第13話「帰還」
2026/8/19 改訂
その日、セレニアの空は抜けるような青だった。カモメの声が高く響く中、港の鐘が入港を告げるリズムを打ち鳴らしている。
「来た…!」
桟橋の先から水平線を凝視すると、陽炎の向こうに鋭利な刃物のような船影が現れた。カイさんが率いる海の民の船団だ。
先頭を行く旗艦は、風を孕んだ帆を大きく膨らませながら、海面を滑るように近づいてくる。低い喫水線から伸びる船体は、相変わらず無駄がなくて美しい。
「やっぱりすごい船だ…。あの喫水線の低さ、トップスピードはどれくらい出てるんだろう」
「ルカ、ブツブツ言ってないで背筋を伸ばして!お父さんに見られるよ!」
アディに背中を叩かれて我に返った。そういうアディも少し緊張しているのか、白いワンピースの裾を指先で握っている。その後ろでは、ロレンツォ兄さんが腕を組んで船団を眺めていた。
「へっ、ビビるこたぁねぇ。俺たちはやるだけのことはやったんだ。胸を張ってりゃいい」
やがて旗艦が桟橋へ接岸し、降ろされたタラップから屈強な船員たちが次々と姿を見せた。その最後に現れた大きな影を見て、隣のアディが息を弾ませる。
「…お父さん!」
駆け出しかけた足が、カイさんの鋭い眼差しに止まった。カイさんは娘の姿を見てわずかに目を細めると、すぐに僕へ視線を移した。
「…約束の日だ、ルカ・マルチェッロ」
腹の底まで響く声に、膝へ力を入れて背筋を伸ばす。
「は、はい!」
「私が渡したゴミは、どうなった?金貨百枚の価値になったか?」
まっすぐ向けられた視線に喉が鳴った。それでも一歩前へ出て、黒いビロードの布に載せたペンダントを差し出す。
「なりました。…これを見てください」
銀の蔦に包まれた深紅のFUTUROを、カイさんは無骨な指で摘み上げ、太陽へかざした。
「…ほう。この色は…?…珊瑚か。…だが、ただの珊瑚ではないな。石よりも硬く、宝石よりも澄んでいる。…どうやった?」
「僕のスキルで加工しました!」
「…ふん」
FUTUROを見つめていたカイさんが、今度はロレンツォ兄さんへ目を向ける。
「おまえは?」
「ルカの兄だ」
「ほう、いい面構えだ」
「ありがとよ」
短いやり取りのあと、カイさんは再び僕へ向き直った。
「…モノはいい。だが、私が求めたのは価値だ。これはいくらになった?」
そこで兄さんが一歩出て、船主組合での取引記録を渡した。
「単価およそ二百枚。三つ売って、合計金貨五百八十枚だ」
兄さんは口元を上げ、そのままカイさんへ言葉を続けた。
「アンタのくれたゴミは、セレニアで価値のある宝石に化けたぜ。…もっとも、その金はウチの借金返済で右から左へ消えちまったがな」
「五百八十枚…だと?」
背後の船員たちからどよめきが起こった。カイさんは書類へ目を通し、それから黙って僕を見る。
合格なのか、不合格なのか。何も言わない時間が長く感じられ、胸の鼓動ばかりが大きくなっていく。
「…アディ」
「はい!」
「お前はこの一ヶ月、何を見ていた?」
アディは僕の隣へ並び、カイさんを真っ直ぐ見上げた。
「ルカの戦いを見てたよ。ルカは戦士じゃないけど、知識と努力で、誰も思いつかないようなすごい物を作ったの。それに…」
アディの手が僕の手をぎゅっと握り、その温かさに少しだけ肩の力が抜けた。
「家族を守るために、怖い大人たちにも立ち向かった。…私、ルカのことが誇らしかった!」
不意打ちの言葉に頬が一気に熱くなる僕をよそに、カイさんは重なった僕たちの手を見て、ふっと息を吐いた。その大きな手が僕の頭へ伸びてくる。
「…合格だ」
そのままガシガシと髪をかき回され、驚いて見上げると、さっきまでの鋭い眼差しが少しだけ和らいでいた。
「よくやった、小僧。いや…ルカ」
「えっ…?」
「金貨五百八十枚という結果も見事だが、何よりその使い道がいい。自分のためでなく、家を守るために力を使った。…その心意気、気に入った」
そこで初めてカイさんが豪快に笑い、その声を聞いた途端、胸の奥で固まっていたものがほどけていった。
「約束通り、交易を始めよう。そして…」
カイさんはアディへ向き直り、その言葉を続ける。
「アディとの婚約も、正式なものにする。海の民は、一度認めた身内は絶対に見捨てん。これからは我々も、お前の家族だ」
「あ…ありがとうございます!!」
深々と頭を下げると、胸の奥から熱いものが込み上げてきた。一ヶ月前には、百枚を稼げなければ婚約どころか家まで失うかもしれなかった。それが今、カイさんの口から交易と婚約の両方を認めてもらえた。
「へっ、よかったなルカ」
ロレンツォ兄さんに肩を叩かれたところへ、アディまで「やったね!」と飛びついてくる。
「さあ、積荷を下ろすぞ!今日は祝いだ!」
カイさんの声に船員たちが沸き、樽や珍しい海の交易品が次々と陸へ運ばれていく。さっきまで張りつめていた桟橋が、一気に祭りのような騒がしさへ変わった。
その輪の中で、ポケットに入れていた黒いタガネへ指を触れる。これも一ヶ月で得た成果だけど、見せるのはもう少し後でいいかな。
今は、アディの笑顔を見ながら、この結果を喜んでいたかった。
(第13話「帰還」終わり)
◆◇◆次回予告◆◇◆
「カイさんに認められた!よかったぁ、一時はどうなることかと…。えっ、今夜はウチの屋敷で歓迎会!?父様とカイさんが並ぶと、なんだかすごい迫力だね…。って、二人とも飲み過ぎじゃない?ええっ!?意気投合して『アレ』を作れって?そんな無茶な注文、僕たちにできるの!?」
「次回、『宴』。父たちの暴走は止まらない!」




