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1. 文明値:狂った数字

アレン・クロフォードは、自分が死んだという確信を持って目を開けた――それは奇妙に冷たい木製の天井が見えたからでも、口の中が土の匂いで満ちていたからでもない。目の端に、不思議な窓枠のように浮かぶ小さなパネルが見えた。数字と文字列が白い文字で流れている。


「Name:Allen Crawford」

「Age:17」

「Origin:???」

「Civilization Score:0」


『文明値:0』。そう表示されているのを見た瞬間、アレンは脳の中に小さな、極めて冷静な驚きを覚えた。彼は生前、高校で地理と都市計画の講義が好きだった。図面を引くと時間を忘れた。だが――数字が零だと表示されるこの世界なら、彼の知識は何の役にも立たないのか。


だが次の瞬間、パネルの文字列が小さく震え、赤く瞬いた。数字が跳ねる。一桁、二桁、桁が連なり、最後に止まったその数字は――


「Civilization Score:9999」


耳鳴りがした。理屈ではありえない。9999。誰も到達しない、伝説の領域を示す数値。アレンは手でパネルを掴もうとしたが、触れられない。表示は彼の視界にだけ現れる。脳裏に、一種の温度のような圧力がかかった。世界が、ほんの少しだけ違って見えた。


窓の外には、小さな山あいの村が広がっていた。土壁の家々、細い石畳、数本の樹。人々の生活音が漏れてくる。ここが彼の転生先らしい――だが、「村」の景色が、彼の知っている地図のどれとも一致しない。違和感は、直感で「ここには何かある」と告げていた。


ふらつきながら家を出ると、鍛冶屋の娘が井戸端で水を汲んでいた。活発そうな少女、短く切った栗色の髪。動きに迷いはなく、日焼けした手が鍛冶仕事の勤勉さを語っている。その瞳がアレンに向いた瞬間、少女の表情が変わった。眉間に不意の驚きが光る。


「……あなた、大丈夫かい?」


少女は近づいてきた。言葉には訛りがあるが、口調は真っ直ぐだ。アレンは喉がカラカラなのに気づき、へたり込んで答えた。「ここは……どこだ?」


「フェリア村よ。見たことない顔だな。旅人か?」

「……旅人、だと思う」


微笑みはしなかったが、無邪気でもない。少女は短く自己紹介をした。「リリア・フェルノート。鍛冶屋の娘。お前みたいな青白い顔を見たことがないわ」


リリアの視線に、アレンは奇妙な暖かさを感じた。彼女はなにか――直観で、或いは経験で――彼の内面を覗いたような顔をした。ほんの僅かな、だが確かな反応。リリアの眉がきゅっと寄り、何かを呟いたように聞こえた。


「……文明が、違うのね」


その一言で、アレンの心臓が跳ねた。彼は自分の頭の中で、先ほどのパネルを思い出した。文明値――。リリアは何も見ていないはずだ。しかし、彼女の言葉は彼に確信を与えた。「この村では、何かが、動いている」と。


その夕方、村の外れで異変が起きた。遠くの森がざわめき、地鳴りのような音が空気を切った。村人たちは顔を見合わせ、狼でも出たのか、との声が上がる。だが次に聞こえたのは、獣とも人ともつかない咆哮だった。影が林の間を低く走り、月の光に反射して鋭い牙が光る。


集落の外に出ていた者たちが悲鳴をあげる。数体の獣が家畜を引き裂き、木戸を蹴破りにかかっている。パニックは瞬く間に広がった。アレンは本能的に動いた。前世で読んだサバイバル記事の断片が、身体の動きに落とし込まれる。


だが――戦うなんて考えはなかった。彼の手元には、まだ「文明値」の正体について何もなかった。なのに、視界が変わった。戦術視認――そんな言葉が頭に浮かび、世界の空気がスローモーションに引き伸ばされる。獣の動きは線で見え、群れの意図が分解される。普段は感覚でしかない地形の弱点や、獣の群れの抜け道、逃げられる家畜の位置が色分けされて浮かんだ。


アレンは無意識に指示を出した。近くの農夫に手を叩いて合図を送り、井戸の水桶を転がして獣の視界を遮るよう指示する。リリアは彼の横で即座に反応した。鍛冶の経験が役に立つ。彼女は火の手を恐れず、鉄製の大きなフライパンを持ち出して獣の注意を引く動きをした。村人たちは半信半疑のまま動き、アレンの短い動きに従った。


視界が戻ると、驚くべきことが起きていた。獣の一体が罠にかかり、残りが混乱して森へ逃げ去った。負傷者は出たが、致命傷は避けられた。村の大人たちはアレンを、リリアを、そして互いの素早い連携を褒め称えた。だが、誰もがその夜、アレンの目の奥に見えた何か――冷たく深い輝き――を忘れはしなかった。


リリアは肩で息をしながら、彼の顔を覗き込んだ。「あなた、ただものじゃない」


アレンは苦笑した。「たぶん、記憶があるだけだ。転生前の知識、かな」


その言葉にリリアの表情が一瞬硬くなった。彼女はそっと手を伸ばし、アレンの掌を取った。掌の熱が、ほんの少しだけ震えた。指先が触れた瞬間、アレンの内部で何かが反応した。村の中央、古い石碑がどこかで光ったような気がした――気のせいかもしれない。


夜、集まった村人たちの輪の中で、年老いたグラッドが静かに言った。「まことに……お前さん、どこの出だね?」

アレンは椅子に深く腰掛け、空を見上げた。星はいつもより冷たく光っている。


胸の奥で、彼のパネルが小さく震えたままだった。数字は変わらない。しかし、どこか遠くで、古い力が目を覚ましつつある気配が確実に近づいている。アレンはまだその全貌を知らない。だが一つだけわかっていた――この村は、彼にとって単なる再スタートではない。何かもっと大きな歯車の一つに噛み合ってしまったのだ。


――そして、村の外れに立つ古びた石碑は、夜明けと共にもう一度、微かに震えるのだった。

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