第37話「招待状」
初夏の午後。
マルチェッロ家の中庭は、金属音で賑わっていた。
シャキィン!ガキィン!
新しい武器を手にしたメイドたちが、試し切りや型の確認をしている。
ヴァレリアの双剣が風を裂き、リナの大剣が訓練用の丸太を真っ二つにし、エリシアの矢が的の中心を射抜く。
ルカとアディは、その様子を少し離れたテラスから眺めていた。
テーブルには、イザベッラが淹れてくれた冷たいレモネードと、焼きたてのビスコッティ(硬いクッキー)が並んでいる。
「すごいね、みんな。もう完全に馴染んでる」
アディが感心したように呟く。
ルカも頷いた。
「うん。武器って、使う人に合わせて作るものなんだって、改めて思ったよ」
レモネードを一口飲む。
冷たい酸味が喉を潤し、疲れた体に染み渡る。
ここ数日、工房にこもりっぱなしだった反動で、こうしてのんびりする時間が心地よかった。
「ねえ、ルカ」
アディが唐突に尋ねた。
「ルカって、今いくつだっけ?」
「え?十二歳だよ。もうすぐ十三になるけど」
「へぇ、私より一つ上なんだ。私、まだ十一歳だもん」
「そうなんだ。…誕生日、いつ?」
「十一月二十二日!」
アディが嬉しそうに答える。
ルカは手に持っていたビスコッティを取り落としそうになった。
「…え?」
「どうしたの?」
「僕も…十一月二十二日なんだ」
一瞬、沈黙が落ちた。
アディが目を丸くして、ルカの顔をまじまじと見つめる。
「…嘘!?本当に!?」
「本当だよ。嘘つく理由がないでしょ」
「やったぁ!」
アディが椅子から飛び上がった。
「同じ誕生日なんて、運命じゃん!海の民の言い伝えだと、同じ日に生まれた男女は『魂の双子』って言って、絶対に離れられないんだって!ね、ルカ!これって婚約者としてすごい偶然だよね!」
彼女の興奮ぶりに、ルカは苦笑した。
だが、確かに不思議な縁だと思う。
前世では、誕生日を誰かと共有することの特別さなど考えたこともなかった。
だが、この世界で、婚約者と同じ日に生まれたというのは、何か意味があるような気がした。
「うん。…じゃあ、その日は二人で一緒に祝おうね」
「約束だよ!」
アディが小指を突き出す。
ルカも小指を絡めた。
指切りげんまん。
子供らしい約束だが、それが今はとても温かく感じられた。
◆◇◆◇◆
その時、屋敷の玄関から慌ただしい足音が聞こえてきた。
ロレンツォだ。
彼は何やら羊皮紙を手に、興奮した様子で中庭へ飛び出してきた。
「ルカ!アディちゃん!とんでもねぇもんが届いたぞ!」
「兄さん?どうしたの?」
ロレンツォはテーブルに羊皮紙を広げた。
それは、金糸で縁取られた高級な紙で、上部には「ライオンと聖杯」の紋章が押されている。
セレニア共和国の公式な印だ。
「これは…」
ルカが文面に目を通す。
流麗な筆記体で書かれた招待状だった。
```
マルチェッロ家 御一同様
来る六月十五日の夕刻、総督官邸にて
夏至祭を祝う夜会を開催いたします。
セレニア共和国の繁栄に寄与する商家の皆様を
お招きし、共に祝杯を上げたく存じます。
ご臨席を賜りますよう、謹んでご案内申し上げます。
総督 フランチェスコ・グリマーニ
```
「ドージェからの招待状…!」
アディが目を輝かせた。
ロレンツォは興奮を抑えきれない様子で言った。
「すげぇぞルカ!ドージェの夜会なんて、一流商家しか呼ばれねぇんだ!ウチが没落してから、こんな招待が来たのは初めてだ!」
ルカは冷静に考えた。
これは、単なる社交行事ではない。
「セレニア共和国の繁栄に寄与する商家」――つまり、ルカたちの技術と商売が、国家レベルで認識されたということだ。
同時に、これは政治の舞台でもある。
コルナーロのような敵対勢力も、当然参加するだろう。
「…行くしかないね」
「当たり前だ!こんなチャンス、逃すわけにはいかねぇ!」
ロレンツォは拳を握りしめた。
「ルカ、お前が主役だ。お前の技術力を、セレニアの権力者たちに見せつけるんだ。…そうすりゃ、コルナーロの野郎も迂闊に手を出せなくなる」
その言葉に、ルカは少し緊張した。
公の場。
前世でも、学会発表やプレゼンは得意ではなかった。
研究室にこもって黙々と実験する方が、ずっと性に合っていた。
「…でも、僕、そういう場に慣れてないんだけど」
「大丈夫だって。お前は難しいこと考えすぎなんだよ。ニコニコしてりゃいいんだ」
「そんな簡単に…」
ルカが不安そうにしていると、アディが彼の手を握った。
「ルカ、私も一緒に行くよ。だから大丈夫」
アディの笑顔は、いつも通り明るく、力強かった。
ルカは少しだけ、安心した。
◆◇◆◇◆
その夜。
マルチェッロ家の食堂では、家族会議が開かれていた。
ジョヴァンニ、イザベッラ、ロレンツォ、ルカ、アディ。
そして、メイド長のマリアも同席している。
「六月十五日…あと十日か」
ジョヴァンニがカレンダーを確認しながら呟く。
「私とイザベッラも当然参加する。没落したとはいえ、マルチェッロ家の当主だからな」
「お父様、でも服は…」
イザベッラが心配そうに言う。
「昔の正装はもう体に合わないし、新しく仕立てる時間もありません」
「…そうか」
ジョヴァンニが肩を落とす。
だが、ロレンツォがニヤリと笑った。
「安心しろ、父さん。ペトロの親父に頼んで、靴だけは最高のを用意してやる。服は…まあ、清潔ならいいだろ」
「ロレンツォ、それでは失礼よ」
「冗談だって。ちゃんと考えてあるさ」
ロレンツォは懐から金貨袋を取り出した。
「最近の売上は好調だ。多少の出費は問題ねぇ。仕立て屋に特急で頼めば間に合う」
マリアが静かに口を開いた。
「旦那様、奥様の衣装は私が手配いたします。…ルカ様とアディお嬢様の分も」
「マリア…!」
イザベッラが感激の声を上げる。
マリアは微笑んだ。
「この屋敷に長く仕えてきましたから、信頼できる仕立て屋の知り合いがおります。若旦那様とお嬢様には、特別な夜にふさわしい装いを用意させていただきます」
「ありがとう、マリアさん」
ルカが頭を下げると、マリアは優しく頷いた。
アディも嬉しそうに身を乗り出した。
「ねえ、マリアさん!ドレス、どんなのがいいかな?」
「お嬢様には、海の色が似合うと思います。青か、エメラルドグリーンが良いでしょう」
「わぁ、楽しみ!」
◆◇◆◇◆
翌日。
マリアが手配した仕立て屋が屋敷を訪れた。
初老の職人で、採寸の手際は見事だった。
ルカは生まれて初めて、本格的な正装を作ってもらうことになった。
ダークブルーのジャケットに、白いシャツ、黒いズボン。
襟元には銀の刺繍。
シンプルだが、品がある。
「若旦那様、動いてみてください」
仕立て屋が指示する。
ルカは腕を動かし、屈伸してみる。
窮屈さはない。
動きやすさと格式を両立させた、職人技だ。
「これなら大丈夫です」
「よろしい。では、当日までに仕上げてお届けします」
仕立て屋が去った後、ルカは鏡の前に立った。
見慣れない自分の姿。
だが、悪くない。
前世では、こんな場に出ることなど想像もしなかった。
だが、この世界では、ルカは「マルチェッロ家の次男」であり、「技術者」であり、「アディの婚約者」だ。
その立場に、少しずつ慣れていかなければならない。
◆◇◆◇◆
夜。
ルカは自室で、招待状をもう一度読み返していた。
六月十五日。
あと九日。
夜会では、どんな人々に会うのだろう。
コルナーロ家の当主、ヴィットーリオ。
その息子、ダンテ。
そして、ドージェ本人。
ルカは窓の外を見た。
運河を渡る夜風が、カーテンを揺らす。
遠くで、教会の鐘が時を告げた。
(大丈夫。僕には技術がある。そして、アディがいる)
ルカは深呼吸をし、ベッドに横になった。
明日からは、夜会に向けた準備だ。
公の場で恥をかかないよう、ロレンツォから社交のマナーを叩き込まれるのだろう。
考えただけで憂鬱だが、やるしかない。
ルカは目を閉じた。
新しい舞台への、第一歩が始まろうとしていた。
(第37話「招待状」終わり)
◆◇◆次回予告◆◇◆
「ドージェの夜会、ついに当日!豪華絢爛な総督官邸に、セレニアの名だたる商家が集まってる。僕、こんな場に来たの初めてで緊張しちゃうよ…。でも、ドレス姿のアディがすごく綺麗で、ちょっとドキドキ。そんな中、現れたのは…あの『コルナーロ家』の御曹司、ダンテ!?『落ちぶれた家のガキ』って、いきなり嫌味言われたんだけど!」
「次回、『夜会』。華やかな舞台裏に、暗闘が始まる!」




