3. 禁忌文明 VS 融合獣
怪物の足音は、地面そのものを震わせていた。
四足で走るたび、金属の関節が軋み、耳障りな火花が散る。
生物とも、兵器とも呼べない――まるで文明の残骸が獣に寄生したような異形だった。
「くっ……でかい!」
リリアが歯を食いしばりながら鉄槌を構える。
アレンの視界には、怪物の身体に赤い線が浮かび、弱点を縁取っていた。
(頭部装甲:硬度高。
脚部の関節:脆弱。
背中の融合核:危険度S……何だよ、Sって……!)
視界の隅では、青いルートがぐにゃりと伸び、
“ここを走れ”と言わんばかりに地面を示す。
「アレン! 作戦ある!?」
「ある……けど、説明してる暇がない!」
アレンは息を吐き、走った。
巨大な怪物が吠え、アレンへ飛びかかってくる。
常人なら反応すらできない速さ――しかし。
(見える……!)
世界がかすかに遅くなる。
文明値9999の“戦術視認”が再び起動し、
アレンの身体は思考より先に動く。
「リリア、右脚だ!!」
「了解ッ!」
リリアは鉄槌を全力で振り下ろす。
金属のような怪物の脚に、雷鳴のような衝撃音が響いた。
ガンッ!!
「効いた……!?」
「ひび入った! もう一撃!」
怪物が苦しげに体勢を崩し、怒り狂ってリリアに襲いかかる。
(やばい――!)
アレンは反射的にリリアを突き飛ばした。
怪物の爪がアレンの頬をかすめ、
皮膚が切れて鮮血が流れる。
「アレン!!」
痛みが走るが、それよりも脳内のパネルが赤く点滅した。
【文明適応:軽度発動】
【外傷:解析完了】
【戦闘効率:+18%】
(……戦闘効率って、何だよ!)
身体が熱くなり、視界がさらに鮮明になる。
呼吸は苦しくない。心拍は安定している。
まるで痛みを“文明”が処理してくれているようだった。
(これは……戦うための身体に“最適化”されていく……?)
怪物が再び跳びかかってくる。
アレンは地面を蹴り、青いルートの通りに動く。
そして――怪物の背後へ回り込んだ。
「リリア!! 今だ、背中の中心!!」
「任せて!!」
リリアは地面を蹴り、大きく跳躍。
鍛冶屋の娘とは思えない力強さで、鉄槌を振りかぶる。
怪物の背中にある“融合核”へ――
ガァンッッ!!
まるで内部から空気が破裂したように、
怪物の体が大きく跳ねた。
金属が砕け、獣の肉が裂け、
光が漏れ出して――そして。
ドォォンッッ!!
破裂音と共に怪物は崩れ落ちた。
村の外に静寂が広がる。
火花が散り、怪物の残骸がゆっくりと蒸気を上げて消えていく。
リリアは肩で息をしながらアレンに駆け寄った。
「……勝った、の?」
アレンは膝に手をつき、息を整えながら頷いた。
「ああ……なんとか……俺たちで……倒した」
リリアは安堵のあまり笑った。
その笑顔に、アレンの体から緊張が抜ける。
しかし――
二人の背後から、杖をついた足音が近づいた。
振り向くと、文明測定士オルフェンが、恐怖でも驚愕でもない、
もっと“重い”表情で立っていた。
「……あれはただの獣ではない」
沈痛な声が響く。
「文明が……“混ざって”おる。自然界では本来ありえん現象だ」
アレンは息を呑んだ。
(やっぱり……俺の文明値と何か関係が?)
オルフェンは怪物の残骸を見下ろしながら言った。
「少年……その文明値9999は、祝福ではない」
アレンの胸が痛む。
「……じゃあ、呪いですか?」
「呪いという言葉では足りん。“侵蝕”に近い」
オルフェンの視線がアレンの左手に向いた。
そこには、先ほどの戦いで薄く刻まれた傷がある。
「その傷……もう治りかけておるだろう?」
アレンは驚いて左手を見る。
確かに、傷は既に肉が盛り上がり、治癒しつつあった。
「それは文明値が、お前の体を“文明の器”として書き換えている証だ」
背筋に冷気が走る。
アレンは震える声で尋ねた。
「……俺は、この世界にとって……危険なんですか?」
オルフェンは答えなかった。
ただ、深い皺の間から沈痛な眼差しを向けた。
リリアがアレンの腕を掴む。
「アレンは危険じゃない! この村を救ったんだよ!」
だがオルフェンは言葉を返す。
「それでも――少年が現れた瞬間から、“禁忌文明”が動き始めたのは事実だ」
大地が揺れた。
遠くの空に、薄く黒い亀裂のようなものが走った。
オルフェンは空を見上げ、小さく呟く。
「遠くで……また文明が目覚めた。
この世界はすでに、静かなる崩壊を始めている」
アレンの心臓が強く脈打つ。
リリアは彼の手を握りしめた。
「アレン……どうするの?」
アレンは悩む。
だが、胸の中では明確な答えが形を取り始めていた。
(この力を、この文明値を……拒絶して逃げるのは違う。
俺は――ここに来たのだから)
アレンはゆっくりと拳を握った。
「……俺は戦う。
自分が何者なのかを知るためにも、この世界を守るためにも」
リリアが微笑む。
「じゃあ、あたしも戦うよ。鍛冶屋だからね。武器のことなら任せな!」
オルフェンは小さく頷いた。
「ならば……アレン。
お前に“文明の原点”を教えよう」
アレンは息を飲む。
「原点……?」
「文明値9999の本当の意味だ」
――その言葉を境に、アレンの運命は静かに、しかし確実に動き出す。




