表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
錬金術?いいえ、材料工学です。授かったスキルで海洋国家の覇者になります!  作者: 秋澄しえる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

28/67

第28話「風を掴むもの」

 ザパァァァン…!


 船首が波を砕き、白い飛沫しぶきが舞う。


 久しぶりに嗅ぐ潮の香りに、アディは船首の手すりに身を乗り出して大きく息を吸い込んだ。


「ん~~っ! やっぱり海は最高!」


「落ちないでよ、アディ。…でも、本当にいい天気だね」


 ルカもまた、海風に髪をなびかせながら目を細めた。


 ここはセレニア沖の海原。


 ルカたちは今、カイの船団が停泊している「風鳴りの岩礁」へ向かうため、海の民の連絡艇(全長10メートルほどの小型帆船)に乗っていた。


 同乗しているのは、護衛のヴァレリアとニーナだ。


 彼女たちは揺れる甲板の上でも体幹を崩さず、鋭い視線で周囲の海面を警戒している。


「…しかし、進まないな」


 ルカは帆を見上げて呟いた。


 今日はあいにくの向かい風だ。


 船員たちは帆を畳みかけ、長いオールを出して漕ごうとしている。風上に向かうには、帆が邪魔になるからだ。


「おい、もっと力を入れろ! 風が悪くて進まねぇぞ!」


 操舵手が荒い声を上げる。


 この世界の航海術では、横風や向かい風の時は、風待ちをするか、人力で漕ぐのが常識だ。


 だが、ルカの前世の知識からすれば、それはあまりにも勿体ない「エネルギーの浪費」だった。


「…あの、船長さん」


 ルカは操舵手の男――髭面のベテラン船乗りに声をかけた。


「帆を張らないんですか?風は吹いているのに」


「ああん?見りゃわかるだろ、坊主。風は真向かいから吹いてるんだ。帆を広げたら後ろに戻されちまうよ」


 船長は鼻で笑った。


 しかし、ルカは眼鏡をクイッと押し上げた。


「いいえ。…風向きなんて関係ない。風があるなら、進めます」


「はぁ?何言ってんだ?」


「僕に指揮を執らせてください。オールを使わず、風だけで今の三倍の速度を出してみせます」


 船員たちが顔を見合わせ、失笑が漏れた。


 陸の子供が何を言うか、という反応だ。


 だが、ヴァレリアがスッとルカの横に立った。


「船長。ルカ様に任せてみては?」


「ヴァ、ヴァレリアさん!?」


「カイ様が認めた方です。…何か考えがあるはずです」


 静かだが、有無を言わせぬ圧力。


 船長は渋々ながら舵から手を離した。


「…わかったよ。だが、危なくなったらすぐ代わるからな」


「ありがとうございます。…ニーナさん、舵をお願いします。僕の力じゃ支えきれない」


「承知しました」


 ニーナが舵棒を握る。


 細腕に見えるが、そのグリップは万力のように安定している。


「よし、総員配置!オールをしまえ!メインセール展開!」


 ルカの指示が飛ぶ。


 船員たちは半信半疑で帆を広げた。


 バサァッ!と帆が風を孕み、船が後ろに押される。


「ほら見ろ!戻されるぞ!」


「まだだ!ジブセール(前帆)を張れ!シート(ロープ)を限界まで引き絞れ!」


 ルカが叫ぶ。


 だが、強風を受けた帆のロープは、大人の男でも引くのが重い。


「ヴァレリアさん、メインシートを!」


「了解」


 ヴァレリアがロープを掴み、腰を入れて引く。


 ギリギリと音を立てて、帆が風と平行になるまで引き込まれる。


「ニーナさん、面舵おもかじ一杯! 風に対して45度の角度へ!」


「はい」


 ニーナが舵を切る。


 水の抵抗が凄まじいが、彼女は表情一つ変えずに舵を固定した。


 船首が風上へと向く。


 帆はパンパンに張り詰め、板のような翼へと変わる。


 その瞬間。


 グググッ…!


 船体が大きく傾いた。


 右舷が水面に触れそうなほど傾く。


「うわぁっ!?ひっくり返るぞ!!」


 船員たちが悲鳴を上げる。


 だが、ルカは冷静に風を計算していた。


(揚力発生…!ベルヌーイの定理、作動!)


 飛行機の翼が揚力で機体を持ち上げるように、帆の表面を流れる風の速度差が、船を「横」ではなく「斜め前方」へと吸い込む力(揚力)を生み出す。


 竜骨キールが横流れを防ぎ、その力は純粋な推進力へと変換される。


 すなわち――。


 ズババババババッ!!


 船が急加速した。


 後ろに押されるのではない。


 風に向かって、ナイフで切り裂くように突き進んでいるのだ。


「な、なんだコリャァァァッ!?」


 船長が目を剥いた。


 オールなど比にならない速度。


 波を蹴立てて、船が「風を食って」走っている。


「これが『タッキング(間切り)』です!」


 ルカは叫んだ。


「風は押してくれるものじゃない!前から掴んで、力に変えるんだ!」


 ルカの指揮に合わせ、ヴァレリアが正確にセールを調整し、ニーナが完璧なコースを維持する。


 船はジグザグに風上へと切り上がり、あっという間に目的地へと近づいていった。


◆◇◆◇◆


 「風鳴りの岩礁」。


 無数の奇岩が並ぶ天然の良港に、カイの船団が停泊していた。


 数十隻の船の中で、一隻だけ異様な輝きを放っているのが、旗艦『スパッカ・テンペスタ』だ。


「おーい!お父さーん!」


 アディが手を振る。


 甲板にいたカイが、目を丸くして身を乗り出した。


「あん?アディか!?…って、おいおい!あの連絡艇、なんで逆風なのにあんなスピードで突っ込んでこれるんだ!?」


 ルカの指揮する連絡艇は、見事な操船で桟橋へと滑り込んだ。


 ピタリ、と寸分違わぬ停止。


 ニーナの舵捌きは完璧だった。


「…化け物か、お前ら」


 連絡艇の船長が、へなへなと座り込んだ。


 ルカは汗を拭い、照れくさそうに笑った。


「ただの物理法則ですよ」


 その後、甲板に上がったルカは、興味津々の船員たちに囲まれ、即席の「青空セーリング講座」を開くことになった。


 水で濡らした甲板に図を描き、揚力の原理を説明する。


 最初は半信半疑だった荒くれ者たちも、実際に目の前で逆風帆走を見せられた後だ。


 ルカの説明に食い入るように聞き入り、やがて「なるほど!」「俺の船でもできるか?」と質問が飛び交い始めた。


 一通り説明が終わった後、ルカはカイに向き直った。


 懐から、以前ロレンツォに見せてもらった地図の写しを取り出す。


「カイさん。…お願いがあります」


 地図には、ジェンティーレ共和国の港と、そこから伸びる航路が記されている。


「僕たちは陸の封鎖を破りました。でも、敵は次は『海』を狙ってくるはずです。…このタッキング技術は教えます。だから、僕たちに海の戦い方を教えてください」


 これは軍事同盟に近い提案だ。


 カイは腕を組み、しばらく地図を見つめていたが、やがてニヤリと笑った。


「いいだろう。…アディの婿殿の頼みだ。それに、ヴェレリアたちを送った時点で、俺たちはとっくに『一蓮托生』だからな」


 カイは船員たちに指示を出した。


「おい、今日は客人だ。とびきりの食事を用意しろ。…積もる話もあるだろう、飯を食いながらゆっくり聞かせてもらうぜ」


 甲板にテーブルが並べられ、海の民ならではの豪快な食事が始まった。


 新鮮な魚介のスープ、岩塩で焼いた魚、そして干し肉。


 日は落ち、あたりは夜の帳に包まれていた。


 甲板のあちこちに、明かり取りのためのカンテラが置かれている。


 そんな和やかな食事の最中だった。


 ルカの鼻が、ある「違和感」を捉えた。


「…ん?」


 潮の香りでも、料理の匂いでもない。


 焦げたような、ツンとした独特の刺激臭。


 それは風に乗って、カンテラの火から漂ってきていた。


「…カイさん。このランプの油、普通の魚油じゃないですよね?」


 ルカが尋ねると、カイはワインを飲み干してニヤリと笑った。


「おう、鼻がいいな。こいつは俺たち海の民が昔から使っている『燃える水』だ。そのままだと臭いがきついし、火が暴れるからな。香油と混ぜて使ってるんだ」


「燃える水…。どこで採れるんですか?」


「ここから遥か東へ行った海に、俺たちしか知らない『黒い泉』があるのさ。そこから湧き出てるんだよ」


 東。


 東方貿易のさらに先。


 古い帝国の領域に近い場所か。


 ルカの心臓が早鐘を打った。


 慌てて近くのカンテラを覗き込む。


 燃えている油は黒褐色に濁り、独特の粘り気があった。


「…間違い、ない」


 ルカの手が震えた。


 これはただの油じゃない。


 近代文明の血液。


「…石油だ」


 ルカは炎を見つめたまま、呟いた。


 この世界の人々は、まだその真価を知らない。ただの「臭い油」として燃やしているだけだ。


 だが、ルカの脳内には、無限の可能性が広がっていた。


 この油に含まれる炭素と水素。


 僕のスキルでその分子構造を組み替えれば(重合させれば)…。


 燃やすだけじゃない。


 もっと凄いものが作れる。


 例えば、板バネを超える弾力を持つ物質――『ゴム』。


 そして、ゴムを強化する黒い粉――『カーボン』。


(もし、それを作れたら…馬車のタイヤも、船のパッキンも、全てが変わる!)


 ルカの眼鏡の奥で、知性の光がカンテラの炎よりも熱く燃え上がった。


 風を掴む術を手に入れたルカの前に、今度は「黒い錬金術」への扉が開かれようとしていた。



(第28話「風を掴むもの」終わり)



◆◇◆次回予告◆◇◆


「アディです!海の民の食事は楽しいけど、ルカがカンテラの火を見て固まっちゃった。『あの黒い油、どこで手に入れたんですか?』って、カイお父さんに詰め寄ってるよ。えっ、『石油』?ただの臭い油じゃないの?ルカ曰く、あれをこねくり回すと、伸び縮みする不思議な塊が作れるんだって!」


「次回、『黒い弾力』。プニプニの革命児!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ