4. 文明の原点
夜になり、村の外れにある石碑の前で、アレンとリリア、そして文明測定士オルフェンは三人だけで向き合っていた。
月光に照らされた石碑は、ひび割れた古い石でできている。
しかしその表面には淡く青い線が流れ、まるで“呼吸”しているように見えた。
アレンは思わず息を呑む。
「……これが? 文明の“原点”?」
オルフェンは静かに頷いた。
その表情には緊張が滲んでいる。
「これは文明基盤石。
文明が生まれ、成長し、そして滅びる――
その循環を記録する“根”だ」
リリアが石碑を覗き込む。
「こんなの……今まで光ってなかったよ?」
「光っておるのは、この少年がいるからだ」
オルフェンはアレンを指し示す。
「文明値9999。その値は、文明そのものの“総量”とも呼ばれる。
つまりお前は――この世界に存在しない文明の記憶を、丸ごと持っている」
アレンは胸に手を当てた。
(俺が……この世界の外の文明の“記憶”を?)
だがオルフェンは言葉を重ねる。
「だが理解してはならぬ。
文明値9999は“完全な文明”ではない。
むしろ――“壊れた文明値”だ」
空気が冷えた。
アレンは眉をひそめる。
「壊れた……?」
オルフェンはゆっくりと指を石碑に触れた。
すると、石碑の青い光が強く脈打ち、
アレンの視界に文字列が流れ込んできた。
【文明基盤石:解析開始】
【文明の状態:崩落】
【原因:禁忌文明の侵入】
【関連値:Civilization 9999】
アレンの心臓が跳ねる。
(俺の文明値が……原因?)
リリアがアレンの手を掴む。
「アレンのせいじゃないよ!」
オルフェンは首を横に振った。
「少年のせいではない。しかし関わっておる。
“外の文明”が、この世界へ干渉している。
そして――お前の文明値は、それに最も近い位置にいる」
アレンは苦い息を吐いた。
「じゃあ……俺はこの世界を壊す存在、なんですか?」
オルフェンは静かに答えた。
「壊す存在にも、救う存在にもなり得る」
その言葉は重かった。
しばらく沈黙が続いた後、オルフェンは地面の砂を払って座り込む。
「文明には三つの段階がある。
“原初文明”、
“展開文明”、
“禁忌文明”だ」
アレンは聞き逃すまいと耳を澄ます。
「原初文明――これは、生物が火を使い、道具を作り、知恵を育てる段階。
展開文明は、社会ができ、技術が発展し、文化が形を得る段階。
そして禁忌文明は――」
オルフェンの声が少しだけ低くなった。
「文明が“歪んでしまった段階”だ。
技術が生命を侵し、知識が世界を壊し、
文明そのものが目的を失う」
アレンは息を飲む。
「昨日のあの怪物……」
「あれは禁忌文明の産物だ」
オルフェンははっきりと言った。
「禁忌文明は、世界の文明値が一定を超えたとき、自然と現れ始める。
そして文明を……食う」
“文明を食う”という言葉が、アレンの背筋を冷たくする。
(文明を……食う?)
オルフェンはアレンをまっすぐ見つめた。
「お前の文明値9999は、禁忌文明にとって“最高の餌”なのだ」
リリアがアレンを庇うように立った。
「そんなの……そんなの許さないよ!」
だがその瞬間――石碑が大きく震えた。
ゴゴゴゴゴ……!
青い光が渦を巻き、
空気に裂け目が生じる。
アレンは足を踏ん張った。
「な、何だ……!」
石碑の上部から、巨大な“影”が浮かび上がる。
人型のようであり、獣のようでもあり、
金属のような質感を持つ黒い影――
リリアが震えた声を上げる。
「もう出てきたの……禁忌文明が!」
オルフェンは杖を握りしめる。
「違う……これは禁忌文明本体ではない。
“文明情報”の残滓だ」
石碑の光がさらに強まり、影が形を取り始める。
影は口のような裂け目から、かすれた声を吐き出すように言った。
『……9999……回帰……起動……』
アレンは鳥肌が立った。
(この影……俺を知ってる?!)
オルフェンが叫ぶ。
「退がれ! これは記録に触れてはならん!」
だが遅かった。
影の“視線”が、アレンの胸の文明値に向けられた瞬間――
世界が、一瞬だけ“途切れた”。
***
意識が飛ぶほどの衝撃。
アレンは石碑から吹き飛ばされ、
リリアが叫び声をあげて彼を抱き止めた。
「アレンッ!!」
息ができない。
胸の奥に熱が流れ込む。
パネルが暴走するように光った。
【文明値:9999 → 9999(固定)】
【文明情報が侵入しました】
【一部の文明技術が解放されます】
アレンは咳き込みながら呟く。
「……これが……“文明が混ざる”って……ことか」
だが石碑から漏れる声はまだ続いていた。
『……目覚メロ……原点ヨ……
……禁忌ニ……喰ワレ……ル前ニ……』
次の瞬間、影は霧散した。
石碑の光も消え、村は再び静かな夜に戻る。
アレンは震える手で胸を押さえた。
「これが……文明の原点……?」
オルフェンは険しい表情で言った。
「違う。今のは“原点の呼び声”だ。
お前が行かねばならん場所が、この世界のどこかにある」
リリアがアレンの腕を掴む。
「行くんでしょ、アレン?」
アレンは空を見上げる。
星空が、どこか歪んで見えた。
(文明値9999の謎……
禁忌文明……
そして“原点”……)
逃げられない。
「うん。行くよ」
アレンは強く頷いた。
「この世界が危ないなら、確かめるしかない。
俺が何のためにここへ来たのか……知るためにも」
リリアは笑った。
「じゃあ、あたしも行く。武器のことは任せて!」
オルフェンは深く頷き、杖を突いた。
「旅立つならまず向かうべきは“レント王都”だ。
文明研究が最も進んでおる。
禁忌文明の痕跡も、そこに集まりつつある……」
アレンは夜空の下、静かに拳を握った。
こうして――
アレンたちは“文明の原点を探す旅”へ踏み出すことになる。




