2. 文明値を測る者
翌朝、アレンは村の中央広場へ向かった。昨夜の獣騒ぎが嘘のように静かで、鳥の囀りが澄んでいる。だが村人の表情はどこか緊張していた。広場の中央に、長老グラッドが腰掛けている。木製の杖を握りしめ、その隣には見知らぬ老人が立っていた。
白い長い髭、薄い灰色のマント。年齢は七十を超えているだろう。だが背筋はまっすぐで、瞳はまるで若者のように鋭い。その男はアレンが近寄ると、何かを見抜くようにじっと彼を観察した。
「この少年か」
低く、だがよく通る声だった。
「……あなたは?」
アレンの問いに、老人は淡々と名乗った。
「私は《文明測定士》――オルフェン・グレイ。文明の匂いを嗅ぎ、其の値を測る者だ」
文明測定士。アレンの胸が不意に鳴った。
(文明を……“測る”?)
オルフェンはゆっくりと頷いた。
「昨夜、村に異変が起きたと聞いてな。獣を退けたのが、この少年だと」
リリアが横から言った。「アレンは、村を救ったんだよ。嘘じゃない」
「わかっておる」
オルフェンはアレンに一歩近づく。
その距離は、息遣いがわかるほど近い。老人の瞳がアレンを貫いた瞬間、視界が反転した。
周囲の空気がざわつき、白い霧がアレンの身体から立ち上る。
いや――霧ではない。文明パネルの文字列が外側に漏れ出していた。
「ほう……これは」
オルフェンは驚愕の息を漏らした。
周囲の村人もざわつく。アレンの心臓が跳ねる。
「お、おい……アレンの周り、光ってないか?」
「なんだあれ……魔法か?」
リリアはアレンの肩を掴んだ。「大丈夫?!」
アレンは答えようと口を開いたが、喉が詰まったように声が出なかった。
そのとき、耳の奥で電子音のような“ピッ”という音が鳴った。
【Civilization Score:9999 → 9999(固定)】
【文明階級:???】
【状態:測定中……】
アレンは息を呑んだ。
(固定……? なにを“測って”いるんだ?)
オルフェンはゆっくりと右手を掲げた。指先に淡い光が集まり、ひとつの記号が浮かぶ。まるで古代文字のような、螺旋を含んだ複雑な紋章だった。
「アレン・クロフォード。お前の文明値は――」
周囲が息を飲む。
アレンは無意識に拳を握った。
「前代未聞の“禁忌領域”だ」
その言葉に、村人たちがどよめいた。
リリアが意味を理解できずに首をかしげた。
「禁忌……?」
オルフェンは静かに答えた。
「文明値は、種族の知識、文化、技術の集積そのもの。普通の者なら一桁から三桁。王都の学者でさえ四桁が関の山……だが」
老人の目が鋭く光る。
「9999は、すでに“文明の枠外”だ。この世界には存在しない。記録にも、伝承にも、お前のような数値は――」
アレンは皮膚の下がざわつくのを感じた。
(やっぱり……俺の“文明値”は、この世界の規格じゃない)
オルフェンはさらに言葉を続けた。
「そして……もう一つ問わせてもらおう。アレン、お前は――」
その瞬間。
地面が震えた。
ドン――!
まるで大きな杭が大地に打ちつけられたような低音が響く。
村の外の森から、不気味な黒煙が立ち上った。鳥たちが悲鳴を上げて飛び立つ。
リリアが叫んだ。「また獣?! 昨日のより……大きい!」
アレンは本能で悟った。
「違う……昨日のとは違う。何か、もっと……」
そのとき、視界に赤い警告が走った。
【警告:文明干渉値、上昇】
【未知の存在が接近しています】
【距離:300m → 280m → 250m】
アレンの背中に冷たい汗が流れる。
(文明干渉……? 誰かが――いや、何かが“文明値”に反応しているのか?)
オルフェンが険しい顔で言った。
「少年よ。お前が現れた瞬間から、世界が微かに震動している。文明の均衡が……揺れ始めているのだ」
リリアがアレンの腕を掴む。「逃げるの? 戦うの?」
アレンは答えられなかった。
だが、次の瞬間、脳内で“戦術視認”が再び走った。
森の影が形を成す。巨大な獣――いや、獣ではない。四足でありながら、身体のラインは金属のように硬質。目だけが赤く光り、火花のようなものが散っている。
アレンは息を呑んだ。
(……文明が、混ざってる?)
それは“生物”ではなく――
“技術”と“肉体”が半ば融合した怪物だった。
オルフェンの表情が冷たく引き締まる。
「禁忌の文明に反応する存在……! 最悪の予兆だ」
村人たちが逃げる中、アレンはリリアと並んで立った。
(逃げちゃいけない。ここを守れなければ、俺がここに来た意味が……)
戦う決意が生まれるより先に、身体が動いた。
それは、アレンの文明値が導く必然だった。
オルフェンが叫ぶ。
「少年! お前はまだ自分の値の“正体”を知らぬ!」
だがアレンは叫び返した。
「知らないままでいい! 今は守らなきゃ!」
怪物の咆哮が響く。
アレンの視界が変わる。
赤い線が怪物の弱点を描き、青い線が回避ルートを示す。
リリアが鉄槌を握り、横に並んだ。
「いくよ、アレン!」
アレンは彼女へ短く頷いた。
「行く!」
――そして、禁忌の文明値を宿す少年と、鍛冶屋の娘は
この世界の常識を超えた“最初の戦い”へと踏み出した。




