8. 禁忌文明の追跡者
森が裂けるような音が背後から響いた。
「アレン、もっと速く!」
「わかってるッ!」
枝をかき分け、足場の悪い斜面を滑り降り、転びそうになりながら全力で走る。
背後では、仮面の男が静かに歩いているはずなのに――その距離は縮まっていた。
(どうして……歩いてるだけなのに追いつかれる!?)
アレンは荒い呼吸の合間に、文明値が“自動計測”を始めていることに気づいた。
――対象:禁忌文明構造体
――解析:不完全リンク・位相跳躍による移動
――危険度:極めて高い
(位相跳躍……つまり、空間の“段差”を飛び越えてる!?)
リリアが振り返り、スピアを構えた。
「アレン、ちょっと止まって!」
「止まれない!追いつかれるだけだ!」
「でも、このままじゃ……!」
「伏せろ!」
アレンが叫ぶと同時に――
仮面の男の後方に無音の“裂け目”が走った。
空間が千切れ、黒い糸のようなものが伸びてくる。
(やっぱり……空間操作系の文明遺物を使ってる!)
「リリア、右に跳ぶぞ!」
「え、ちょ、アレン――きゃっ!」
アレンはリリアの腕を掴み、横へ飛び込んだ。
背後で地面が音もなく切断され、数秒遅れて崩れ落ちた。
「今の……私たち、真っ二つにされてた?」
「たぶん」
「たぶん!?」
リリアの叫びを背に、再び駆け出す。
森の奥へ。
森の深部は、周辺よりも光が少なく、木々は異常なほど太い。
その幹の一部が機械化しているのが見えた。
「……これ、自然じゃないよね?」
「うん。文明の原点がこの森の“地層”に混じってる。だから木々も半機械化してるんだ」
リリアが息を呑む。
「ここは……文明の分岐点だった場所?」
「たぶん。だから禁忌文明もここを狙ってる」
言い終える前に、アレンの背筋が震えた。
(来る――!)
アレンは咄嗟にリリアを押し倒し、上から覆いかぶさる。
次の瞬間、仮面の男の右手が、アレンたちの頭上をかすめた。
黒い空間の筋が、触れた木々を沈黙のまま“裂く”。
「……よく避けたな。文明値9999の反応速度は伊達ではない」
「お前……何者だ!?」
「あまり興味はないだろう。だが一応名乗っておく」
仮面の男は、顔をわずかに傾けて言った。
「我は“再起動者”。禁忌文明の尖兵のひとりだ。
お前を迎えに来たのは――上位の命令による」
「迎えに……?」
「原点持ちであるお前は、我らの文明の最後の鍵だ。
世界管理機構も、表の文明も、まだそれに気づいていない」
(世界の……鍵? 本当に何を言ってるんだ……?)
リリアが前に出ようとするが、アレンが手で制した。
「待ってリリア。あいつの狙いは俺だ」
「だから危険なんでしょ!」
「……でも逃げても追いつかれる」
再起動者が指を鳴らした瞬間、周囲の空間が波紋のように歪む。
そこから、複数の“影”が出現した。
「分身体……!?」
「位相ずらしによる簡易投影だ。実体は薄いが、殺傷力は十分だ」
影たちが一斉にアレンへ跳びかかる。
「アレン!!」
(避けられない――!!)
その瞬間、アレンの胸が熱くなった。
――文明値、上昇。
(上昇……?)
――文明値9999 → 一時解放モード:0.7%
(0.7パーセント……? なんでこんな勝手に……)
視界が一変した。
周囲の空間構造、影の投影軌道、仮面の男の位相座標――
すべてが設計図のように浮かび上がる。
「アレン、目が……光ってる……!」
「たぶん……一時的に文明メモリが開いてるんだ!」
アレンはリリアの手を掴み、低く叫んだ。
「リリア、今からあの影の“接続点”を切る。
お前のスピアでその座標を突け!」
「座標って、どこ!?」
「そこだ!!」
アレンが指さした瞬間、影たちの“弱点”が空間に浮かび上がるようにリリアにも見えた。
「見えた……!? アレン、これって――」
「行け!!」
リリアはスピアを突き出し、影の座標を次々と潰していく。
影は一体、また一体と黒い煙のように消えた。
「ほう……原点持ちの能力はそこまで顕著か」
仮面の男は、わずかに興味を持ったような声で言った。
「だが、まだ序の口。
お前が完全に“開放”されたとき、この世界は――」
「黙れ!!」
アレンが叫び、リリアが前に飛び出す。
「アレンを勝手に利用しようとするな!!」
リリアのスピアが光をまとい、男へ向けて閃いた。
しかし仮面の男は、一歩退くことなく静かに手を上げる。
「無駄だ」
空間が、リリアの進行方向ごと“捻じれた”。
「っ――!?」
リリアの体が空中で歪み、スピアが逸れる。
「リリア!!」
アレンは咄嗟に彼女を抱き寄せ、後方へ転がる。
仮面の男が静かに歩み寄ってきた。
「やはり連れて行く。抵抗は想定内だ」
アレンはリリアを守りながら立ち上がった。
(逃げられない……戦えない……
でも、リリアだけは絶対に渡さない……!!)
その瞬間――
森全体が――震えた。
地面の下から、巨大な文明構造体の“起動音”が響いた。
ウウウウウウウウウ――――ン。
「……原点が、目覚めた?」
仮面の男がわずかに驚いたように視線を向ける。
「アレン!!」
「わかってる。これは……俺たちを呼んでる!」
森の奥から風が吹き、光が差し込み――
巨大な“扉”のような石柱が現れた。
文明の原点。
アレンの力の根源。
「リリア、行くぞ!あそこへ!!」
「うん!!」
二人は一気に扉へ向かって走る。
背後で仮面の男が呟いた。
「――面白い。ならば、その扉ごと奪うとしよう」
追撃は、さらに激しさを増していく。




