表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
錬金術?いいえ、材料工学です。授かったスキルで海洋国家の覇者になります!  作者: 秋澄しえる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

34/69

第34話「休息と反省」

 深い、泥のような眠りから意識が浮上する。


 目を開けると、見慣れた天井があった。


 窓からは運河を渡る柔らかな午後の日差しが差し込み、カーテンが風に揺れている。


 鼻をくすぐるのは、温かいスープの匂いと、微かな潮の香り。


「…ん」


 ルカが小さく呻くと、ベッドの脇で丸くなっていた影が弾かれたように動いた。


「ルカ!?」


 アディだ。


 彼女は椅子に座ったまま、ルカの手を握って眠っていたらしい。


 目の周りが少し赤い。


 彼女の声に反応して、部屋の扉が勢いよく開いた。


「ルカ!」


 ドタドタドタッ!と騒がしい足音と共に飛び込んできたのは、父ジョヴァンニだった。


 彼はベッドに駆け寄るなり、両手を広げてルカを抱きしめた。


「イザベッラ!マリア!ルカが目を覚ましたぞ!」


「あなた、うるさいです。ルカが驚くでしょう」


 母イザベッラがスープの盆を持って入ってきた。


 その顔には安堵の笑みが浮かんでいるが、父のオーバーリアクションには慣れっこのようだ。


 ジョヴァンニは涙を浮かべながらルカの頭を撫でた。


「心配させおって…!お前がこのまま目覚めなかったら、お父さんは悲しみのあまり…」


 言葉が詰まる。


 ジョヴァンニは息子の顔をまじまじと見つめ、そして深く息を吐いた。


「…本当に、よかった」


「…お父様、大げさだよ」


「大げさなものか!お前は私の命そのものなんだからな!」


 暑苦しくも温かい抱擁を受けながら、ルカは苦笑した。


 体の芯に残っていた鉛のような重さは消えていたが、魔力回路(と呼んでいる感覚)はまだ少し痺れている。


 丸三日。それほど長く眠っていたのか。


「…みんなは?怪我はなかった?」


「ええ、全員ピンピンしてるわ。ルカ以外はね」


 アディが濡れたタオルでルカの額を拭いてくれる。


 その時、廊下から重い足音が近づいてきた。


 ロレンツォだ。


 彼は部屋に入ると、起き上がったルカを見て、ホッとしたように肩の力を抜いた。


 だが、その表情には深い自責の念が刻まれていた。


 彼はベッドの脇に立つと、ルカの頭を乱暴に、しかし優しく撫でた。


「…よう。やっとお目覚めかい、寝坊助」


「ロレンツォ兄さん…」


「悪かったな、ルカ」


 ロレンツォは短く言った。


 いつもの飄々とした態度はなく、その声は沈んでいた。


「俺はとんでもねぇ馬鹿野郎だ。金の輝きに目がくらんで、一番大事な『元手』を壊しかけちまった。…商人失格だぜ」


「そんなことないよ。注文がたくさん来て、兄さん嬉しそうだったし…僕も、頑張りたかったんだ」


「そこが間違いなんだよッ!」


 ロレンツォが声を荒らげ、すぐにバツが悪そうに頭をかいた。


「…すまん。だがな、ルカ。お前は、使い捨ての道具じゃねぇ。お前がすり減るような商売なら、そんなもん畳んじまった方がマシだ」


 ロレンツォは懐から一枚の羊皮紙を取り出した。


「これからペトロの親父さんのとこに行ってくる。『パッソ』の生産を一時ストップさせる」


「えっ?でも、注文が…」


「待たせときゃいいんだよ。いいかルカ、よく聞け。俺たちが売ってるのはただの靴じゃねぇ。唯一無二の商品だ」


 ロレンツォは人差し指を立て、ニヤリと不敵に笑った。


「他じゃ絶対に真似できねぇ。だったら、媚びへつらって大量に売る必要なんてねぇんだよ。『欲しければ三ヶ月待て、嫌なら他所の滑る靴を買え』…それぐらい強気でいい。品薄になりゃあ、逆に価値が上がって評判になる。俺たちは安売り屋じゃねぇ、宝石を売るような商売をするんだ」


 ルカは目を丸くした。


 兄の言う通りだ。


 数を追わず、質と希少性で勝負する。


 それは「ブランド」という概念のないこの時代において、革新的な戦略だった。


「数を追うのは止める。お前の体調に合わせて、月産数をガチガチに制限する。その分、値は釣り上げるがな。…文句は言わせねぇ」


 ロレンツォは拳を握りしめた。


「俺は二度と、弟を過労で倒れさせたりしねぇ。…約束するぜ」


 その言葉には、金勘定だけではない、兄としての熱い情がこもっていた。



◆◇◆◇◆



 午後、ルカはリハビリを兼ねて庭に出た。


 戦闘の跡も、もう綺麗に片づけられ以前のような庭に戻っている。


 昨日から監視の目もなくなったらしい。


 一時的なものかはわからないけど、これまでよりは動きやすくなるのかなと、ルカは安堵した。


 アディに肩を借りて歩いていると、中庭の隅から金属音が聞こえてきた。


 武装メイドたちが集まっている。


「…また刃こぼれか」


 低い声が聞こえた。剣士のリナだ。


 彼女は砥石で愛用の剣を研いでいるが、その表情は険しい。


「あの晩の連中、いい装備してやがったからな。こっちは五人相手にしなきゃならねぇってのに、三人と打ち合ったらもう切れ味が落ちてきやがる」


「私の短剣も同じです」


 ニーナが珍しく困った顔で、欠けたナイフを見つめていた。


 ヴァレリアが腕を組んで、静かに口を開く。


「今回の襲撃は撃退できましたが、次はもっと数が増える可能性もあります。そうなれば、装備の消耗戦になります」


 彼女の声には、いつもの冷静さの裏に、わずかな焦りが滲んでいた。


「武器の予備も限られていますし、戦闘中に交換している暇はありません」


「マエストロ・ビアージョに頼んで、もっといい剣を打ってもらえないかしら?」


 弓の手入れをしていたエリシアが提案するが、ヴァレリアは首を横に振った。


「ビアージョ殿の腕は確かですが、素材が鉄である以上、限界があります。…硬くすれば折れやすくなるし、粘りを出せば切れ味が落ちる。一対多の乱戦に耐えうる『絶対に壊れない剣』なんて、お伽噺です」


 彼女たちの言葉は、深刻だった。


 彼女たちの腕は超一流だ。


 だが、道具がその実力に追いついていない。


 ルカたちが生き残れたのは彼女たちのおかげだ。その彼女たちが、武器の不安を抱えたままでは、次は守りきれないかもしれない。


(絶対に壊れない剣…)


 ルカは、以前タイヤを作った時の記憶を呼び起こした。


 ゴムに混ぜた「カーボンブラック(煤)」。


 あれは単なる煤ではない。


 ダイヤモンドと同じ炭素原子の塊だ。


 前世の知識が、脳内でスパークする。


 ――炭素繊維強化プラスチック(CFRP)。


 鉄より強く、軽い、夢の素材。


 だが、ここはプラスチックのない世界だ。


 ならば…プラスチックの代わりに「鉄」を使えば?


 鉄の結晶構造の隙間に、最強の結合力を持つ炭素繊維を『圧縮』して縫い込むことができれば。


 鉄のしなやかさと、カーボンの硬度。


 相反する二つを、僕のスキルで融合させる。


「…できるかもしれない」


 ルカの声に、メイドたちが振り返った。


「ルカ様!もう起きて大丈夫なんですか!?」


「うん、もう大丈夫」


 ルカはアディの肩から離れ、自分の足でしっかりと立った。


 そして、ヴァレリアの瞳を真っ直ぐに見つめた。


「お伽噺じゃない。…僕が作るよ。何百回斬り合っても刃こぼれ一つしない、最強の『黒い剣』を」


 ルカの瞳には、かつて研究室で難題に挑んでいた時と同じ、静かな、しかし熱い探求者の炎が宿っていた。



(第34話「休息と反省」終わり)



◆◇◆次回予告◆◇◆


「ヴァレリアさんたちが安心して戦えるように、ビアージョさんと一緒に『最強の剣』を作るんだ。タイヤに使った『カーボン』と鉄を混ぜ合わせれば、常識外れの素材が生まれるはず!」


「次回、『黒い刃』。黒鉄くろがねの輝き、見せてやる!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ