第27話「メイドたち」
外から小鳥のさえずりが聞こえる。
ルカはふかふかのベッドの中で目を覚ました。
昨夜はヴィチェンツァからの強行軍で疲れ果てていたが、泥のように眠ったおかげで気分は爽快だ。
「…ふわぁ。よく寝た」
ルカが伸びをして、サイドテーブルに手を伸ばす。
そこには、いつの間にか冷たい水が入ったグラスと、清潔なタオルが置かれていた。
マリアさんが置いてくれたのかな?
そう思いながら水を飲み、部屋を出て廊下を歩き出す。
その時、ルカは違和感に気づいた。
廊下が、やけにピカピカなのだ。
窓ガラスは一点の曇りもなく磨き上げられ、床は顔が映るほど輝いている。
空気さえも澄んでいるようだ。
「おはようございます、ルカ様」
不意に、背後から声をかけられた。
振り返ると、一人のメイドが立っていた。
ウェーブのかかった黒髪に、澄んだ青い瞳。手には水が入ったバケツを持っているが、水滴ひとつついていない。
「あ、おはよう…えっと」
「アリアです。昨夜はよく眠れましたか?」
「うん、ぐっすり。…もしかして、この廊下を掃除してくれたの?」
「はい。水拭きは私の得意分野ですので」
アリアはにっこりと微笑んだ 。
彼女は水魔法の使い手らしい(アディ情報)。
わずかな水で汚れを浮かせ、洗い流す技術は、掃除において最強の能力だった。
食堂に降りると、そこは戦場のような活気…ではなく、優雅な朝食の風景が広がっていた。
「オォォー!なんだこの美味い肉料理は!朝からジビエか!?」
ジョヴァンニがナイフとフォークを躍らせて絶叫している。
テーブルには、香ばしく焼かれた鹿肉のローストや、山の幸をふんだんに使ったサラダが並んでいた。
「お口に合いましたでしょうか、旦那様」
給仕をしているのは、腰まである黒髪を編んだおっとりしたメイド――エリシアさん 。
彼女は弓の名手であり、同時に狩猟と料理の達人らしい(アディ情報)。
「最高だ!エリシア君、君は天才か!」
「ふふ、恐縮です。森の恵みに感謝を」
その横で、アディが元気いっぱいにパンを頬張っている。
「やっぱりエリシアの料理は美味しいね!ルカも早く食べなよ!」
「うん、いただきます」
ルカも席につき、ローストを一口食べた。
柔らかい。
臭みが全くなく、ハーブの香りが鼻孔をくすぐる。
マリアの家庭料理も美味しいが、これはまた別次元の「プロの味」だ。
「…すごいな。屋敷のグレードが一気に上がったみたいだ」
ロレンツォもコーヒーを飲みながら感心している。
だが、平和な朝食の裏で、小さな事件も起きていた。
ガチャンッ!!
厨房の方から、皿が割れる音が響いた。
「あわわわ!ご、ごめんなさい!手が滑っちゃって!」
聞こえてきたのは、明るい茶髪をポニーテールにした小柄なメイド――ルーチェさんの声 。
「ルーチェ。気をつけなさいね」
即座に飛ぶ、落ち着いた叱責。
こういう叱責の方が怖いとルカは思った。
声の主は、銀色がかった黒髪をシニヨンにまとめたリーダー格、ヴァレリアさん 。
「申し訳ありません、皆様。…ルーチェ、破片を片付けなさい。指を切らないようにね」
「は、はいぃっ!任せてください!」
ルーチェは慌てて動き回るが、その動き自体は目にも留まらぬほど俊敏だ。
彼女は体術の天才(アディ情報)だが、その有り余る身体能力が家事には裏目に出ているらしい。
その様子を、マリアが苦笑いしながら見守っている。
「ふふ、賑やかになりましたねぇ」
「すみません、マリアさん。粗相をしてしまって…」
ヴァレリアが恐縮して頭を下げる。
だが、マリアは優しく首を横に振った。
「いいえ、助かっていますよ。力仕事はリナさんが全部やってくれましたし、お洗濯もあっという間。…何より、皆様がいてくださると安心感が違います」
マリアの視線の先、庭の方では、短髪のボーイッシュなメイド――リナさんが、薪割りをしていた 。
スパン!スパン!
太い丸太を、まるで大根のように軽々と断ち割っていく。
その腰には剣帯こそないが、斧の扱いだけで剣士としての実力が垣間見えた。
◆◇◆◇◆
食後。
ロレンツォ、ルカ、そしてアディは、ヴァレリアに呼ばれて応接間に集まった。
ここからは「メイド」ではなく、「護衛」としての顔だ。
部屋の隅には、気配を消したニーナも控えている。
「改めまして、ご挨拶申し上げます」
ヴァレリアたち5人のメイドが整列し、一礼した。
「我々はカイ様の命を受け、アディお嬢様とルカ様、そしてマルチェッロ家の皆様をお守りするために参りました」
ヴァレリアが凛とした瞳で告げる。
「表向きはメイドとして働きますが、有事の際は即座に『排除』行動に移ります。…先日の件も含め、敵対勢力の情報はニーナから共有を受けております」
「心強いよ。ありがとう、ヴァレリアさん」
ルカが礼を言うと、ヴァレリアは少し表情を緩めた。
「お礼には及びません、若旦那様」
「若旦那様…って」
「はい。アディお嬢様の未来の夫君ですから、我々にとっても主同然です」
横にいたルーチェが身を乗り出した。
「そうですよ!アディが選んだ旦那様だもん、私たちも命懸けで守りますから!任せてください!」
「こら、ルーチェ。前へ出るな」
「えへへ、ごめんなさーい」
アディが嬉しそうにルーチェに抱きついた。
「ルーチェは私の護衛兼、遊び相手だもんね!」
「うん!お掃除よりそっちの方が得意だし!」
「…はぁ」
ヴァレリアが頭痛をこらえるように額を押さえたが、その場の空気は温かかった。
「…さて」
ロレンツォが切り出した。
「守りは完璧だ。これなら、俺たちが商売に出ている間も、屋敷を空にする心配はねぇ。…ルカ、例の計画を進めるぞ」
「うん」
ルカは頷いた。
屋敷と全員の安全が確保された今、次に向かうべき場所は一つだ。
「アディ。お父さん――カイさんの船団は、今どこに?」
「えっとね、たぶん近海の『風鳴りの岩礁』あたりに停泊してると思うよ。補給のために寄るって手紙には書いてあったから」
ルカは眼鏡を光らせた。
頼もしいメイドたちを送ってくれたカイに礼を言いに行くと同時に、彼に見せたいものがある。
そして、ルカ自身も確かめたいことがあった。前世の記憶と、この世界の海の常識のズレを。
「よし。…海へ行こう」
ルカの言葉に、アディの目が輝いた。
「やった!久しぶりの海だね!」
陸の次は、海。
そこにはまだ、ルカの知らない風が吹いているはずだ。
(第27話「メイドたち」終わり)
◆◇◆次回予告◆◇◆
「ヴァレリアさんたちのおかげで、屋敷の守りは鉄壁!これなら安心して出かけられるね。目指すはカイさんの船団!久しぶりの海、潮風が気持ちいい!…でも、案内してくれた海の民の船、なんだか進むのが遅くない?風向きが悪いから仕方ない?ううん、違うよ。帆の形を変えれば、向かい風だって味方にできるんだ!」
「次回、『風を掴むもの』。ルカのセーリング講座、開講!」




