表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
錬金術?いいえ、材料工学です。授かったスキルで海洋国家の覇者になります!  作者: 秋澄しえる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

39/75

第39話「貝殻」

 総督ドージェ主催の夜会から一夜明けた、マルチェッロ家の朝。


 食堂には、いつになく興奮した空気が漂っていた。


「アディちゃんから聞いたぞルカ!昨夜、あのコルナーロの小倅に一歩も引かずに言い返したそうじゃないか!『僕には家族がいる!』とな!父さんは感動で涙が止まらんぞォォッ!」


 父ジョヴァンニが、アディからの「報告」を聞いて、朝からパンを片手に絶叫している。


 母イザベッラは「はいはい、コーヒーが冷めますよ」と苦笑しながらも、その表情は誇らしげだ。


 ルカは少し照れくさそうにハムをかじった。


 昨夜の出来事――ダンテ・コルナーロとの遭遇は、ルカの中に強烈な印象を残していた。

 だが、それ以上に気になっていることがあった。


「…ねえ、ロレンツォ兄さん」


「ん?どうした」


 ロレンツォは新聞を読みながら、優雅にコーヒーを飲んでいる。


 二日酔いの気配すら見せないのは流石だ。


「昨日の夜会で、泣いていた女の人がいたよね。真珠のネックレスが曇ってしまったって…」


「ああ、コンタリーニ伯爵夫人だな」


 ロレンツォは新聞を畳み、少し声を潜めた。


「あの真珠は、亡くなったご主人の形見らしい。ジェンティーレとの貿易が盛んだった頃に手に入れた、最高級の東方産だ。…湿気と汗で『風邪をひいた(曇った)』らしいが、あれじゃもう値打ちも半減以下だな」


「直せないのかな?」


「無理だ。宝石商も匙を投げたらしい。表面を磨いても、一度失われた真珠の照りは戻らねぇよ」


 商人の常識として、ロレンツォは断言した。


 だが、ルカは眼鏡の奥の瞳を光らせた。


「僕なら直せるかもしれない」


「…は?」


「ううん、直したいんだ。…もっと強くて、絶対に泣かない真珠を、僕なら作れると思うから」


 ロレンツォの目が、商人の鋭い光を帯びた。


 彼はカップを置き、ルカをじっと見据えた。


「…相手は大貴族だぞ。半端な期待を持たせて失敗しましたじゃ済まされねぇ。商会の信用に関わる」


「わかってる。だから、まずは試作品を作るよ。それを見て、兄さんが『いける』と思ったら、夫人に連絡してほしい」


 ルカの真剣な眼差しに、ロレンツォはニヤリと口角を上げた。


「へっ、いい度胸だ。…面白ぇ、乗った。今日の夕方までに『証拠』を見せてみろ。話はそれからだ」


「うん、任せて!」



◆◇◆◇◆



 朝食後、ルカとアディは魚市場へと繰り出した。


 護衛には、リナとルーチェがついている。


 活気あふれる市場には、アドリア海で獲れた新鮮な魚介類が並び、威勢のいい掛け声が飛び交っている。


「へいらっしゃい!今日は良いムール貝が入ってるよ!」


「タコはどうだい!茹でたてだよ!」


 アディは慣れた様子で、貝を売っている屋台を覗き込んだ。


「おじさん、この夜光貝と、あとアコヤ貝ちょうだい!あと、もしあれば、そこの積みあがってる貝殻も欲しいんだけど」


「毎度!ん?貝殻も?嬢ちゃん、変わった注文だなぁ」


 店主は首を傾げながら、大量の貝殻も別の麻袋に詰め込んでくれた。


 リナがその重い袋二つを軽々と担ぎ上げる。


「若旦那、こいつで何作るんだ?新しい鎧の材料か?」


「ううん、宝石だよ」


「はあ?ゴミがか?」


 リナが信じられないという顔をする。


 ルカは歩きながら説明した。


「真珠も貝殻も、主成分は『炭酸カルシウム』なんだ。それがレンガみたいに規則正しく積み重なって、その間を『タンパク質』が接着剤として繋いでいる。この構造が光を反射して、あの虹色が生まれるんだよ」


 前世の知識。


 真珠とは、貝に入り込んだ異物を、貝が自分の殻と同じ成分で包み込んだ「棺桶」のようなものだ。


 天然の真珠は、その層が偶然、球状に重なった奇跡に過ぎない。


「偶然に頼る必要はない。…僕の『圧縮』があれば、意図的にその構造を作れるはず」



◆◇◆◇◆



 市場を後にした一行は、職人街にあるビアージョの工房――通称『秘密基地』へと向かった。


 到着すると、マエストロ・ビアージョが「また何か始めたのか」と興味津々で寄ってきた。


「まずは、一番綺麗な『真珠層』だけを取り出します」


 ルカは集めた貝殻を作業台に広げ、左手をかざしてスキル『粉砕』を発動した。


 ただし、今回はただ壊すのではない。


 貝殻の外側の汚い層と、内側の美しい真珠層を、分子レベルの結合を解いて「剥離」させるイメージだ。


 貝殻の表面が砂のように崩れ落ち、後に残ったのは、キラキラと輝く薄い螺鈿らでんのような欠片たち。


「綺麗…まるで宝石の欠片だね」


 アディが目を輝かせる。


「これをさらに細かく粉砕して、パウダー状にします」


 ルカは虹色の粉末を作り出すと、それを球形の金型――以前、ベアリングを作るために作った超硬タングステンの型――に入れた。


 そして、接着剤となるタンパク質(今回は貝から抽出したコンキオリン)をわずかに混ぜる。


 ここからが本番だ。


 ただ押し固めるだけでは、チョークの粉を固めたような白い玉にしかならない。


 真珠の輝きを生むには、ミクロの層を、光の波長に合わせて並べる必要がある。


(イメージしろ…薄いガラスの板を、千枚、一万枚と重ねるように)


 ルカは右手をかざした。


 スキル『圧縮』。


 圧力だけでなく、方向性を持たせる。


 炭酸カルシウムの結晶を、玉の中心に向かって同心円状に、かつ規則正しく配列させる。


 ――ピキィン。


 頭の中で、何かが噛み合う音がした。


 手の中で熱が発生する。


 ルカは汗を拭い、金型を開いた。


 コロン。


 作業台の上に転がり出たのは、直径一センチほどの球体。


 窓から差し込む陽光を受け、それは深みのある、濡れたような乳白色の輝きを放った。



(第39話「貝殻」終わり)



◆◇◆次回予告◆◇◆


「夜会で見かけた悲しそうな伯爵夫人…。曇ってしまった真珠は、もう元には戻らない。でも、だからこそ僕は作りたいんだ。汗にも酸にも負けない、永遠に輝く新しい真珠を!材料は市場のゴミ!?いや、これこそが宝の山だよ!」


「次回、『真珠の涙』。科学の力で、その涙を笑顔に変えてみせる!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ