第36話「乙女たちの武装」
工房には、鉄が焼ける匂いと、心地よい疲労感が漂っていた。
ルカは作業台の上で、完成したばかりの『双黒』を、特製の鞘に収めようとしていた。
カチッ。
小気味よい金属音がして、剣が鞘に固定される。
ルカはその鞘ごと、ヴァレリアに手渡した。
「ヴァレリアさん、使い方に注意してくださいね。その鞘、普通の木や皮じゃありません」
「…少し、重いですね」
「はい。中は木ですけど、刃が通る道筋に『炭化タングステン』のレールを埋め込んであります。そうしないと、納刀する時に鞘ごと自分の腰を斬っちゃいますから」
ヴァレリアが息を呑む。
切れ味が鋭すぎるがゆえの危険性。
「それと、鍔の所にあるレバーを見てください。その剣、摩擦がなさすぎて、逆立ちすると勝手に抜け落ちてきます。だから、親指でこのレバーを弾かない限り抜けない『ロック機構』をつけておきました」
「なるほど…抜刀術を使う際は、親指の動きを意識します」
「最後に、これ」
ルカは小さな黒い直方体を手渡した。
「専用の砥石です。普通の石じゃその剣は研げません。これはダイヤモンドの粉を固めた特別製ですから、これを使ってください」
「ダイヤモンド!?…承知いたしました」
ヴァレリアは深々と頭を下げた。
攻防一体、メンテナンスまで考え抜かれた一式。
彼女の瞳には、深い感謝が宿っていた。
◆◇◆◇◆
「おいおい若旦那!リーダーだけ特別扱いはナシだぜ!」
ドカッ、と作業台に愛用の剣を置いたのは、リナだった。
彼女の剣は、度重なる乱戦でノコギリのようにボロボロになっていた。
「私の剣はとにかく頑丈にしてくれ!あいつらの盾ごと叩き斬れるやつだ!軽くなくていい、重くてもいいから、絶対に折れないやつを頼む!」
「リナ、声が大きいですよ」
横からアリアがたしなめるが、リナは止まらない。
ルカは苦笑しながら、ビアージョと顔を見合わせた。
「…だそうです、ビアージョさん」
「ふん、注文の多い客だ。だが、力任せに振るうなら、複合材はうってつけだぞ」
ルカは頷いた。
リナの戦闘スタイルは「剛剣」。
遠心力と体重を乗せた一撃必殺だ。
ならば、軽さよりも「質量」と「剛性」が必要になる。
「わかりました。リナさんには、カーボン繊維の密度を変えた『大剣』を作りましょう」
再び、炎と鉄の錬成が始まった。
今度は、芯材となる鉄にカーボン繊維をランダムに配向させ、あらゆる方向からの衝撃を吸収する構造にする。
そして、刃渡り一メートルを超える巨大な刀身の外側を、分厚いタングステン鋼で覆った。
完成したのは、見るからに無骨な、幅広の大剣だった。
刀身はやはり漆黒だが、ヴァレリアの双剣のような繊細な光沢ではなく、光を飲み込むような威圧感がある。
「『黒牙』…どうですか?」
リナがその大剣を手に取る。
ずしりとした重み。だが、見た目ほどの鈍重さはない。
重心が完璧に調整されているからだ。
彼女はブンッ!と片手で振り回し、ニヤリと凶悪な笑みを浮かべた。
「へへっ、こいつはいい!これならドラゴンだって瞬殺できるぜ!」
◆◇◆◇◆
次に進み出たのは、ニーナだった。
彼女は無言で、曲がってしまった数本の「針」と、刃の欠けた投げナイフを差し出した。
鎧の隙間を縫う精密さと、確実に貫通する貫通力が必要な武器だ。
「…貫通力が欲しい、ですね?」
ニーナがコクりと頷く。
ルカは考えた。
針のような細い武器に、複合構造は難しい。
ならば、素材そのものの硬度で勝負するしかない。
「ニーナさんには、純度百パーセントの『炭化タングステン』の削り出しでいきます」
ルカは『粉砕』と『圧縮』を駆使し、粉末冶金の製法で、真っ黒な棒状の素材を形成した。
それをビアージョでも加工できないほどの硬度まで固め、ルカ自身のスキルで分子レベルの尖鋭化を行う。
出来上がったのは、長さ二十センチほどの、黒い千枚通しのような針だった。
光を一切反射しない、艶消しの黒。
「『黒針』。…硬すぎてしなりがないので、無理に曲げようとすると折れます。でも、真っ直ぐ突けば、だいたいのものは貫けます」
ニーナは一本を手に取り、試しに作業台の端にあった鉄屑に向けて軽く投げた。
針は無音で鉄屑を深々と貫通し、作業台の木材にまで突き刺さった。
ニーナの無表情な顔が、わずかに紅潮する。
彼女はルカに向かって、親指を立てて見せた。
◆◇◆◇◆
次は、エリシアだ。
彼女は愛用の弓を撫でながら、少し申し訳なさそうに言った。
「若旦那様、弓というのはバランスが命です。鉄の弓では重すぎて…」
「わかってます。弓に必要なのは『しなり』と『復元力』ですよね」
ルカはニッと笑った。
これこそ、カーボン素材の真骨頂だ。
前世では、釣り竿やゴルフのシャフトに使われていた技術。
だが、樹脂はない。
そこでルカは、薄く伸ばした「バネ鋼」の表面と裏面に、カーボン繊維を一方向に綺麗に並べて『圧縮』した。
引張強度に強いカーボンを外側に、圧縮に強いカーボンを内側に。
それを何層にも重ね合わせる。
「これは…木でも、鉄でもありませんね」
完成した弓は、一見すると黒塗りの細い棒だった。
だが、エリシアが弦を張ろうとして、その表情を変えた。
硬い。
大人の男でも引けないほどの張力だ。
しかし、彼女の技量でグッと引き絞ると、それは限界を超えてしなり、ギチギチという音もなく、恐ろしいほどの反発力を蓄えた。
「離してみてください」
エリシアが中庭の的――百メートル先の木――を狙って、矢を放った。
ヒュッ!!
音が違った。
弦が空気を叩く音が、鞭のように鋭い。
矢は目にも止まらぬ速度で飛び、的の木を貫通し、さらに後ろの石壁に突き刺さって火花を散らした。
「…なんという初速…」
エリシアが呆然と呟く。
射程も、威力も、従来の倍以上だ。
「『黒弓』。カーボンのバネは、ヘタることがありません。雨に濡れても性能は落ちませんよ」
エリシアが感激に震える弓を抱きしめているのを見て、ルカはふと思い出した。
「…そういえば、アリアさんとルーチェさんはどうしよう?」
アディが首を傾げた。
「ん?ああ、あの二人は屋敷でお留守番だよ。今日は交代で警備に残ってもらってるの」
「そっか。でも、武器は必要ないのかな?」
「大丈夫だと思うけど…」
アディは少し考えてから、ニッコリ笑った。
「アリアは水魔法が武器だし、ルーチェは素手の方が強いんだよ。『武器を持つと逆に動きが鈍る』って本人が言ってた。でも、念のため私から後で聞いておくね。もし何か欲しいものがあったら、そのとき作ってあげればいいし」
「うん、そうだね」
ルカは頷いた。
全員が同じ装備を必要としているわけではない。
それぞれの戦い方に合わせて、必要なものを作る。
二人に必要なものがあれば、都度作るようにしようとルカは思った。
◆◇◆◇◆
夕暮れ。
マルチェッロ家の中庭に、メイドたちが集合していた。
工房から戻ったヴァレリア、リナ、ニーナ、エリシアは、それぞれの「黒い武器」を手にしている。
そして、屋敷で待機していたアリアとルーチェも、二人を出迎えるように並んでいた。
「おかえりなさい、皆さん。…まあ、なんて美しい武器でしょう」
アリアが目を輝かせて、ヴァレリアの双剣を見つめる。
「いいなぁ!私も何か欲しくなっちゃった!」
ルーチェが羨ましそうに飛び跳ねる。
「ルーチェ、あなたは素手が一番でしょう」
「そうだけどぉ…カッコいいじゃん!」
和やかな空気の中、ヴァレリアが一歩前に進み出た。
「ルカ様。この素晴らしい武器に恥じぬよう、私たちは必ずマルチェッロ家の皆様を守り抜きます」
彼女の凛とした声に、全員が頷く。
「うん、ありがとう。でも、みんな、無理だけはしないでね」
その姿を見て、アディがルカの袖を引っ張った。
「ねえ、ルカ。なんだかみんな、強くなりすぎちゃってない?」
「…うん。僕もちょっと怖いくらいだよ」
ルカは苦笑しながら、真っ黒になった手のひらを見つめた。
単なる科学知識とスキルの応用。
それが、この時代の戦争を変えてしまうほどの力を生み出してしまったような気もする。
「でも、これで安心だ」
ルカは夕日に染まる空を見上げた。
もう、誰も傷つけさせない。
黒い刃は、そのための守り刀だ。
(第36話「乙女たちの武装」終わり)
◆◇◆次回予告◆◇◆
「みんなの武器も完成して、やっと一息…と思ったら、今度は総督閣下から招待状!?えっ、夜会?僕、そういうきらびやかな場所って苦手なんだけど…。でも、ドレスアップしたアディが見られるなら、頑張れるかも!」
「次回、『招待状』。 華やかな舞台へ、いざ出発!」




