表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
錬金術?いいえ、材料工学です。授かったスキルで海洋国家の覇者になります!  作者: 秋澄しえる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/66

第11話「商談」

 水の都セレニアの港湾地区の中心に、威風堂々とした石造りの建物が鎮座している。


 「セレニア船主組合会館」。


 この国の経済を動かす海運業者や、大商人たちが集う、まさに富と権力の伏魔殿だ。


「…うわぁ。いつ見てもデカい建物だね」


 建物の前で、ルカはごくりと唾を飲み込んだ。


 今日の彼は、いつもの作業着ではない。母イザベッラが夜なべして仕立て直してくれた、少しサイズの大きい正装用のジャケットを着ている。


 隣のアディも、海の民の民族衣装ではなく、清楚な白いワンピース姿だ。褐色の肌に白い布地がよく映えている。


「ビビってんじゃねぇぞ、ルカ」


 二人の背中を、ロレンツォがバンと叩いた。


 彼はパリッとしたスーツを着こなし、鼻眼鏡の位置を直しながら不敵に笑った。


「いいか。今日の主役は俺たちの『商品』だが、それを演出するのは俺たちだ。ナメられたらそこで負けだと思え」


「う、うん!わかってるよ兄さん」


「よし。…行くぞ!」


 ロレンツォを先頭に、三人は重厚な扉をくぐった。


 会館の中は、紫煙とざわめきに満ちていた。


 高い天井、磨かれた大理石の床。


 そこここにある商談テーブルでは、恰幅のいい男たちが海図や契約書を広げている。


 ルカたちが足を踏み入れると、数人の視線が彼らに注がれた。


「ん?あれは…マルチェッロ家の三男か?」


「ああ、あの『沈没商会』の…。まだ生きていたのか」


「また借金の延期でも頼みに来たんだろう。貧乏神が移る前に追い返せ」


 あからさまな嘲笑と、冷ややかな視線。


 かつての名家の没落ぶりは、この街では周知の事実だった。


 ルカが悔しさに拳を握りしめる。


 だが、ロレンツォは涼しい顔で嘲笑を受け流し、ホールの中央にある一番大きなテーブルへと歩み寄った。


 そこには、組合の長老格である大物船主たちが陣取っていた。


「よう、ご歴々。今日は極上の『儲け話』を持ってきてやったぜ」


 ロレンツォはいきなり、馴れ馴れしい口調で切り出した。


 長老の一人、白髭の老人が不快そうに眉をひそめる。


「…ああ、マルチェッロ家のロレンツォかね。我々は忙しいのだ。ガラクタを売りに来たのなら、市へ行きたまえ」


「ガラクタ?へっ、アンタらの目は節穴か?」


 ロレンツォは挑発的に笑うと、懐から黒いビロードの布を取り出し、テーブルの上に広げた。


 そして、ルカに目配せをする。


 ルカは緊張で震える手を押さえ、布の上にそっと「それ」を置いた。


 ――瞬間、ホールの空気が変わった。


 薄暗いホールの中で、そこだけスポットライトが当たったかのように、鮮烈な「赤」が輝いたのだ。


 マエストロ・ビアージョが施した繊細な銀のつたが、燃えるような深紅の宝石を抱き込んでいる。


「な、なんだこれは…?」


「ルビーか?いや、これほど深く、透明な赤など見たことがない…」


 長老たちが身を乗り出す。周りの商人たちも、ざわめきを止めて集まってきた。


「こいつは宝石じゃねぇ」


 ロレンツォが芝居がかった仕草で言った。


「これは『未来』だ」


「未来、だと?」


「ああ。アンタらも知ってるだろう。海の民に伝わる伝説を。『深海にあるあかは、嵐を鎮め、迷える船を導く』ってな」


 ロレンツォはアディの肩を抱き寄せた。


「こいつは、海の民のおさの娘が、命がけで深海から持ち帰った『守護石』だ。それを、我が商会独自の技術と、あのマエストロ・ビアージョの腕で加工した。…名付けて『FUTUROフトゥーロ』」


 その名前の響きに、商人たちがどよめいた。


「ビアージョだと?あの偏屈な天才が加工したのか?」


「海の民の守護石…。確かに、この赤を見ていると、体の奥から力が湧いてくるようだ」


 ロレンツォの弁舌は止まらない。


 単なるアクセサリーではない。


 これは航海の安全を買うための「保険」であり、船乗りの命を守る「希望」なのだと。


「ど、どういう理屈でそんな力が?」


 一人の商人が尋ねる。ここでルカの出番だ。


 ルカは一歩前に出ると、眼鏡を光らせて解説した。


「か、科学的な根拠があります!この素材は、鋼鉄と同等の硬度と、海水に浸けても絶対に腐食しない耐性を持っています!つまり、『永遠に砕けず、輝きを失わない』んです。その不変性こそが、過酷な海で戦う船乗りたちの心の支えになるはずです!」


 ルカの熱弁(早口)に、商人たちは圧倒されたように頷いた。


「鋼鉄並みの硬度…永遠の輝き…」


「確かに、船首像フィギュアヘッドの代わりに、船長にこれを持たせれば…」


 空気が完全に変わった。嘲笑は消え、そこにあるのは貪欲な「購買意欲」だ。


 ロレンツォはニヤリと笑い、勝負に出た。


「さて、今回は試作品として『三つ』だけ用意した。…早い者勝ちだ。金貨20枚から!」


「25枚!」


「50枚だ!私の船団の旗艦に乗せる!」


 怒号のような競り合いが始まった。


 ルカとアディは顔を見合わせ、信じられないという表情をした。


 原価ゼロの珊瑚が、今、家一軒分に近い価値を生み出している。


「80枚!」


「110枚!」


 値が次々とつり上がり、ロレンツォがハンマー代わりのコインを机に叩きつけようとした、その時だった。


「…お待ちなさい」


 凛とした、しかしどこか粘着質な声が響いた。


 人垣が割れ、一人の男が進み出てくる。


 仕立ての良い紫色の服に、細い目。


 その胸元には、ライバル国家「ジェンティーレ共和国」の商会の紋章が光っていた。


「あれは…ジェンティーレの商務官、パオロか?」


 誰かが囁く。


 パオロと呼ばれた男は、テーブルの上の『FUTURO』を、手袋をした手でつまみ上げた。


「美しい。確かに美しいですね。…ですが」


 パオロは細い目をさらに細め、ルカをじろりと見た。


「おかしな話だ。海の民との交易は、我がジェンティーレも長年試みてきましたが、彼らは決して心を開かない。…没落したマルチェッロ家ごときが、どうやってこのような希少な素材を入手したのですかな?」


「ッ…!」


 ルカが息を呑む。


 パオロの目は、「商品」ではなく「出所」を疑っていた。


 もしここで「実はゴミから作りました」なんてバレれば、詐欺罪で捕まるどころか、技術ごと消される。


「…へっ」


 張り詰めた空気の中、ロレンツォが鼻で笑った。


 彼はパオロの手から『FUTURO』をひったくると、挑発的に言い放った。


「没落した?だからだよ、パオロさん」


「…何?」


「俺たちには失うものがねぇ。だから命がけで懐に飛び込んだのさ。…それに、こいつの輝きを見ればわかるだろ?これは金や権力じゃ買えない、『信頼』のあかしだってな」


 ロレンツォはアディの肩をポンと叩いた。


「ここにいるのは、海の民の長の娘だ。彼女がここにいることこそが、俺たちの『契約』が本物である証拠だろ?」


 アディは緊張しながらも、パオロをキッと睨み返した。その瞳の強さは、まさに海の民のそれだった。


 パオロはしばらくアディとロレンツォを交互に見ていたが、やがてフッと薄い笑みを浮かべた。


「…なるほど。確かに、『本物』のようですね」


 彼は一歩下がった。


「失礼しました。商売敵として、少々嫉妬してしまったようです」


「わかればいいんだよ。…さあ、商談再開だ!」


 ロレンツォの声で、再び会場が熱気に包まれた。


 結果として、三つの『FUTURO』は、合計で金貨580枚という破格の値段で落札された。


 帰り道。


 重たい金貨袋を懐に入れたロレンツォは、上機嫌で口笛を吹いていた。


「見たかあいつらの顔!金貨580枚だぞ!?大勝利なんてもんじゃねぇ、奇跡だ!」


「すごかったね兄さん!これで当面の利子どころか、元金の一部まで返せちゃうよ!」


「…でも、怖かった」


 アディがぽつりと言った。


「あのパオロって人…笑ってたけど、目が笑ってなかった。蛇みたいだった」


「…ああ」


 ロレンツォの表情が引き締まる。


「奴は気づいてやがったな。この素材が、ただの『海の民の土産』じゃねぇってことに。…これからは気をつけろよ、ルカ。俺たちは今日、派手に狼煙のろしを上げすぎたかもしれねぇ」


 ルカは振り返り、遠ざかる組合会館を見上げた。


 夕陽に染まる建物は、先ほどよりも巨大で、威圧的に見えた。


 光が強くなれば、影もまた濃くなる。


 金貨の重みと共に、ルカは「大人たちの戦場」に足を踏み入れたことを実感していた。



(第11話「商談」終わり)



◆◇◆次回予告◆◇◆


「やったよ母様!父様!ロレンツォ兄さんの活躍で、なんとか借金の利子分は稼げたよ!これで屋敷を取られずに済む…と思ったら、銀行家がやってきた!?えっ、『方針が変わった』?『今すぐ全額返せ』だって!?そんなの約束が違うよ!この裏には絶対、誰かの思惑がある…!」


「次回、『返済』。大人の世界って、汚い!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ