第21話「鉄のドレス」
ズドォォォォン!!
ビアージョの工房「秘密基地」に轟音が響いた。
鉄床の上で、赤熱した純鉄の塊が、たった一撃で薄い餅のように押し広げられている。
「ガハハハハ!最高だ!最高だぞ『マルテッロ・ディ・ディオ(神の金槌)』!」
ビアージョが狂喜の声を上げ、黒銀色に輝くハンマーを振り下ろした。
タングステンの圧倒的な重量と硬度が、打撃の威力を一切逃さず対象に叩き込む。
以前なら弾き返されていた高純度の鉄が、今はビアージョの意のままに変形していく。
「すごい…。これなら行ける!」
ルカは右手をかざして鉄の温度を維持しながら、確信した。
「マエストロ!次は厚さ0.8ミリの均一な『板』を叩き出してください!一枚もムラがあってはダメです!」
「0.8ミリだと?そんな薄さじゃ、剣で突かれたら穴が開くぞ!」
「開きません!この『純鉄』の粘りと硬度なら、従来の鉄板の3倍の強度があります。薄くても守れるんです!」
「へっ、面白い!注文通り、紙みてぇな鉄板にしてやるよ!」
二人の熱気が工房を満たす。
目指すのは、ただの鎧ではない。アディのための「最強の服」だ。
数時間後。
工房の隅でお茶を飲んでたアディが呼ばれた。
「アディ、ちょっと立ってて。採寸するから」
「う、うん。…でもルカ、私あんまり重いのは嫌だよ?動きにくいの苦手だもん」
アディが心配そうに言う。
彼女はまだ11歳の少女だ。
重い鎧など着せれば、かえって動きが鈍り、危険に晒されることになる。
だが、ルカは眼鏡をクイッと上げて微笑んだ。
「大丈夫。僕が作るのは『鎧』じゃない。『ドレス』だ」
ルカとビアージョは、叩き出したばかりの極薄の鉄板を複雑に重ね合わせ、可動部にはルカ特製の「純鉄リベット」を打ち込んでいく。
「構造は『ロブスターテイル(海老の尻尾)』だ。一枚板だと関節が曲がらないけど、こうして小さな板をスライドするように重ねれば、防御力を維持したまま、体に合わせて伸縮する」
完成したその装備は、鈍重な鉄塊とは程遠いものだった。
純鉄特有の青白い輝き。流線型のフォルム。
それはまるで、銀色の鱗で編まれたドレスのようだった。
「さあ、着てみてアディ」
アディは恐る恐る袖を通した。
チャキッ、という軽やかな金属音がする。
胸当て、肩、腰、そして脚。全てのパーツを装着し終えたアディは、その場で軽くジャンプし、くるりと回った。
シャララ…ッ!
金属同士が触れ合う澄んだ音が、音楽のように響く。
「…軽い!」
アディが目を丸くした。
「すごいよルカ!これ、革の服より少し重い位だ!それに…」
彼女は片足を高く上げた。
腰の装甲板が滑らかにスライドし、足の動きを一切邪魔しない。
「全然突っ張らない!まるで服みたい!」
「成功だ…!」
ルカは安堵の息を吐いた。これなら彼女の身体能力を殺さずに守れる。
その時、工房の扉が叩かれ、ロレンツォが入ってきた。
「よう、そろそろ夕飯の時間だぞ。母さんがシチューを作って待ってる…って、おおっ!」
ロレンツォは銀色のドレス姿のアディを見て、目を細めた。
「へぇ、こいつはすげぇ。舞踏会にでも着ていけそうな鎧だな。…似合ってるぜ、アディちゃん」
「えへへ、ありがと兄さん!」
「よし、それじゃあ脱いで箱にしまえ。帰るぞ」
「えーっ!」
アディが不満の声を上げた。
彼女は自分の体をペタペタと触り、ルカに懇願するように言った。
「やだ!このまま着て帰りたい!」
「はあ?何言ってんだ。そんな鉄の塊を着て街中を歩けるか。目立ってしょうがねぇぞ」
「だって、ジョヴァンニさんに見せたいんだもん!それに、脱ぐの大変だし…」
アディが頬を膨らませる。
新しい服を買ってもらった子供が、そのまま着て帰りたがるのと一緒だ。
ロレンツォは呆れて溜息をついた。
「ダメだダメだ。変な噂になる」
「あ、あの、兄さん」
ルカが助け舟を出した。
「実は、この『スライド構造』は、まだ金属同士の噛み合わせが硬いんです。実際に着て動いて、金属を馴染ませる『慣らし』が必要で…」
「…ああん?歩いて帰るのが調整になるってか?」
「はい!それに、上からマントを羽織れば見えませんよ」
ルカが目配せすると、アディも激しく頷き、そばにあったフード付きのマントをすっぽりと被った。
前を閉めれば、確かに中が鎧だとは分からない。ただの厚着をした子供に見える。
「…たく、しょうがねぇな。甘やかすのは今日だけだぞ」
ロレンツォは頭を掻きながら折れた。
こうして、アディは「鉄のドレス」を着込んだまま、意気揚々と工房を出ることになった。
帰り道。
ロレンツォが手配した辻馬車に乗り込み、屋敷へと向かう。
薄暗くなり始めた職人街を、馬車はガタゴトと揺れながら進んでいく。
「ねえルカ、今度は私の槍も作ってよ!」
「わかったよ。どんなのがいい?」
アディはマントの下で、新しい「服」の感触を楽しんでいた。動くたびに微かに鳴る金属音が、なんだか頼もしい。
――だが、その平和な時間は唐突に終わる。
ガタンッ!!
突然、馬車が激しく揺れ、急停止した。
御者の悲鳴と、何かが倒れる音。
「…ッ!?」
ロレンツォの表情が一瞬で険しくなった。
彼はルカとアディを制し、懐から護身用の短剣を抜いた。
「伏せてろ。…ただの事故じゃねぇぞ」
ロレンツォが慎重に窓の隙間から外を覗く。
そこには、覆面をした数人の男たちが、馬車を取り囲んでいた。
手には抜き身の剣。
ただの強盗ではない。統率の取れた動きだ。
「降りてこい、マルチェッロのガキども」
低い声が響いた。
「聞きたいことがたくさんあってな。素直に言うこと聞けば、命だけは助けてやる」
狙いは明らかだった。
ルカの技術。
ジェンティーレか、あるいはコルナーロの手先か。
ロレンツォが舌打ちをした。
「チッ…そろそろ来ると思ってたが、やっぱり来やがったか。ルカ、アディ、俺が隙を作る。お前らは走って逃げろ!」
「で、でも兄さん!」
「いいから行け!お前らを失ったら、俺は父さんに顔向けできねぇんだよ!」
ロレンツォは叫ぶと同時に、扉を蹴り開けて飛び出した。
短剣を振るい、一番近くにいた男を牽制する。
だが、多勢に無勢だ。すぐに三人の男に囲まれる。
「兄さん!」
ルカも飛び出そうとするが、反対側の扉から、別の男が侵入してきた。
ギラリと光る剣先が、ルカではなく――アディに向けられる。
「もらったァ!」
男の剣が、アディの細い胴体を薙ぎ払おうとした。
ルカの手は届かない。
ロレンツォも間に合わない。
アディはとっさにマントの下で身を硬くした。
ガギィィィン!!
甲高い金属音が、夕闇に響き渡った。
「…あ?」
襲撃者の男が呆けた声を上げた。
肉を斬る感触がない。
まるで岩を叩いたような反動で、男の手から剣が弾き飛ばされそうになったのだ。
アディのマントが斬り裂かれ、その下から現れたのは――
無傷で輝く、銀色の「鉄のドレス」だった。
「…え?」
「な、なんだその服は!?」
男たちが動揺する。
アディは自分のお腹をさすった。
痛くない。
衝撃すらほとんど感じなかった。
ルカとビアージョが作った0.8ミリの純鉄装甲が、大人の攻撃を完全に防いだのだ。
「…すごい」
アディの瞳に、恐怖ではなく、確信の光が宿った。
守られている。ルカの技術に。
なら――戦える!
「ルカ!下がってて!」
アディは斬れたマントを脱ぎ捨てると、驚く男の懐に飛び込んだ。
真正面からぶつかるのではない。
波が引くようにスッと半身になり、男の腕の下へ潜り込む。
「せいっ!」
アディの掌打が、男の顎を正確に捉えた。
力任せの打撃ではない。
相手の重心が浮いた瞬間を狙い、下から突き上げるような一撃。
脳を揺らされた大男は、声も上げずに白目を剥き、その場に崩れ落ちた。
海の民に伝わる護身の体術。
相手の力を利用し、柔よく剛を制すその技に、「鉄のドレス」による絶対的な防御力が加わったのだ。
今の彼女は、攻防一体の要塞と化していた。
「な、なんだこのガキは!?」
「斬っても弾かれるぞ!化け物か!」
形勢逆転。
ロレンツォも呆気に取られていたが、すぐにニヤリと笑った。
「へっ…どうやら『慣らし運転』にしては上出来すぎるな」
ルカも眼鏡を押し上げ、敵の装備を分析し始めた。
「アディ、右の男の剣は安物だ!側面から叩けば折れる!左の男は重心が高い、足元を狙って!」
「了解!」
襲撃者たちにとって、それは悪夢だった。
斬れない少女と、弱点を叫ぶ少年、そして短剣を振り回すガラの悪い男。
ルカたちの初めての「実戦」は、予想外の形で幕を開けた。
(第21話「鉄のドレス」終わり)
◆◇◆次回予告◆◇◆
「なんとか撃退できたけど、あの襲撃者たち、ただのゴロツキじゃない! 剣の紋章……あれは『ジェンティーレ共和国』!? なんで隣の国が僕たちを狙うの? それに『コルナーロ』って? アディはまだ、この国の複雑な事情を知らないんだ。戦う前に、まずは敵を知らなくちゃ!」
「次回、『地図と食卓』。美味しいシチューと、苦い世界の真実。」




