑やか!でも、のんびりしてる暇はないみたい。ロレンツォ兄さんが血相を変えて持ってきた羊皮紙には、『国家規模のコンペティション開催』の文字が!優勝賞品は…北の鉱山の交易権!?これって、国一番の商人になれるチャンスじゃない!?」


「次回、『挑戦状』。すべての商会をやっつけちゃえ!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ