第13話「帰還」
その日、セレニアの空は抜けるような青だった。
カモメの声が高く響く中、港の鐘が「入港」を告げるリズムを打ち鳴らす。
「来た…!」
桟橋の先端で、ルカは水平線を凝視した。
陽炎の向こうから現れたのは、鋭利な刃物のようなシルエット。
カイ率いる海の民の船団だ。
先頭を行く旗艦は、風を孕んだ帆を美しく膨らませ、滑るように海面を切り裂いて進んでくる。
その圧倒的な機能美に、ルカは恐怖と感動がないまぜになった溜息を漏らした。
「やっぱりすごい船だ…。あの喫水線の低さ、トップスピードはどれくらい出てるんだろう」
「ルカ、ブツブツ言ってないで背筋を伸ばして!お父さんに見られるよ!」
隣に立つアディが、ルカの背中をバシッと叩いた。
彼女も少し緊張しているのか、ワンピースの裾をギュッと握りしめている。
その後ろには、腕組みをしたロレンツォが立っていた。
「へっ、ビビるこたぁねぇ。俺たちはやるだけのことはやったんだ。胸を張ってりゃいい」
やがて、旗艦が静かに桟橋へと接岸した。
タラップが降ろされ、屈強な船員たちが降りてくる。そして最後に、岩山のような巨体が現れた。
六の長、カイ。
一ヶ月前と変わらぬ、いや、海での日々を経てさらに研ぎ澄まされた威圧感を纏っている。
「…お父さん!」
アディが駆け寄ろうとするが、カイの鋭い眼光を見て足を止めた。
カイは娘の無事を確認すると、わずかに目を細めたが、すぐに視線をルカへと移した。
「…約束の日だ、ルカ・マルチェッロ」
地響きのような声。
ルカは直立不動になり、震える膝に力を込めた。
「は、はい!」
「私が渡した『ゴミ』は、どうなった?金貨百枚の価値になったか?」
試すような視線が突き刺さる。
ルカはゴクリと唾を飲み込み、一歩前へ出た。
「なりました。…これを見てください」
ルカが差し出したのは、黒いビロードの布に乗せられた一つのペンダントだった。
銀の蔦が絡みつく、燃えるような真紅の宝石。
『FUTURO』だ。
「…ほう」
カイは無骨な手でそれを摘み上げた。
太陽にかざすと、深紅の光が彼の顔を照らす。
「珊瑚か。…だが、ただの珊瑚ではないな。石よりも硬く、宝石よりも澄んでいる。…どうやった?」
「不純物を取り除き、圧力をかけて再結晶化させました」
「…ふん」
カイは口元を緩めず、次にロレンツォの方を見た。
「おまえは?」
「ルカの兄だ」
「ほう、いい面構えだ」
「ありがとよ」
カイは視線を戻した。
「…モノはいい。だが、私が求めたのは『価値』だ。これはいくらになった?」
ロレンツォが進み出て、一枚の書類をカイに手渡した。
それは船主組合での取引記録と、銀行への返済証明書だ。
「単価およそ200枚。三つ売って、合計金貨580枚だ」
ロレンツォが不敵に笑う。
「アンタのくれたゴミは、セレニアで一番高い宝石に化けたぜ。…もっとも、その金はウチの借金返済で右から左へ消えちまったがな」
「580枚…だと?」
カイの背後に控えていた部下たちがどよめいた。
ゴミ同然のバラスト用の石や珊瑚が、家一軒分以上の価値になったのだ。
カイは書類に目を通し、それからじっとルカを見た。
その沈黙が、ルカには永遠のように感じられた。
合格か、不合格か。心臓の音がうるさいくらいに鳴り響く。
「…アディ」
カイが静かに娘を呼んだ。
「はい!」
「お前はこの一ヶ月、何を見ていた?」
問われたアディは、ルカの隣に並び、父親を真っ直ぐに見上げた。
「ルカの戦いを見てたよ。ルカは戦士じゃないけど、知識と努力で、誰も思いつかないようなすごい物を作ったの。それに…」
アディはルカの手をギュッと握った。
「家族を守るために、怖い大人たちにも立ち向かった。…私、ルカのことが誇らしかった!」
アディの言葉に、ルカの顔がカッと赤くなる。
カイは娘の手がルカの手を握っているのを見て、ふっ、と息を吐いた。
そして、その大きな手がルカの頭の上に置かれた。
「…合格だ」
ガシガシ、と荒っぽく撫でられる。
「よくやった、小僧。いや…ルカ」
「えっ…?」
「金貨580枚という結果も見事だが、何よりその使い道がいい。自分のためでなく、家を守るために力を使った。…その心意気、気に入った」
カイはニカっと、太陽のように豪快に笑った。
「約束通り、交易を始めよう。そして…」
カイはアディに向き直った。
「アディとの婚約も、正式なものにする。海の民は、一度認めた『身内』は絶対に見捨てん。これからは我々も、お前の家族だ」
「あ…ありがとうございます!!」
ルカは深々と頭を下げた。目頭が熱くなる。
なにものでもなかった自分が、海の覇者に認められたのだ。
「へっ、よかったなルカ」
ロレンツォが肩を叩いてくる。
アディも「やったね!」と飛びついてきた。
「さあ、積荷を下ろすぞ!今日は祝いだ!」
カイが号令をかけると、船員たちが歓声を上げて動き出した。
樽が運ばれ、珍しい海の食材が陸揚げされる。
港は一転して、祭りのような熱気に包まれた。
ルカはその光景を見ながら、ポケットの中にある「もう一つの成果」――黒いタガネを握りしめた。
(これを見せるのは、もう少し後でいいかな)
今はただ、この勝利の余韻と、アディの笑顔を噛み締めていたかった。
こうして、ルカ・マルチェッロは第一の試練を乗り越え、強力な味方と、未来への切符を手に入れたのだった。
(第13話「帰還」終わり)
◆◇◆次回予告◆◇◆
「カイさんに認められた!よかったぁ、一時はどうなることかと…。えっ、今夜はウチの屋敷で歓迎会!?父様とカイさんが並ぶと、なんだかすごい迫力だね…。って、二人とも飲み過ぎじゃない?ええっ!?意気投合して『アレ』を作れって?そんな無茶な注文、僕たちにできるの!?」
「次回、『宴』。父たちの暴走は止まらない!」




