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錬金術?いいえ、材料工学です。授かったスキルで海洋国家の覇者になります!  作者: 秋澄しえる


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第15話「透明」

 宴の翌朝。


 ルカはビアージョの工房――通称「秘密基地」の作業台に、一枚の板をドンと置いた。


「…おい小僧。なんだこりゃあ」


 ビアージョが、不機嫌そうに眉をひそめた。


 厚さ三センチほどの板だ。


 向こう側の景色が歪みなく透けて見えるほど透明だが、ガラスのような冷たさはない。


 爪で弾くと、コツコツと硬質な木に近い音がする。


「『透明な木材』…セルロースナノファイバー(CNF)の圧縮板です」


「木だと?ふざけんな、木が透けてたまるか」


「木を構成する繊維自体は、本来透明なんです。ただ、不純物や接着成分が光を乱反射するから茶色く見えるだけ。だから…」


 ルカは説明しながら、昨夜の徹夜作業を思い出した。


 アディが持ってきた海の民の秘草『海麻アマモ』。


 強靭な繊維を持つこの海草を、左手の『粉砕』でナノレベルまで解きほぐし、不純物を完全除去。


 そして右手の『圧縮』で、繊維の隙間を埋めて再構築したのがこれだ。


「こいつは鉄の五倍硬くて、重さは五分の一。そして何より、水や薬品に侵されず、絶対に腐りません」


「…ホラ吹いてんじゃねぇぞ」


 ビアージョは鼻で笑うと、近くにあった鉄のハンマーを無造作に振り上げ、力一杯板に叩きつけた。


 ガァンッ!!


 工房内に衝撃音が響く。普通の木材なら粉砕され、鉄板でも凹むような一撃だ。


 だが、ハンマーは勢いよく弾き返され、ビアージョの手首がジーンと痺れた。


 板には傷一つ、ヒビ一つ入っていない。


「…なっ!?」


 ビアージョの目が点になった。


 彼は慌てて板を持ち上げ、光にかざし、匂いを嗅ぎ、最後に端をヤスリで擦った。


 キュイイ、と金属を削るような音がするだけで、ヤスリの目が潰れる。


「バカな…。なんだこのふざけた硬さは。本当に木なのか?」


「はい。これが僕の提案する、最強の船の『装甲』です」


 ルカは自信満々に胸を張った。


 ビアージョはしばらく板を睨みつけていたが、やがて難しい顔をして腕を組んだ。


「…モノは認めてやる。だかな小僧、こいつをどうやって船にくっつける?釘は打てねぇぞ。こんな出鱈目な硬さの板に釘を打ったら、釘の方がひん曲がっちまう。それに、接着剤もダメだ。海水に浸かりゃ、どんな強力なにかわもいずれは剥がれる」


 ビアージョの指摘は的確だった。


 最強の素材を作れても、それを固定する手段がなければ、ただの重たい板切れだ。


 だが、ルカはニヤリと笑った。


「釘も接着剤も使いません。…『同化』させるんです」


「同化?」


「はい。マエストロには、船体の表面をカンナがけして、ミクロン単位で平滑にしてもらいたいんです。そこに僕がこの素材を押し当てて『圧縮』すれば、水素結合によって分子レベルで一体化します」


 ルカは二本の指を絡ませてみせた。


「継ぎ目は消滅し、船全体が一つの巨大な塊になります。これなら水が入り込む隙間も、フジツボが張り付く足がかりもありません」


 ビアージョはポカンと口を開けた。


 船一隻を、継ぎ目のない「一つの彫刻」にする。


 それは、既存の造船技術を根底から覆す、狂気じみた構想だった。


「…ハッ!ククク…!」


 沈黙の後、ビアージョの喉から低く唸るような笑い声が漏れた。


「船を『一つの塊』にするだと?呆れた構想だ。…だが、ゾクゾクしやがる」


 彼は愛用のカンナを手に取り、ギラリと刃を光らせた。


「上等だ。俺のカンナ捌きで、船の表面を鏡みてぇにツルツルにしてやる。…その代わり小僧、一ミリでも隙間ができたら承知しねぇぞ!海の上で装甲が剥がれたら、海の民は全員お陀仏だ!」


「望むところです!」


 ――こうして、前代未聞の改修工事が始まった。


 ドック入りしたカイの旗艦『スパッカ・テンペスタ』。


 全長40メートルを超える巨大な船体が、台座の上に鎮座している。


 船底にはビッシリとフジツボや海藻が付着し、喫水線下の木材は水を吸って黒ずんでいた。


「さて、やるか…と言いたいところだがな」


 ビアージョが濡れた船体を叩き、溜息をついた。


「これじゃカンナはかけられねぇ。木が水を吸ってブヨブヨだ。完全に乾くまで、最低でも一ヶ月はドックで天日干しだな」


「一ヶ月!?そんなに待てません!」


「しょうがねぇだろ。濡れた木にコーティングなんざしてみろ、中に残った水気が腐って、内側から船が死ぬぞ」


 職人の常識としては正論だ。だが、ルカには時間も、そんな悠長な常識もない。


「…僕がやります」


「ああん?」


「僕のスキルで『脱水』します」


 ルカは船体に歩み寄ると、濡れた竜骨キールに右手を押し当てた。


 イメージするのは、スポンジを絞るような圧力。


 ただし、木の繊維を壊さないよう、水分だけを押し出す微細なコントロールが必要だ。


「…『圧縮スクイーズ』!」


 ルカが念じた瞬間、木材から「ジュワッ!」という音が響いた。


 まるで巨大な雑巾を絞ったかのように、船体の表面から大量の水が噴き出したのだ。


 さらに、急激な圧力変化による断熱圧縮で熱が発生し、湯気がもうもうと立ち昇る。


「な、なんだと!?」


 ビアージョと職人たちが飛びのく。


 湯気が晴れた後、ルカが触れた部分の木材は、まるで何年も乾燥させた古木のように、乾いて白っぽく変色していた。


「…ふぅ。これでどうですか?含水率は15%以下、カンナ掛けに最適な状態のはずです」


「ば、化け物か、お前は…」


 ビアージョは乾いた木を撫で、呆れたように、しかし嬉しそうに笑った。


「へっ、乾燥待ちの時間まで短縮かよ。…よし野郎ども!言い訳はできねぇぞ!今すぐ削り始めろォッ!」


 ビアージョの号令で、職人たちが一斉に動き出した。


 シュッ、シュッ、シュッ。


 乾いた木材を削る軽快な音が響き渡る。ルカが先行して船体を「脱水」し、その後ろから職人たちがカンナをかけていく。


 その横で、アディたちが運び込む大量の『海麻』を、ルカが左手でCNFペーストに変えていく。


 それを職人たちが塗り広げ、最後にルカが右手で『結合』させる。


「圧縮!」


 バシィッ!


 空気が弾けるような音がして、白いペーストが一瞬で透明化した。


 ルカの手が通過した後には、木肌の色が消え、まるで船全体がクリスタルの薄膜で覆われたかのような、濡れた輝きだけが残る。


 指でなぞる。


 段差はない。


 完全に一体化している。


 さらに、竜骨などの重要箇所には、ルカが作った特製の「透明なリベット」が打ち込まれた。


 鉄より硬い透明な棒を打ち込み、両端を圧縮して周囲と同化させる「完全密封リベット」。


 錆びる金属を一切使わない、理想の接合だ。


「ルカ、キールの補強位置はここでいいのか?」


「うん、そこが一番水圧を受けるポイントだよ。重点的に打って!」


 ルカは的確に指示を飛ばしながら、ふと懐かしい感覚に包まれていた。


 船底のカーブ、竜骨のライン、舵の形状。


 それらを見ていると、前世の記憶が鮮やかに蘇ってくる。


(…懐かしいな。また自分で操船セーリングしたいなぁ)


 前世のルカは「材料工学の研究者」であると同時に、週末はマリーナに通う熱心な「セーラー」でもあった。


 一級小型船舶操縦士の免許を取得し、なけなしの貯金を使って格安で買った中古のヨットを整備し、風と波を読むのが何よりの息抜きだった。


 だからこそ、ルカは知っている。


 船のどこに負荷がかかるのか。どうすれば水流抵抗を減らせるのか。


 その知識は、本で読んだだけのものではない。


 波飛沫を浴びながら、体で覚えた「生きた知識」だ。


(…いつかまた、僕の手で海原を駆け巡りたい)


 そのささやかな夢が、今のルカを突き動かすもう一つの原動力になっていた。


「ルカ、手が止まってるぞ!」


「あっ、ごめん! すぐ行く!」


 作業は過酷を極めた。


 一日、二日、三日。


 ルカは「脱水」「ペースト生成」「結合」の三役を一人でこなし続けた。


 精神力の消耗で視界が霞み、指先が震える。


「ルカ、休んで!倒れちゃうよ!」


 アディが水差しを持って駆け寄る。


 ルカは荒い息を吐きながら、首を横に振った。


「だ、大丈夫…あと少しだ。ここで止めたら、結合にムラができる…!」


「小僧」


 不意に、背後から太い腕で支えられた。ビアージョだ。


 彼もまた、三日間不眠不休で指揮を執り、その目は血走っていたが、口元には獰猛な笑みがあった。


「いい根性だ。…だが、最後の一押しは気合を入れろ。俺たちの『魂』を船に焼き付けるんだ」


「…はいっ、マエストロ!」


 四日目の朝。


 最後のコーティングが完了した瞬間、ルカはその場にへたり込んだ。


「…できた」


 朝日の中、ドックの水門がゆっくりと開かれる。


 轟音と共に海水が流れ込み、台座から解放された『スパッカ・テンペスタ』が、ふわりと浮き上がった。


「おおおおおおっ…!」


 桟橋で見守っていたカイと、数百人の海の民から、どよめきが上がった。


 朝日に照らされたその船は、もはや以前の姿ではない。


 喫水線より下は、ガラス細工のように透明な光沢を放ち、水滴一つ残さず弾いている。船体全体が、一つの巨大な宝石になったかのようだ。


 カイが震える手で、船体に触れた。


 ツルリとした感触。


 フジツボが張り付く隙など、ミクロン単位で存在しない。


「…美しい」


 海の覇者カイが、感嘆のため息を漏らした。


「これが私の船か…。まるで、海そのものをまとっているようだ」


 ルカはアディに肩を借りて立ち上がり、カイの前に進み出た。


「約束通り…『絶対に腐らず』『何も張り付かない』船です。表面摩擦はほぼゼロ。理論上、最高速度は二割増しになります」


「二割だと!?ただでさえ速いこの船が!?」


 カイは信じられないという顔で船を見上げ、そしてルカの肩をガシッと掴んだ。


「見事だ。…これなら、世界の果てにある『魔の海域』さえも突破できるかもしれん」


「はい。…あと、もう一つオマケがあります」


「オマケ?」


 ルカは船首を指差した。


 そこには、新たに分厚い透明装甲で覆われ、鋭利に研ぎ澄まされた衝角ラムが突き出している。


「あの部分は特に高密度で圧縮しました。岩礁にぶつかっても、砕けるのは岩の方です」


「ガハハハハ!まさに『嵐を割るもの(スパッカ・テンペスタ)』か!気に入った!」


 カイの豪快な笑い声が港に響き渡る。


 その横で、ビアージョがボロボロになったカンナを見つめ、満足げに鼻を鳴らした。


「おい小僧。俺のカンナの刃が完全にイカれちまったぞ。…次の仕事は、この『刃』を研ぐための、もっと硬い砥石を作ることだな?」


「あはは…善処します」


 ルカは力なく笑った。


 体は限界だったが、心は満たされていた。


 最強の船は完成した。


 だが、そのあまりにオーバースペックな船の輝きは、港の影に潜む者たちの目をも引きつけていた。


 華やかな進水式の裏で、不穏な影が動き出していることに、彼らはまだ気づいていなかった。



(第15話「透明」終わり)



◆◇◆次回予告◆◇◆


次回予告 「最強の船は完成したけど、ロレンツォ兄さんは休ませてくれないみたい。『次はあの赤いのを金にするぞ!』だって。そう、あの失敗から生まれた『不変の赤』!これを市場に出せば、画材業界がひっくり返る!?でも、既得権益を持つギルドが黙っていないような…」


「次回、『赤の衝撃』。その色は、血よりも鮮烈!」

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