7. 文明値9999の片鱗
翌日、アレンとリリアは〈リンドの森〉のさらに奥へと足を踏み入れていた。
森が深くなるにつれ、空気が変わる。湿り気を帯び、どこか鉄の匂いがする。
「……あれ、気づいてる? 空間の“揺れ”」
リリアが足を止める。
アレンは息を整え、周囲に意識を集中させる。
草木のざわめきが遠のき、代わりに、ざらついた“ノイズ”のような何かが耳の奥に入り込んできた。
(これは……昨日の“森林自動防衛システム”が暴走したときの気配に似てる)
「ここが、文明遺跡が眠っている場所……なんだよね?」
「うん。だけど、昨日のよりずっと大規模だと思う。もう“森のレベル”が違う」
リリアはそう言いながら、腰の〈神器ユニット〉を軽く叩いた。
「アレン、事前に言っておくね」
「うん?」
「……今日は、“私の武器進化システム”を使う必要があるかもしれない」
その言葉に、アレンは喉を鳴らした。
リリアの武器進化システムは、第4話で判明した通り、文明値を“外部装備へ一時的に移す”危険な力だ。
本来なら国の上位研究者しか扱えない。
使い方を誤れば、リリア自身の負荷が跳ね上がり、最悪、精神が壊れる可能性すらある。
「そんなに危険な状況なの?」
「森の空間崩れの度合い……普通じゃない。たぶん――“禁忌文明”が動いた」
その名を口にした瞬間、空気がさらに重くなった。
禁忌文明。
国家が存在を否定し続けてきた、最古の文明の残滓。
〈文明の原点〉のメモリと相反する性質を持ち、世界のバランスそのものを狂わせる存在。
(もし本当に禁忌文明が目覚めたなら……)
アレンが思考に沈んだ瞬間――
――ゴゴゴッ。
地面が震えた。
「来るよ、アレン!」
「わかってる!」
二人は同時に跳び退き、倒木の上に身を預ける。
次の瞬間、地面を突き破って“何か”が飛び出してきた。
「……自動兵器?」
アルトが目を細める。
それは巨大な石像のような体を持つ“守護兵”だった。
だが、通常の遺跡から出る“古代兵”とは決定的に違う。
「……顔が、ない?」
「いや、あれは――消されてるんだよ」
リリアの声には、震えが混じっていた。
「禁忌文明はね、“文明の痕跡”を削ることで、存在そのものを隠しながら動くの。
あれはすでに、何かに“汚染”されてる」
(汚染……ということは、あの兵器は“元の設計”を失っている)
アレンの脳裏に、過去の文明管理機関での叱責が蘇る。
――文明値9999など存在するわけがない。
――その数値は“文明そのものの破壊”を招く。
(……今ならわかる。俺は“文明の原点”そのものに関わる力を持っている)
巨大守護兵が、腕を振り上げた。
地面を砕く轟音。石片が飛び散り、リリアの頬をかすめた。
「アレン! 武器進化、使う?」
「ダメだ。まだリリアの負荷が高すぎる」
「でも――!」
「時間稼ぎなら俺がやる!」
アレンは地を蹴って前に出た。
身体強化の魔力はない。
剣の訓練もそこまでしていない。
だが――文明値が“反応”した。
(感じる……この兵器の文明構造が、直接頭に入ってくる……!)
守護兵の動きの“予測”が、まるで設計図のように浮かび上がる。
「アレン!? そんな速度で避けられるわけ――」
リリアの声が届く前に、アレンは守護兵の腕をすり抜けていた。
最低限の体勢で回避しながら、弱点構造に向けて短剣を突き立てる。
――ガキィィン!
石の外殻を砕く感触。
(ここを壊せば、内部の文明コアが露出する……!)
「リリア! コアを狙って!」
「了解っ!」
リリアが進化武器〈アーク・スピア〉を構え、魔力を一点に集中させる。
コアが光り、守護兵が大きく悲鳴を上げるような振動を発した。
「今だ、リリア!!」
「――穿て!!」
スピアの光が一直線に走り、コアを貫いた。
守護兵は崩れ落ち、霧のように消散していった。
戦闘が終わると同時に、アレンは膝をついた。
「アレン!? 無茶しすぎ――」
「……大丈夫。文明の“構造”が見えただけだから」
リリアが息を飲む。
「それって……文明値9999の“本質”なんじゃないの?」
「たぶんね。俺は“文明そのものの設計”に干渉できる」
その言葉は、世界の常識を覆すものだった。
沈黙を破ったのは、森の奥から聞こえた機械的な雑音だった。
――ピ……ザ……ザ……。
「誰か、いる……?」
リリアが身構える。
木々の影から、黒い外套をまとった存在が現れた。
金属の仮面。
全身にまとわりつく“文明汚染”の赤黒いオーラ。
「……禁忌文明の人間……?」
その仮面の奥で、光が揺れた。
「――文明値9999。ついに、“原点持ち”が現れたか」
二人に向けて、ゆっくりと右手が持ち上がる。
「お前は世界の鍵だ。アレン・クロスフォード。
我らが文明の“再起動”のため、連れて行く」
アレンの背筋を冷たいものが走った。
(こいつらは……最初から俺を狙っていたのか)
「リリア、逃げるぞ!!」
「うん!!」
二人は全力で森の奥へと駆け出した。
背後では、禁忌文明の仮面が静かに追跡を開始していた。
世界が動き始めた音が、遠くで響いていた。




